ゾイレエンジ編

07 宿

 地面に下りて体を伸ばすと、ぱきぱきと音がした。

 容赦なく揺れる馬車から解放されたのは、今回も夕暮れ時だった。尻が痛い。馬車の移動は、丸一日掛かる決まりでもあるのか。

「近くに宿があるってさ。行こうぜ」

 暗くなり始めた道を指さし、たもっちゃんが言う。

「て言うか、ここどこなの?」

「さぁ……解んない。今すぐ出るって馬車に乗っただけだからなぁ」

 行き先は見てなかったと、たもっちゃんが遠い目をする。そうか……それはしょうがない。私も、逃げるように馬車に飛び乗った。

 あのあと、クラインティアはちょっとした騒ぎになった。冒険者ギルドの中だけだが。Fランクの冒険者が、ダンジョンを攻略するのはやはりめずらしいことなのだろう。

 本当に攻略したのか?

 Aランクのケツにくっ付いてただけだろう。

 実力もないのに攻略できてツイてたな。

 ずりーだろ。酒おごれ、酒。

 と、まあ。色々言われた。特に、酒をおごらせようとする奴は多かった。多いと言うより絡んできたほぼ全員が、最終的に酒をおごらせようとがんばるのはなぜなの。

 確かに、本当に攻略したかと言われると正直微妙だ。

 ダンジョンボスはレイニーがちょっと手伝ったほかは、ほとんどテオが一人で倒した。実際私はあとにくっ付いて草を刈ってただけだったし、あれで攻略って言われてもなあ。

 だから、ほかの冒険者からしたら絡みたくなるのも解る気はする。解る気はするが、だからと言って散財させられるのは嫌だ。私の財布は誰にも渡さん。

 これは、我々の総意でもあった。

 それでダンジョン攻略の翌朝――つまり今朝、急ぎ旅支度を整えて乗り合い馬車に飛び乗ったのだ。

 逃げるようにと言うか、逃げたよね。

 ただ、馬車が出る寸前に私を探す悲鳴みたいな声がした。

「姐さん! 姐さん待って!」

 私はすでに車内にいたから、巻き上げられた幌の下から顔を出した。すると、包帯でぐるぐるに巻かれた状態の、ビートが息を弾ませてそこにいた。

「姐さん……!」

「え、なに。どうしたの? 骨、大丈夫なの? 骨。砕けてない?」

 治療費こっちが払ってんだぞ。安静にしてろよ。

 さっさとベッド戻って寝ろ。と言うより早く、ビートが突然ぼろぼろ泣いた。そして地面に這いつくばった。

「連れて帰ったの、姐さんたちだって聞いたっす! 仲間なんだ。仲間だったんだ。みんな死んだのに、オレだけ……。でも、連れて帰れる。これで、故郷に帰してやれるんす。姐さん、ありがとう……ありがとう!」

 心当たりは、一つしかなかった。

 地面に額を擦りつけて頭を下げるビートを見ながら、私は心の中でちくしょうと呟く。ツイてない。縁がない。

 肩に掛けたカバンの中でアイテムボックスから革袋を取り出して、同じく取り出した一枚しかないなけなしの金貨を包む。それをビート目掛けて投げ付けると、地面に伏せた頭の上にコツンと落ちた。

 私は、馬車の荷台でちょうどいい高さの囲いに片足を載せた。そして偉そうに腕を組み、鼻息荒く胸を反らしてキレ気味に怒鳴る。

「あばよ!」

「姐さーん!」

 そこでタイミングよく馬車が走り出し――……は、しなかったので、後ろのほうでたもっちゃんが「気まずいのでそろそろ出して下さーい」と御者に向かって頼んでいた。

 さらば、私の金貨。いつか必ずまた会おう。

「とても小さな村ですけれど、馬車が通っているのは何故なのでしょう」

 今朝別れを告げた金貨について思いをはせていると、道を歩きながらレイニーが言った。

 乗り合い馬車で着いたのは、森のそばの小さな村だ。さすがにギルドの建物もなく、泊まれるのは今向かっている宿だけらしい。

 普通なら、こんな小さな村に直接馬車は入らない。近郊の町で下ろされて、あとは歩きで移動するのが普通だ。

 同じ馬車で一緒に着いた二組の客が、少し先を歩いている。装備からすると、彼らも冒険者なのだろう。

 途中、何か所かの馬車駅で客の入れ替わりはあったが、ダンジョンの町からこの村までは直通の馬車一本。冒険者が好むような、なにかがあるのかも知れない。

「いい魔獣でも出るのかなぁ」

「いい草が生えてるといいなあ」

 答えは、そのどちらでもなかった。

「ゾイレエンジの魚はいい素材になるらしくてね、冒険者はよくくるよ」

 正解を教えてくれたのは、宿のカウンターで客を出迎える村のおばちゃんだ。どうやら専業の宿屋ではないようで、共同で建てた宿を村人が持ち回りで管理しているそうだ。

「何人部屋にするかね?」

「三人部屋があるならそれで」

「そうかい。別嬪さんがいるからね。一緒のほうがいいだろうね。それじゃ、一人銅貨三枚だよ。食事は食堂で、お代は別だからね」

 レイニーを見ながらうなずいて、おばちゃんは線が四本書かれた木の札をカウンターに置く。鍵はない。荷物や安全の管理は自分たちでやれ。と言うことのようだ。

「その魚って、どこに行ったら獲れるの?」

「森の中に湖があるのさ。でも、気を付けるんだよ。湖の水は何でも溶かしちまうからね。落っこちたら骨も残りやしない」

 三人分の料金と引き換えに木札を受け取り、たもっちゃんが首をかしげる。

「何でも溶かすなら、どうやって獲るんだ?」

「専用の道具があってね。銅貨七枚と青銅貨四枚で貸し出してるから、森へ行く前に道具屋に寄りな」

 この村に取って、流れてくる冒険者はいい収入源なのだろう。おばちゃんのセールストークは淀みなかった。

 ギルドの部屋は、男女で分けられる。だから三人で同じ部屋に泊まるのは初めてだ。やだー、パジャマパーティー。

 とか思っていたら、部屋に入るなりたもっちゃんが服を脱いで迫ってきた。

「リコ、ちょっとちょっと」

「なに? 背中かゆいの?」

「惜しい。ピリピリするからちょっと見て」

 そんなことだろうとは思った。

 たもっちゃんが後ろを向くと、背中一面、肌がどす黒い紫に変色していた。

「……たもっちゃん、死ぬの?」

「えっ、そんななの? どうなってんの? 恐い事言うのやめて。ほんとやめて」

「まぁ大変。毒ですね」

 あんまり大変じゃなさそうに、あっさりした口調でレイニーが言った。

「ダンジョンで浴びてしまったのでしょう。ポーションでも付けておけば治ります」

「やったー! 生きる!」

 たもっちゃんはやけくそのようによろこんで、腰のカバンをがしゃがしゃと探った。渡されたポーションを手に取って塗ると、おもしろいように毒々しい色が消えて行く。

 指先で「願☆快ゆ」と書いてみると、思いのほかくっきり書けてちょっと引いた。

「いつもすまないねぇ。リコ、もしかして変な事書いてない?」

「おとっつあん、快ゆのゆってどんな字だっけ」

「快癒祈願だと……? できた娘じゃねぇか。でも遊ばないで」

 ぶつぶつ言いながら、たもっちゃんは空中に「快癒」と書いて見せた。あー、それ。

 漢字って書かないとすぐ忘れちゃうよねー。などと話しながら薬を塗ると、背中はすぐに肌の色を取り戻した。このほどほどポーションで治るなら、重症ではないだろう。

 ほっとすると同時に、ふと、思い出した。

「ねえ、レイニー」

 呼ぶと、並んだベッドに腰掛ける金髪碧眼がこちらを向いた。

「私さ、ダンジョンで毒浴びたじゃん?」

「宝箱の時ですね」

「そう。あれ、全然平気でさ。だから……もしかして私、不老不死とか言う?」

 簡単そうにぽいぽいとモンスターを倒すたもっちゃんが、少し毒を浴びただけでこれなのだ。死ねるのか? と言う問いが、じわじわと今さら不安になった。

 そんな私を、少し細めた青い目が見る。私には解る。これは、完全にあきれている顔だ。

「健康であろうと、年は取ります。年を取れば、いずれ老衰で死ぬでしょう。当たり前の事です。不老だなんて……図々しい」

「あっ、すいませんでした」

 ただ、それまでは病気も怪我もしない。毒も呪いも、効かないだろう。とのことだ。

「あれ? じゃ、宝箱ん時慌ててリコ引っ張ったの何で? 毒効かないなら平気じゃん」

 たもっちゃんがシャツを着直し、外したメガネを掛けながら問う。

「まぁ……呆れた。宝箱は、武器が飛び出す罠もあるでしょう? それで武器の方が壊れでもしたら、どうなさるの」

「武器が壊れたら……」

「バケモノだなあ……」

 あの場には、事情を知らないテオもいた。

「お二人共、もう少し考えた方が良いのではないかしら」

 天使の深いため息に責められて、パジャマ反省会の夜は更けた。

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