02 ダンジョンの町

 冒険しない私が冒険者ギルドに入ったのは、ノリだったとしか説明できない部分はある。

 だって、ゲームとかで聞いたことあったんだもん。小さい田舎町にもギルドがあって、そして簡単に登録できたんだもん。

 それに、私だって最初から冒険者らしくしようと思わなかった訳ではない。

 駆け出し冒険者にギルドから支給される初心者ナイフをにぎり締め、魔獣に立ち向かったことだってある。一度だけ。ギルドに登録した初日などに。

 そして順調に挫折した。

 魔獣にも種類やレベルがいっぱあって、私が選んだのは初心者でも超チョロいと言われるウサギに似た魔獣だ。ギルドの職員が、これなら子供でもイケると太鼓判を押した。

 しかし、甘かった。私はすぐに、大きな問題があることに気が付いた。その魔獣が、ものすごくかわいいのである。もっふもふ。

 おでこにツノみたいな形の魔石が露出していて、危機が迫ると冬のドアノブ程度の電撃を出す。でもそれだけ。とてもかわいい。

 私には、殺せぬ……! と、電気ウサギを前にして崩れ落ちることになった。

 以来、私は冒険者ギルドの草刈りババアとして生きる決意を固めている。

「なー、リコ。ダンジョン行こうよー」

 黒髪で黒ぶちメガネのジャパニーズ廃課金が異世界生活に加わって、しばらく経った。

 たもっちゃんは相変わらず、草野球のようなポップさで私を冒険の道へと誘おうとする。でもな、私はそっちに行きたくないんや。

「やだよう。こわいよう。ゲームじゃないんだからね。魔獣だって生きてるんだからね」

「ダンジョンにしか生えない草もあるっつうしさー、リコはそれ刈っとけばいいじゃん」

「……ダンジョンって、草あんの?」

「あるある。草草。売れるぜー。高いぜー」

 高値の草と言う響きは、なかなかによい。

「売れるのかあ」

「売れる売れる。行こう行こう」

 だがしかし私は別に草が好きな訳でなく、恐い思いをしたくないから魔獣に出会わずに済むように草を刈っているだけである。

 ……と言うことを思い出したのは、たもっちゃんとレイニーにはさまれてダンジョン行きの乗り合い馬車に揺られている最中だった。

 うまく言えないが、ちくしょう、と思った。


 ガタゴトガタゴト馬車に揺られ、三半規管とお尻の限界を感じながらダンジョンの町に到着した。辺りはすでに夕暮れ時だ。

 ダンジョンに入るにしても、準備がある。とりあえず今日は、この町のギルドで今日の宿を確保しよう。と、私以外の二人が話し合って決めていた。

 疎外感がすごい。

「ほら、リコ。これうまそうだぞ」

「こちらもおいしそうですよ。さぁ、どうぞ」

 仲間はずれにぶすくれていると、それを察知したたもっちゃんとレイニーが謎肉の串焼きや謎パンにはさんだ謎ソーセージなど渡してきた。やったぜ。おいしい。

「人が多いな。リコ、はぐれるなよ」

「それはちょっと約束できないなー」

「リコさん、あちらに甘いものもありますよ。あとで買ってあげましょうね」

 はぐれたら、ダンジョンに入らずに済むのでは。そんな若干の誘惑を感じていると、レイニーがすかさず新しいエサをぶら下げた。なかなかやりおる。買い食いおいしい。

 見れば、道の両側にはひしめくように屋台が並び、いい匂いをさせている。足を止める人、先を急ぐ人。客を呼び込む元気な声があちこちで聞こえ、活気があった。

 ダンジョンの町と言うものは、生き生きとしているものなのだなあ。もぐもぐと忙しく口を動かしながら、そんな印象を持つ。

 考えてみれば、私はあの小さな田舎町から出たことがなかった。それもこちらの世界にきた時、たまたま下ろされたのがあの町の近くだったと言うだけだ。

 世界は広いんだなあ。

 まあ、その広い世界を歩きで移動するのが嫌で、あの町にずっといたとも言えるのだが。そして今回、馬車も決して快適ではないと知ってしまった。お尻が痛い。

 口の中の水分を失いながら謎パンを食べ終えると、飲み物の屋台が目に入った。謎フルーツをその場でしぼってくれるようだ。

 やだー、意識たかーい。とよろこびながら、斜めに掛けたカバンに手を突っ込む。

 カバンには小銭くらいしか入ってないが、ほかの荷物をアイテムボックスにしまっている。とかではない。

 こちらにきた時、最初から着ていた異世界服と布でできた肩掛けカバン。そして草をむしって稼いだ小銭が今の私の全財産だ。

 ごはんはなんとか食べれたし、格安設定のギルドの宿なら毎日泊まれた。でもその料金を払ってしまうと、草刈りババアの手元にはいくらも残らないのである。切ない。

 代金を渡してジュースを受け取っていると、どん、と誰かとぶつかった。持ちかたが悪かったのか、串焼きを地面に落としてしまう。意識高いジュースも少しこぼれた。

「リコ! 大丈夫か?」

「全く……何と罪深いのでしょう」

 あわてた様子のたもっちゃんとレイニーの向こうに、見知らぬ男が二人いた。周囲には人がたくさんいるが、その二人は異様だった。

 片方の男が、もう片方の腕をねじって捕まえているのだ。

「スリらしい」

「えっ、マジ?」

 よく見れば、捕まった男の手には布製のカバンがにぎられている。そして、私の肩からはカバンが消えていた。うおお。いつの間に。

 スリを捕まえた男は、不機嫌そうに眉をひそめる。

「田舎から出てきたばかりか? もっと周囲に気を付ける事だ」

「田舎から出てきたばかりです。どうもすいません」

「リコ。そう言う事じゃない」

「でもさ、あの一瞬で斜めに掛けたカバンを気付かれずに盗るって、すごくない?」

「リコさん、そう言う事でもありません」

 たもっちゃんとレイニーが両脇からはさみ、それぞれそっと私の肩に手を載せて首を振った。違うのか。そうか。

 確かにスリを捕まえてくれた人が、すごい複雑そうな顔してるとは思ったんだよ。逆に、スリの男はちょっとうれしそうに口をもにょもにょさせている。

「おい、荷物を取られ掛けたんだぞ」

「ああ……ですよね。ほんと。すごいびっくりしました」

 スリを捕まえたまま、男が苦々しげに息を吐いた。こちらを見る灰色の瞳に浮かぶのは、完全な呆れだ。

「……冒険者ではないにしても、少しは危機感を持て」

 あ、冒険者です。とは、さすがの私も言えなかった。

 全財産を失い掛けたにしては、確かに私の反応は寝ぼけていた。人間、おどろきすぎると呆然とするらしい。処理落ちかも知れない。

 こちらにきたばかりの時は、夜な夜な小銭を数えては胸がぎゅっと苦しくなったものだ。

 これがなくなったら、ごはんも食べられないのか。と、寄る辺ない感覚とでも言うのだろうか。だが最近は、それもない。

 たもっちゃんがいるからか、心に余裕ができた気がする。そしてガンガン肉を狩っていると知った今、いざとなったらごはんもらおうとかも思ってる。ごめんな。タカリだ。

 まあそれは別にしても、一人じゃないと言うのはすごい。精神の安定が全然違う。

 たもっちゃんをこちらに呼んだ神様は、私は一人じゃダメだって解ってたのかなあ。

 スリを自警団に引き渡すと言う男に、三人でペコペコ頭を下げて礼を言う。別れる前に、拾ったものの土でじゃりじゃりになった肉の串をスリにそっとにぎらせておいた。ゴミ箱がどこか解らなかった。

 私たちは懲りずに屋台で買い食いし、のんびりとギルドを目指した。それがよくなかったのだろうか。

 いつも通りギルドの宿に泊まろうと、職員が常駐するカウンターに向かう。そこには先客がいた。

 こちらに背を向けたその男は背が高く、研ぎ澄ました剣のようにきらめく髪を持っていた。振り返った時、理知的な灰色の瞳をしていると気付く。これはいけない。

「お前……冒険者だったのか?」

 それは先ほど別れたばかりの、スリを捕まえてくれた恩人との再会だった。私も冒険者であると、あっさりバレた瞬間でもある。

 彼は高ランクの冒険者で、名前はテオ。魔獣の狩りを中心に、依頼を受けたり素材を売ったりしながら各地を放浪しているらしい。

 テオは言う。

「冒険者には、どうしたって危険が伴う」

「あ、私は草の採集しかしないんで」

「冒険者には素行の悪い者もいるから、土地によっては風当たりも厳しい。おれの様に定住しない者には特にな」

「できればどっかに家でも借りて、落ち着きたいんですけどね」

「金も名誉も自由も、自分次第だ。実力がなければ死ぬ。冒険者は甘くないぞ」

「名誉は別に……。お金も、衣食住に困らないくらいあれば充分かなーって思います」

「いいか、冒険者と言うのはな……」

 ちょいちょい反論をはさんでみたが、ダメだった。

 冒険者の集うダンジョンの町で、初日の夜に懇々とさとすトーンで説教を受けた。

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