09 猶予

 今日こそ釣り王に俺はなる!

 ――と、たもっちゃんは叫んで湖に向かった。あの感じだと、多分今日もムリだ。私の中のおばあちゃんがそう告げている。

 湖には行きたくないし、罠のある森も物騒だ。やることもなく宿でうだうでしていると、部屋の扉が叩かれた。

「リーコーちゃん! あーそーぼ!」

 扉の前にいたのは、昨日森で助けたナタリーと言う少女だ。一人ではなく少し年上の、十歳前後の子供たちが一緒だった。昨日の今日だ。お目付け役なのかも知れない。

「なにして遊ぶの?」

 やることもないし、ちょっとくらい付き合ってあげよう。

 そんな気持ちだった。しかし、子供たちの返事は私の予想を超えていた。

「紙つくるの!」

 ナタリー、それ遊びちゃう。作業や。

 剣と魔法と謎馬車の文明でありながら、この世界は生活の中に紙がある。

 不思議だったが、その謎が解けた。葉っぱがそのまま紙になる、紙の木と言うものが存在するのだ。

 動物の皮で作ったものほど保存性はないが、加工は子供でも難しくない。副業とする農家も多いので、流通も安定して安価だと言う。

「これ! これが紙の木!」

 子供たちに連れられて、森に接する村の外れまでやってきた。このくらいの浅い場所なら、子供だけでも安全だろう。

 ナタリーが指さす木には、薄く平たい楕円形の葉が付いている。大きさは大人の手の平くらいで、村の近くだとこれが最大。森の奥だと、もう少し大きいものがあると言う。

 その説明を聞いて、昨日のことを思い出した。大きい葉っぱが欲しかった。ナタリーが供述した動機は、このことだったのか。

「大きい紙だとね、ちょっとだけ高く買ってくれるの」

「あ、売るんだ」

 やっぱこれ、作業だ。

 大きい子たちが長い棒を持ってきて、木の枝を揺らして葉っぱを落とした。葉を痛めないよう、枝だけを揺らす技術が熟練を思わせる。子供だけど。

「こうやって水の中でもむと、色が抜けて白くなるんだ」

 熟練の男の子が手本を見せてくれた。

 桶の中に水と葉っぱをざばざば入れて、揉む。とにかく揉む。ほどほどにやわらかくなったら、大きな桶に移して小さな子たちが足で踏む。

 水を何度か入れ替えると、薄緑だった葉がすっかり白くなっていた。

「白くなったら板に貼って乾かすんだよ」

 少しお姉さんの女の子が言う横に、男の子集団によって板が何枚も運ばれてきた。

 使い込まれているのが見て取れる板に、子供たちはそこらでちぎった草をごしごしと擦り付ける。なんか、すごく手慣れていた。

「グラットの汁を塗っとかないと、乾いた紙がうまくはがれないんだ。はい、おばちゃんもやって」

「おばちゃん、草は得意だから。任せて。グラットはなにかよく知らないけど」

「草だよ、草」

「グラットの汁は滑りがよくなるの」

「馬車の車輪が回るとこに塗るとよく走るんだって」

「かあさんは家具にぬるとツヤがでるって言ってた」

 熟練の子供たちは、私より草に詳しかった。草刈りババアの名が泣いている。

 グラットの汁を塗り、軽く乾かした板に紙の木の葉を貼って行く。しわにならないように、真剣に向き合う子供たちの顔は職人のそれである。

 私が貼った部分は熟練の子供たちによって直されたが、レイニーは上手だとほめられていた。正直、嫉妬しかない。

 色々教わる内に夕方になって、葉っぱを板からはがす作業に入った。

 完全に乾いた葉っぱは端が板から少し浮いていて、そっとめくるとおもしろいようにすんなりはがれる。グラットの効果だろうか。

 白くぴしりと乾いた葉っぱは、すっかり紙だ。すごいすごいと夕日に透かして見ていると、子供たちが今日作った紙を何枚かくれた。ちょっと嬉しかった。

「――いや、ダメだな? これ」

 はっとしたのは夕食の時だった。三人で同じテーブルに着き、のんびり食事している途中のことだ。

 今日も手ぶらで戻ったたもっちゃんが、明日こそは釣る。と宣言した瞬間に思い出す。

 我々は、休暇をすごしている訳ではない。

「いやいや、ダメだ。私ら、この村きてから働けてない。まずい。これはまずいよ」

 たもっちゃんの釣りはまだ結果が出てないし、これから出るとも限らない。私とレイニーにいたっては、子供に遊んでもらっただけである。紙作るの、おもしろかったけど。

 一応、ダンジョンでの稼ぎは残っている。攻略アイテムはギルドが引き取りたがったし、カバンで持ち帰った草は売った。だからまだ、すぐに飢えると言うことはない。でもなー。

 この村で釣りを続けると、道具のレンタル代と三人分の宿代が毎日掛かる。これを合計すると、銀貨一枚銅貨四枚青銅貨二枚。しかも、食事代は別。感覚としては、銀貨一枚一万円。草ではフォローし切れない。

 魚を釣り上げない限り、滞在するほどお金の面ではマイナスになる一方だ。

「そうだけど……もうちょっと。もうちょっとなんだよ。もうちょっとでコツがつかめる気がするんだよ」

 もうちょっと、を三回言って食い下がるたもっちゃんは、アプリゲームに課金して給料一ヶ月分溶かした時みたいな顔をしていた。

 ダメだこいつ。

「ハマってる時のたもっちゃん、大体引き際見逃してるからなー」

「待って待って。もうちょっと。ほんと、もうちょっとだけやらせて。今やめたら、この二日が無駄に……ん? 二日?」

 ぽろりと出た自分の言葉に、たもっちゃんが一人で首をひねった。

 昨日は森で逆さ吊りの子供を発見し、今日はその子供に誘われて紙を作った。この間、たもっちゃんは湖で釣りをしていた。

「二日で合ってるよ」

「何か忘れてる気がする。何だっけ」

 知る訳がない。たもっちゃんはメガネを押さえ、考え込んでしまった。こうなると、長い。話を続けるのはムリだろう。

 レイニーは、私たちが話している間も食事の手を止めなかった。基本、自分から意見を出さないのは付き添いポジションだからだろうか。

 私も今日の話し合いはあきらめて、食事を再開することにした。

 たもっちゃんが忘れていたなにかを思い出したのは、翌朝未明のことだった。

「ノルマだ!」

「ええー……」

 掛け布をはぎ取られ、ベッドの上でうめく。宿の部屋は薄暗い。窓を開けても、まだ空の下のほうが白み始めたくらいだろう。

 それでも室内の様子が解るのは、レイニーの魔法で薄い光が灯されているからだ。

「ノルマだよ! 冒険者ギルド! 忘れてた! 三日仕事しないと、ペナルティがあるって言ってただろ?」

「……あれ、三日だっけ?」

 数日仕事をしないと、罰則があるのは覚えている。これはランクによって日数が変わるが、底辺のFランクは一番短かかったはずだ。詳しくは忘れてしまったが。

 ギルドの窓口で草を売るだけでも仕事に数えられるので、毎日草を売って小銭を稼いでいた私には関係ない話だったのだ。

 たもっちゃんが私の肩にカバンを掛けて、はねた髪をレイニーが押さえる。元々着替えは持っていないから、寝ても起きても着る服は変わりない。

 夜明け前に宿を飛び出し、畑にいた村人にギルドがある町までの道を聞いた。今から出れば昼すぎには着くだろう、と言われた時点で半分くらい気持ちが折れた。

 この村に馬車は十日に一回しか立ちよらず、今日はその日ではない。つまり、歩きだ。

 だが、実際に町へ着いたのは昼前だった。途中、町へ行く農夫の荷馬車に乗せてもらえた。お礼に荷物下ろしを手伝っても、ギルドには思ったより早く到着した。

 しかし。

「猶予日数は過ぎてますね」

 そこで知らされたのは、ギリギリアウトと言う事実だった。

「えっ、三日ですよね」

 冒険者ギルド一階のカウンターで、一番早く気持ちを立て直したのはたもっちゃんだ。日数について確認すると、職員の女性がうなずいて答える。

「日数の数え方に混乱される方も多いんですが、EランクとFランクは、仕事をしない空白期間が三日あると罰則が発生します」

 つまり最後に仕事をした日の、次の日の次の日のまた次の日に仕事をしないと罰則になる。完全に休めるのは、間の二日だ。

「あれ? けど私ら、あの村にきてまだ三日しか経ってなくない?」

 今日仕事を探して依頼を受ければ、セーフじゃないのか? 三人そろって首をひねるが、たもっちゃんが「あっ」と気が付いた。

「移動で一日潰れてるの忘れてたわ」

 あったな。一日馬車に乗って、尻が割れそうになった日が。

 我々、昨日でアウトでした。

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