死霊術が得意な陰キャシスターではイケませんか?
板上魔物
失われた遺産と魔法のカギ
01.一話で解決しちゃう伯爵邸殺人事件
いくつものロウソクが立つ巨大なシャンデリア。
白いテーブルクロスに覆われて分かりにくいが、全部で二十もの人間が食卓を囲める長テーブルもまた、一般市民では手の届かない高級木材を加工したもの。
広大な食堂は、どこを見ても豪華な装飾品ばかり。
白と金と銀に統一されたダルトン伯爵邸で、私は殺人事件に巻き込まれた。
あまりにも背後からどんよりとした空気が漂ってくるもので、少しだけ振り返ってみる。
食堂の端にずらりと並んだ伯爵家の使用人がざっと二十人程度。本当ならばもっといるらしいが、館は現在人の出入りを制限しているため、ここにいるのはダルトン伯爵が殺された昨晩、館にいた使用人たち。
仕える主人が殺さただけでなく、ひとりひとりに殺害容疑がかかっているのだ。暗い顔で俯き、どんよりとした雰囲気を漂わせるのも無理はない。
「さて、誰が我が主アルフレッド・デレク・ハンフリーズを殺したかですが……昨晩からこの館は私の魔術で完全封鎖しております。つまり犯人はこのなかにいるということ」
立たされた使用人たちが二十人、椅子に座る紳士淑女が十一人。三十人以上の視線を集めた赤髪の女はそう告げると、不気味に微笑んだ。
「おいリチャード、あの女はたしか」
「ローズマリー・グリフィス、犯罪歴があって刑務所にぶち込まれたこともあるみてぇだが、今はダルトン伯爵お気に入りの専属魔術師らしいぜ」
隣にいた髭面の男リチャードに問うと、すぐに答えが帰ってきた。
「お前が殺ったんじゃないのか! この薄気味悪い魔女めっ!」
「薄気味悪いとは心外です。私は犯罪歴こそありますが、魔術学校を首席で卒業した魔術師ですよ? あなたはたしか、卒業まで成績が伸び悩んでいたらしいですね、ケンドリック卿」
「なんだとっ! 貴様は自分の立場というものが分かっていないらしいな! この俺に向かって生意気な口をきいてタダで済むと――」
「やめて、兄さん」
ローズマリーの挑発に乗って激昂して立ちあがったのが、トム・カール・ケンドリック。ダルトン伯爵の義理の兄にあたる男で、とても出来の悪い男という話だ。
そして、溢れる涙をハンカチで拭いながらトムを制止したのが、彼の妹でありダルトン伯爵の妻でもあるクラリッサ伯爵夫人。
「そうです、一度落ち着きましょう。ローズマリーはたしかにちょっと恐いけど、父さんを殺すような人じゃないのは僕がよく知っています」
対面の席から座ったままトムの顔を見上げてローズマリーを庇ったのが、フレディ・ジェラルド・ハンフリーズ。伯爵家の長男で非常に賢く、魔術や武芸にも秀でるという完璧超人らしい。
「こんな魔女を庇いやがって、お前こそ怪しいんじゃないか? 父親を殺せばさっさとあの奴隷の国が手に入るからな!」
「僕が父様を殺したというんですか? それにヴラキア共和国は奴隷の国なんかではありません、今すぐ撤回してください」
「どいつもこいつも、俺を舐めやがって……」
白いテーブルクロスの上でトムの拳が強く握られた瞬間、
「もうやめてよっ!」
彼の三つほど隣の席に座った女の怒鳴り声が、食堂に響き渡る。
「そんなこといいから、早くここから出して!」
「それはできかねます、ミセス・マルディナ。我が主に忠誠を誓う者のひとりとして、その命を奪った者を見つけるまで私はここからあなたたちを出すつもりはありませんので、ご理解願いたい」
「私たちのなかに人殺しがいるのよ!? そんなの絶対ゴメンだわ!」
ローズマリーの言葉に腹を立てて立ち上がったふたりめの人物は、マルディナ・フォブス・ハンフリーズ。
数年前に病死したダルトン伯爵の兄ルークの妻で、殺人事件の犯人である。
動機は知らん。
「はやく魔法を解いて頂戴、でないと騎士団に言いつけるわよ! スティーブ、行きましょう」
マルディナに手を引かれた青年は彼女の息子スティーブ。彼もまた、殺人事件の犯人だ。
魔術の天才ローズマリーが張った結界がある以上は外に出られないだろうが、殺人親子が食堂から出ていくのはどうしたものか。
「待て、ヒステリックバカ女」
「誰がヒステリックバカ女ですって!?」
私の言葉に足を止めて反応するということは、マルディナは少しでもその自覚があるのだろう。
「どうして逃げる」
「逃げる? ここには人殺しがいるっていうのに、呑気に食事なんてしてられないわ! 今度は私やスティーブが殺されるかもしれないのよ!」
「なんでそう言い切れる」
「大体、あなた誰なのよ! 誰がこんな小汚い格好の女を館に招いたの!?」
私を指して小汚いとは言ってくれる。
とも思ったが、右を見ても左を見ても高そうなスーツやドレスに身を包んだ紳士淑女。それらに比べれば私が普段着にしている黒一色の衣服とフード付きの外套なんて、ボロ布も同然と認めざるを得なかった。
「ああ、そりゃ俺だよ」
食堂にいた誰もが私の出どころの説明に困り果ててキョロキョロと周りを見渡しはじめた頃、ようやく私の左隣で丸太のような太い腕があがった。
「いや、あなたも誰なのよっ! どうして我が家のパーティーで知らない人が知らない人を招いてるの! おかしいでしょ!」
しかしマルディナはリチャードのことも知らないらしい。
「伯爵とこないだ実家のパーティーで知り合ってさ。えらく俺を気に入ったみてぇで、今度美味い料理を用意するからウチのパーティーに来いって誘われたんだよ」
「あなたが騎士のリチャード様でしたか、父様から伺っています」
伯爵の息子フレディがリチャードを知ってくれていたことで、理不尽に摘み出されることも犯人に仕立てあげられることも避けられた。
「私はこの騎士に美味い飯が食えると釣られてきたアトラス街の修道女だ」
「嘘よっ! だってあなた、さっきから牛肉をおそろしいくらい食べてるじゃない!
アルメストの信徒は菜食主義って知ってるのよ!」
マルディナが指したのは、私の目の前にある銀食器の上に盛られたソースをたっぷりつけたローストビーフ。
侍女のひとりが人の頭ほどの塊肉を持ってきた時は驚いたが、ひと口食べれば美味すぎてもう止まらない。あれよあれよと食べ進め、気づけばもう二皿目だ。
「私が肉を食べているのはこの際どうだっていい、というか二度とそのことに触れるな。ヘレン婆さんの耳に入ったらまた掃除が増えるだろう。
それより、どうしてお前が殺されると言い切れるんだ? 答えを聞かせてもらいたい」
「そんなの、この子が次の爵位継承候補だからに決まってるでしょう!」
そう言ってマルディナがスティーブを指すと、食堂が一気にざわついた。
これはあくまでリチャードから聞いた話だが、爵位を継ぐのは十中八九、長男のフレディだという。前ダルトン伯爵から最も近い血縁者であり、才色兼備のフレディなのだから、初めて話を聞いた私ですらそれには納得できた。
口にしないにしても、全員に共通認識があったに違いない。
「父様が、そう言ったんですか」
フレディがゆっくり立ち、額に汗を滲ませた。
「え、ええ、そうよ。ダルトン伯爵が家を継がせるのはスティーブしかいないと──」
「安心しろ、それはない」
これ以上、今日会ったばかりの連中の家庭事情を聞かされるのは苦痛だった。
「肉食シスターは黙ってなさい!」
「お前のバカ息子が伯爵になることも、お前たち親子が殺されることも、絶対にないと断言しよう」
「なんでそんなことが言い切れるのかしら、まさかあなたが犯人なのね!?
そうだわ、肉を食べるようなシスターだもの、きっとお金目当てに私たちをひとりずつ殺していく気なんだわ!」
「私が伯爵を殺す? そんなことはしないさ」
「ほら、何してるの! さっさとあの人殺しを捕まえて!」
ヒステリックな声をあげるマルディナ。指示を受けた使用人たちどが、顔に動揺が見え隠れする。
今の彼女に正常な判断ができているとは、誰も思えないのだろう。
「私が殺しなどしていないことは、ダルトン伯爵を殺したお前が一番よく分かっているだろう?」
私の指がマルディナに向かった途端、食堂が再びざわついた。さっきよりざわめきが大きい。
「いや、お前たちだと言うのが正解か」
「よし、事件解決だな」
傍らでリチャードがけらけらと笑い声をあげた。
「何をバカなことを、そうやって他人に罪をなすりつけているだけだわ!」
「だとよモナ、お前、伯爵の記憶見たんだろ? なんか証拠みたいなのねぇの?」
食べるものは食べたし、あとは家庭内のゴタゴタに巻き込まれるのが面倒で一刻も早く館を出たい。
そのために必死な私のことを、このリチャードというクズ男は面白がっている。今手もとに角材があれば、後頭部を殴っているところだ。
「バカ息子が伯爵と話している隙に、後ろからヒステリックバカ女が絞殺。しかし伯爵の力が思ったより強くて失敗、バカ息子が部屋の花瓶で伯爵の頭をかち割った。
おいバカ女、お前の右腕を見せてみろ。予想外の握力で抵抗された痕が残っているはずだ」
「それは……」
右腕にできた痣は、彼女が伯爵を殺したという何よりの証拠。ヒステリックに叫ぶことしかできないバカ女でも、それくらいは分かるのだろう。
マルディナは自身の右腕を抑えたきり、ドレスの長袖を捲ろうとしない。
「ミセス・マルディナ、右腕を見せていただけますかな?」
ローズマリーが追い討ちをかけると、食堂を同調圧略が包み込んだ。
「分かったわよ! でもこれは、違うわ! 昨晩転びそうになったところを、スティーブが助けてくれたの。その時にスティーブが私の腕を掴んだ痕よ」
ねえ、スティーブ。と同意を求められ、スティーブは苦い顔で頷いた。
「なら、昨晩着ていた簡素な服はどうだ? さっきは私のことを小汚いとか罵っていたが、昨晩のお前たちの格好こそ小汚かったぞ。
おい使用人、この人殺し親子から預かった洗濯物はどこにある」
「あの、マルディナ様とスティーブ様は自分たちの家の使用人に洗わせるといって、私どもは洗濯物を預かっておりません」
「なるほど、ならば伯爵の血がついた服はまだ寝泊まりしている部屋のなかか、あるいは館のどこかに捨てたか。
いや、この館には現時点でも二十人を超える使用人が常に見回って掃除をしている。殺人計画なんて考える親子が、そんなリスクを冒すはずない」
使用人含め、全員の疑心暗鬼の目が親子へ向けられる。
「殺人計画……なるほど、ミセス・マルディナは自身がおっしゃったように我々をひとりずつ殺す気だった。動機はそうですね、愛する息子に爵位とダルトン伯爵が所有するヴラキア共和国の権利を継がせるだ、といったところでしょうか」
魔術は貴族の嗜みと言われるが、バカに使える代物ではない。魔術に秀でたローズマリーの頭がよく回るのも不思議なことではない。むしろ妥当。
「なんで……」
マルディナの声が震えた。
「なんで、そんなことまで知ってるのよ!」
「なんでもなにも、実際に見たからな。私の術は遺体の記憶の世界に侵入できる」
どうせ、犯人をひとりと思わせて実はふたりでした、とかいうトリックでも使って【謎が謎を呼ぶ密室連続殺人事件】でもやりたかったのだろう。
だが、もう事件は解決した。
「あいつが、あいつが悪いのよぉぉぉ」
そう叫んで膝から崩れ落ちるマルディナ。
これから動機に関する自供をはじめるのだろうが、知らん家族の内輪揉めを話されたところで、何ひとつ理解できる気がしない。
というか、興味がない。
「魔術師、これで犯人は見つかったし、私は帰る」
「はい、勿論」
泣き崩れて何年も時間を遡って話をはじめるマルディナの隣を通過すると、後ろからリチャードが慌てて追いかけてきた。
「おいおい、聞いてやれよ。なんかこれから殺すにいたるまでの同情できるあれやこれやを話すんだろ?」
「あれにもこれにも、全く興味がない」
マルディナがなにか喋っている後ろで食堂の扉を開き、赤い絨毯の敷かれた豪華絢爛な廊下をリチャードとふたりで歩いていると、
「シスターさん、お名前は?」
同じく廊下に出てきたローズマリーが、私を呼びとめた。
「モナ・ヘンプステッド」
「そう、シスターモナですか。私は魔術の研究が何よりも好きでして……あなたのその遺体の記憶に侵入するという奇異な魔術に興味があります。ぜひ、お話を伺いたいのですが」
「私のは魔術じゃない、死霊術だ」
伯爵の専属魔術師なんかと話す気もない。
振り返ってローズマリーと目を合わせることもなく、そのまま私たちは伯爵邸を去った。
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