文披31題【金魚】

千石綾子

金魚というものは

 お祭りのお囃子が聞こえるとわくわくする。

 太鼓と笛の音、響く掛け声。提灯の赤。赤い炎。赤い……。


「なあ、近江。金魚すくいやろうぜー」


 ひじりの声にはっと我に返る。


「金魚なんて連れて帰っても大変だろ。ちゃんと面倒みられるのか?」


 僕の言葉に彼女は眉をひそめる。


「はいはい。あいかわらず近江は皆のかーちゃんみたいだな。小うるさくて」


 小うるさいとは失敬な。僕は聖の事を考えて言っているのだ。


 アパートの中でも特に優遇されている聖だが、下手に生き物なんて連れて帰ったら彼女だって四條大家の厳しい叱責に遭うかもしれない。

 僕は、それを未然に防ごうとしているだけだ。良い友人じゃないか。


「それにこれは金魚じゃない。金魚はもっとこう……」


 言いかけて、はっとする。子どもの頃からの口癖がぽろりと出てしまった。


「なに言ってんだよ。これが金魚じゃなかったら何が金魚なんだよ」


 不満げに口をとがらせる聖のいう通りだ。露店の電球の灯りに照らされて泳ぐ赤い小さな魚はまごうことなき立派な金魚だ。中には黒い出目金もいるが。

 でも、僕にとっての金魚は別にいるのだ。



 子供の頃、僕と双子の弟はよく近所の池で遊んでいた。そこにはフナやクチボソなどの魚やザリガニがいて、釣ったり網ですくったりしていたものだ。

 つい夢中になって夕方まで遊んでいると、池の浮島のあたりで何かが光っているのが見えた。


 呼ばれるようにボートで浮島まで近付いてみる。


「兄さん、金魚だ」


 僕らはその光の事を金魚と呼んでいた。いや、僕らにとってはそれこそが金魚だった。


 きらきらと、そして蛍のようにゆっくりと点滅を繰り返しながら、それは光り続けた。


 クスクスクス……。


 笑いながら、光っている。僕らを、呼んでいる。


「おーい、お前ら。こんな時間にそんなところで遊んじゃダメだぞ!」


 近所の居酒屋のおじさんが叱りつけるように声をかけてきた。


「はーい」


 そういうおじさんはこれからザリガニを釣りに行くのだ。ずるい。しかし大人のいう事は素直に聞いておくに限る。

 ちなみにザリガニは泥を吐かせたらつまみとして店で出されるのだ。


「また邪魔が入っちゃったね」


 面白くなさそうに言っていた弟は、翌年にこの池で行方不明になり、その後水底に沈んでいるのを発見された。以来僕は一人っ子だ。



「金魚は危険だよ。関わらないに越したことはない」


 ぼそりと僕が言うのを聖は聞いていないようで、ぶくぶくと泡だつ水槽でひらひら泳ぐ金魚に見入っていた。


「よーし、それじゃ金魚すくいすればいいよ」

「ほんと?! じゃ、100円!」


 嬉しそうに手を出してくる聖に僕はにやりと笑って見せた。


「いっぱいとれたら、煮つけにして明日の朝食にしてあげよう」

「うげー。やめろよ。……やっぱやーめた!」


 一気に興ざめしたらしい聖は、りんご飴の方へと駆けていった。

 その背を追う僕の耳に、クスクスと何かが笑う声が聞こえたような気がした。


                了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文披31題【金魚】 千石綾子 @sengoku1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説