第2話 奴隷市場
どうやら俺には人の心がないらしい……。
修行を終えて下界に降りてから、まだ数年。
確かに俺は人間社会のことをすべて学んでいるとは言いがたい。
俺は
彼らから様々なことを教わった。
剣や魔法……ひとりで生き抜くのに必要な力をひととおり叩き込まれたと思う。
しかし、コミュニケーション能力については遂に身に着かなかった。
とはいえ師匠たちからは「アーカンソー。お前は実力だけは確かだから、冒険者としてだったら一流になれる」と
だが、なんとしたことか。
俺を受け入れてくれたカルンたちを失望させた挙句、
「ねーねー、おかーさーん。あのおじさん何してるのー?」
「シッ! 目を合わせちゃいけませんよ!」
ほら、今も俺を指差した子供が母親に怒られて連れていかれているじゃないか。
なんともいたたまれない。
「どうするアーカンソー。このままじゃ師匠たちに申し訳が立たないぞ!」
なんとか……なんとか自力で解決しなくては……!
そうだ。たった一度の失敗でクヨクヨしていてどうする。
何度でもチャレンジすることが大事だと、修行の中であれほど学んだじゃないか!
「だが、俺は昔っから自分ひとりで悩むとロクなことを思いつかない。なんとしても仲間が必要だ……」
仲間が欲しい。
悩みを分かち合える仲間たちが、喉から手が出るほど欲しい。
「……そうだ。人間の心がないというのなら、人間以外の種族を仲間にしよう!」
何かが根本的にズレている気もするが、今の俺にはそれぐらいしか思いつかない。
まあ、失敗したならまた別の方法を試してみればいいだけだ。
「しかし、この王都には人間以外の種族はほとんどいないんだったな」
ここエルメシア王国は人間の王が治めているせいか、エルフやドワーフといった異種族が少ない。
だからこそ人間の俺がひとり暮らしを始めるにはちょうどいいだろうという話だったのだが。
「そういえば他のパーティが異種族の奴隷を連れていた気がするな」
奴隷についてはそこまで詳しくないが、金銭で購入できる労働力と認識している。
もちろん貨幣経済については学習済みだ。抜かりはない。
「つまり、金さえあれば手っ取り早く仲間が買えるということだな」
今後の方針が決まったことで体の奥から力が湧いてきた。
こうしてはいられない。
早速、奴隷市場に直行しなくては。
◇ ◇ ◇
「ここが奴隷市場か」
市場にはさまざまな人々がごった返している。
奴隷商人たちが思い思いのスペースを陣取り、商品を……つまりは奴隷たちを陳列していた。
老若男女問わず、あらゆる種族の奴隷が揃っている。
エルフにドワーフ、ノームやリザードマンといった人間以外のあらゆる種族だ。
手枷と足枷をされた奴隷たちの多くは死んだ魚のような目をしていた。
それにしても……。
「なんなんだ? この得も言われぬ不快感は……この光景を見て誰も何も感じないのか? いや、そうか。俺に人の心がないからか……」
人の心があれば、きっと耐えられるのだろう。
ならば、これは俺にとって試練だ。
「ちょっといいだろうか」
なんとか吐き気を
「いらっしゃいませ。ウチの奴隷をご所望で?」
「その……彼らは、どういうアレなんだ?」
「ああ、こいつらですか。山賊稼業をしてたオーク族ですよ。去勢されてるんでもう女を襲うこともないですし、力仕事だったら問題なく働けますよ」
「なるほど。他の商人たちが扱う奴隷もそういった感じなんだろうか」
「だいたいは犯罪奴隷か、借金を返せなくなった連中ですね。何人かはそうじゃないのもいるかもしれませんが」
話を聞いている間に、なんだか吐き気がひどくなってきた。
「ありがとう。ちょっと別のところのも見に行ってみる」
「どうぞ、ご検討ください」
その場を辞してから、俺は裏通りのごみ箱に胃の内容物を吐き出した。
「うっぷ。堪えろアーカンソー。人の心だ……人の心を強く持つんだ……」
なんとか気を取り直して、さきほどとは別の商人に声をかける。
「ちょっといいだろうか。ここの奴隷はどういうのを――」
そう言いかけて絶句してしまった。
「ちょっと待て! みんなまだ子供じゃないか!」
俺の視界に入ってきたのは、なんと年少の奴隷たちだったのだ。
「へっへっへ。奴隷は若いうちから仕込んだほうがいいんですぜ、旦那ァ」
揉み手をしながらいやらしい笑みを浮かべた商人が応対してくれる。
子供のほうが学習能力が高いというのは、自分でも経験しているからわかる話だが……。
「……いったい彼らが何をしたというんだ?」
「普通に暮らしてただけでさぁ。だけど、親がダンジョンから漏れたモンスターに殺られちまいましてねぇ。あっしが保護したんですよぉ。言っときますけど、この子らは拾われなきゃ野垂れ死ぬだけでしたぜ」
「奴隷になる以外に生きるすべがなかったということか……」
考えてみれば当然の話。
奴隷にだって奴隷になるだけの事情がある。
金を払えば手軽に仲間が手に入る、などと思っていた自分が恥ずかしくなってきた。
「彼らはいくらだ?」
「旦那ァ……その顔は同情心でしょう? いけませんねぇ。生半可な覚悟でこの子たちの一生を決めようとしちゃあ。悪いですけど、お売りできませんねぇ。この子たちはこれまでの不幸が嘘だって思えるぐらい、とっても素敵な人に買ってもらうんですからねぇ」
商人の目がギラリと光るのを見て、言葉を失った。
「わかった。これで失礼する」
奴隷商人に背を向ける。
「俺は肝心なことがわかってなかった。ほんの少しばかり剣や魔法が使えるぐらいで何が賢者だ……」
途方もない
「旦那ァ」
商人が声をかけてきた。
「まだ、何か?」
「旦那に見せてない子がいるのを思い出しましてねぇ。きっと気に入ると思いますよ」
そう言って、商人が天幕を指し示した。
確かに天幕の中までは見ていない。
「だが、俺に奴隷を買う資格は……」
「いえいえ。お見せしたい子は特別でしてねぇ。奴隷ってわけじゃあ、ないんですよ」
商人に案内されて天幕に入る。
目に飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。
「おい。まさかこいつは――」
「……ええ、そうです。ドラゴンの子供ですよ」
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