12 三槽

 がんばろうと言ってから、釣果のないまま十日がすぎた。

「たもっちゃんさあ……」

「難しいんだもん! そうそう釣れる魚じゃないんだもん! 難しいんだもん!」

 本人としても、やばいとは思っているようだ。たもっちゃんは自分の両手で顔をおおって、わああ、とわめき食堂のテーブルに突っ伏した。

 村の宿に併設された食堂は、冒険者の客ばっかりだ。我々の様子に、なにごとかと目を向けるのは最近やってきた新顔だろう。

 釣りに魅入られた者、またはその仲間。

 この村にしばらく滞在する冒険者たちは、疲れた顔で「わかる」とばかりに一様に小さくうなずいている。

 悲しい話だ。あの人たちもギルドのノルマをぶっちぎり、順調に貯えを溶かしているかと思うと同情しかない。

 なまじ高値で売れると解っているから、経費くらいは取り戻したいとがんばってしまうのだ。ギャンブル依存に近いものを感じる。

 我々は村の依頼を受けているので、滞在費も釣り具も無料ではある。だがそれは、溶けるのが村のお金になっただけの話だ。結果を出さないと、非常にまずいのは変わらない。

 パーティとしてこの仕事を受けてから、私たちも湖までは同行している。しかし実際釣りをしているのは、たもっちゃんだけだ。

 釣らない奴に口出されても、うっとうしいだろうな。と、思っている内に十日が経った。

 さすがにさあ、そろそろ一匹くらい釣らないとさあ。

「やばいよねえ」

「そうですが……。わたくしは、お役に立てません」

 レイニーは、綺麗な顔を心苦しげに曇らせた。だけど、仕方ない。生き物が殺せないなら、釣りだってムリに決まってる。

 仕方ないものは仕方ないのだ。私としては役立たずが自分だけじゃないことに、ちょっとだけほっとする気持ち。ちょっとだけ。

 ゾイレエンジの魚を釣るには、特別製の釣り針に魔力を込めてエサにする。これが意外に難しく、十日みっちり練習してもいまだに洗浄魔法も発動しない私には荷が重すぎた。

 マッチならなー。完成度上がってるんだけどなー。モノマネと共に。

 それに、魔力量の問題もある。うまく魔力を込められたとしても、そこは村人クオリティ。私では一回でヘロヘロになるらしい。

「レイニーは釣りができないし、リコは釣り針に魔力込められない。やっぱ、俺が一人で頑張るしか……」

「レイニーが釣り針に魔力を込めて、リコが釣るのではいけないのか?」

 天才か。

 その声は、たもっちゃんの追い詰められたひとりごとをすっぱりと切って捨てた。

 私たちが一斉に見上げると、その男は灰色の目をにやりと細めてうれしげに笑う。

「やぁ、いたなミトコーモン。わざわざ追ってきた甲斐があった」

 研ぎ澄ました剣のような髪に、理知的な灰色の瞳。そこにいたのは、テオだった。

 この意外な再会に、普通のパーティ名じゃなくて正直ごめん、と私たちは思った。

 テオは、Aランクの冒険者である。

 テオは、凄腕の剣士である。

 テオは、クラインティアのダンジョンで我々と一時的にパーティを組んだ相手でもある。

 その時のダンジョンで、いくつか見付けた遺骸の中に彼の知人が含まれていた。その遺骸を故郷に帰してやるために、テオは急いで立ち去ってしまったはずだった。

 だから、つまり。

「こんな所で何してるんです?」

 それだ、たもっちゃん。私もそう思う。

「どうしているかと思ってな。ギルドで尋ねたら、ゾイレエンジの依頼を受けたと言うだろう? ここの魚は難しい。依頼達成には時間が掛かるだろうから、もしや会えるかと足を運んでみたんだ」

「ダメだ。私、全然解んない」

 居場所を調べて、わざわざ会いにきたように聞こえる。

「だから、会いにきた。どうも気になってしまってな」

 少し話したい。

 テオに乞われて、私たちは宿の個室に場所を移した。

「音を遮断できるか?」

 私たちの三人部屋に入ってすぐに、テオは魔法担当の二人にたずねた。たもっちゃんは首を振り、レイニーがうなずく。

「アイテムボックスは、多くてもせいぜい三槽らしいぞ」

 遮断の魔法が展開したのを確かめて、テオが改めて口を開いた。

「さんそう?」

「容量の話だ。大きさの定められた……箱、の様なものがあってな。大体、このくらいか。これが一杯で一槽。二杯なら二槽だ」

 テオは、手振りで箱の大きさを示しながら話す。

 アイテムボックスを持つ者は、その容量によっても人生が変わる。雇われる相手や、待遇。税も違う。だからその容量は、あらかじめ厳密に量られる。

 測定方法は豆らしい。アイテムボックスがいっぱいになるまで豆を収めて、それを大きさの定められた箱に出す。そうしていくつの箱をいっぱいにできるかで容量を量る。

「アイテムボックスについてはよく知らなかったのでな、詳しい者に訊ねたのだが……。三槽も入れば、王族か公爵家にでも抱えられるそうだ」

「三槽で……?」

「あぁ、三槽だ」

 テオが示す一槽は、正方形の浴槽くらいの大きさだ。古いアパートのお風呂みたいな、足を三角に折り曲げて体育座りしないと入れないタイプの。

 つまり、そう大きくはない。その容量が三つぶんあっても、例えば十体近くの人骨なんかは入り切らないのではないだろうか。

 ごめんな。私、余裕で。

 と言うか多分、私に与えられているのが普通と違うのだと思う。いくらでも入るから容量なんか気にしてないし、収めたものは時間が止まっているようだ。何日も前に刈った草とか、全然しなびたりしないのね。

「容量ごまかしたりする奴とか、いないんですかね?」

 首をかしげ、たもっちゃんが問う。測定方法が引っ掛かったようだ。

 確かに、あり得る。アイテムボックスに入った中身は、持ち主にしか解らない。ごまかされても解らないから、関所では中身に関わらず容量ごとに課税する。

「測定には鑑定のスキル持ちが立ち会う。鑑定スキルでもアイテムボックスの中身までは見えないが、空か満杯かくらいは解るそうだ。誤魔化すのは無理だろうな」

「あぁ、なるほど。……でも、鑑定スキルって結構ざっくりしてるんですね」

 うなずきながら、たもっちゃんが呟く。

 この感じは、あれだ。メガネの看破スキルなら、もっと引くほど詳しく解るのだろう。さすが個人情報筒抜けのハラスメントスキル。

 ――しかし、どうしよう。

 アイテムボックスがあらかじめ測定されるものならば、私も測定しなくてはいけないのだろうか。でもそうすると、尋常じゃない容量がばれてしまうことになる。

 それはそれで、面倒を招く。ような気がする。多分だけど。そして困る。面倒は困る。

 割と真剣に悩んだのだが、これはただのムダだった。私のような野良のアイテムボックスに、測定は義務ではないらしい。義務なのは、貴族や商人にかかえられた者たちだけだ。

 正確には、貴族や商人がアイテムボックスの持ち主をかかえた場合、雇い主の責任で申請が義務付けられている。だから測定も、そのタイミングで受ける者がほとんどらしい。

 それって、あれかな。思ったより容量が少ないと、内定取り消しとかになるのかな。恐ろしい。

 異世界における就活の厳しさに震えてる私を、テオが見た。理知的に光る灰色の目が、憂いを含んで向けられていた。

「……面倒が嫌いなら、リコのアイテムボックスは隠しておいた方がいい」

 ふと、思った。

 この人はもしかすると、こうして警告するために私たちを探していたのかも知れない。

 たった一日。ダンジョンと言う特殊な環境ではあったが、私たちが一緒にいた時間は長くない。なのに、まだ気に掛けてくれている。心配し、探して会いにまできた。

 この異世界で、そんな人はほかにいない。

 心を揺さぶられ、素直に感動しそうになった。……のだが、その前にテオが自分の荷物から古びた袋を取り出して言った。

「そこでだ、これをやる。不自然に持ち物が増えても減っても、アイテム袋の一つでもあれば多少は言い訳が効くだろう」

「アイテム……袋……?」

「……ダンジョンの攻略アイテムとかで出てくる、あれ?」

「いや、これは買った。時間がなくてな」

 Aランク冒険者はこともなげに言うが、ダンジョンの攻略アイテムは大体が高額だ。便利なアイテム袋となれば、きっとすごく高い。

「……なんなの? 私、死ぬの?」

「だったら俺も多分死ぬわ……そんでレイニーだけどっかの悪代官に売られるんだろ……知ってる。時代劇とかで」

「売られるのは……困ります」

 我々は、高額のプレゼントに心底引いた。

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