小人がくるぞ
西川東
小人がくるぞ
OLのSさんから聞いた話。
Sさんの同僚にNくんというごく普通の青年がいた。
正直、Sさんからすると彼はなにを考えているかわからず、どことなく苦手な人物であった。
会社の飲み会の帰りのときのこと。
SさんはNさんと二人きりで帰路についていた。
「…思えば、変な状況だったんです」
そのとき、酒が強いことで知られていたSさんは珍しく悪酔いしていた。
逆にいつもおとなしくしているNくんは、たいへん上機嫌であった。
そもそもお互いに帰り道が異なるのに、なぜか同じ道を歩いている。
また、この日のNくんは妙になれなれしかった。
色々なことを一方的に話されたが、酔っていたうえに気分が乗らなかったので、適当に返事をして何も聞いていなかったという。
「でも、最後にしてくれた話が最悪で。今でも思い出すと鳥肌でちゃう」
「…『運命』なんですよ!『幸せ』を運んできてくれるんですよ!」
Nくんが急に捲し立てるような口調になったため、よく覚えているという。
「昔から『小人』が『幸せ』を運んでくれたんですよ!」
Nくんがソレを初めてみたのは小さい頃だった。
両親が離婚して父親に引き取られたとき。
当時は状況を理解していなかった。
ただなんとなく(もうお母さんに会えないんだな…)とわかって、枕に顔を埋めて泣いていると、どこからかトコトコと音がする。
ふと見上げると、小指大の人間がこっちにむかって走ってきていた。とてもニコニコしていた。
「そこで記憶がなくなってるんですけど、しばらくしたら母さん、ちゃんと帰ってきたんです。そのとき分かったんです。あの小人って『幸せ』を『返しに』きてくれるんだって」
「え、どうゆうこと?」
思わず口を出してしまったが、それもお構いなしにNくんは喋り続けた。
恋人にフられたとき、受験に失敗したとき、就職がうまくいかなかったとき、父親が蒸発したとき……良くない事が起きたときは、決まって小人が『返しに来てくれた』という。
そこまで聞いたSさんは、話の脈絡のなさ、その抽象的な言葉がやけに気持ち悪かった。これ以上Nくんに関わりたくなかったため、適当に切り上げて別れようとしたときだった。
「わかるでしょ、Sさん。だから貴方だけに話したんですよ」
そのときのNくんは、顔をむちゃくちゃに引き伸ばしたような笑顔だった。
それからどうしたのか。気づいたとき、Sさんは自宅前に立っていた。
どこをどう走ってきたのか覚えていない。
服はズタボロ、身体中傷だらけで血が滲んでいる。おまけに靴はなく、裸足の状態だったという。
「それから会社、いづらくなって辞めちゃったんです」
「Nくんと顔を合わせるのが嫌だったからですか?」
私がそう聞くと、Sさんはなにか言いたくないような顔でこういった。
「…それもあるんだけど、Nくんにあんな話されて思い出した。小さかったとき、自分も『小人』を見たような気がしてね。その顔が、あのときNくんが見せた顔とまるっきり一緒で…」
だから私だけに話したんでしょう。
そういったSさんになんと答えたらいいのか私にはわからず、ただ俯いているしかなかった。
小人がくるぞ 西川東 @tosen_nishimoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます