神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~
みくも
始まりの冒険編
01 鉄槌
突然ですが、死にました。
現場からは以上です。
「リコ、ダンジョン行こうぜー」
野球に誘うナカジマのように、たもっちゃんは言った。私がギルドの食堂で、朝食を食べている途中のことだ。
「いや、行かないけど。これなに?」
食事の載ったトレイのそばに、カシャリと置かれたのは革の袋だ。どう見ても、中身は数十枚の硬貨だと思う。
「旅費。貯めてたんだ。お陰で、結構いい感じに魔獣狩れるようになったよ」
黒ぶちメガネをクイッと持ち上げ、たもっちゃんは自慢げに胸を張る。
森で別行動すると思ったら、それか。
聞けば、ここしばらくレイニーに魔法を習いつつ練習がてら魔獣を狩りまくっていたらしい。旅費じゃなく、その肉を食べさせてくれてもよかったと思うの。
「て言うか、レイニーって魔法使えるの?」
「使える。多分だけど、カンストレベル」
たもっちゃんはあっさりと言うが、それは私に取って衝撃的な言葉だった。なんだよあいつ、やらないだけかよ。
私の前では神様に祈ってばっかなのに? たもっちゃんには親切じゃない?
なんなの? ひいき? ひどくない?
レイニーにはなんの思い入れもないが、私にも優しくして欲しい。できれば甘やかしてくれて構わない。
朝食の謎野菜を頬張りながらぶすくれてると、たもっちゃんが低くひそめた声で言う。
「レイニーって、ホント、どんな魔法でも教えてくれるんだけど……全部実演なんだよね。そのせいで、森の中ちょっと行ったらえぐい感じでボコボコになってんだ」
だから騒ぎになる前に、この町を離れたい。
てへ! とばかりに無邪気に笑い、たもっちゃんは言った。
逃亡計画じゃねえか。
なにやってんだ二人して。
私たちがいるのは、異世界だ。
私は死んだ。たもっちゃんも死んだらしい。
私が異世界にくることになったのは、その特殊な死因のせいだ。鉄槌が落ちてきたのである。物理で。
神の鉄槌を手入れしていて、その際に担当の天使がうっかり落としてしまったらしい。運悪く、その落下地点にいたのが私だ。
それからあれやこれやどーのこーのあって、なんやかんやと異世界で人生の続きをやれることになったのだ。やったぜ。
……いや、やったのか?
うっかり終わった人生を、見知らぬ異世界でコンティニュー。まあまあしんどい。そのまま終わるよりは格段にマシだが、全然やってないような気もする。
そんな不運を憐れんだのか、今の私にはいくつかの大いなるオプションが付いている。
強靭な健康とか、容量無限のアイテムボックスとか、うっかり者の守護天使とか。
この守護天使と言うのがレイニーで、くるくる長い金の巻き毛と青い目の美女だ。そして、私に鉄槌を落としたうっかり天使張本人でもある。
「最近は、天界もコンプライアンスが厳しいのです。罪を犯したのだから、罰は当然の事。償う機会を下さった神様に感謝しなくては」
そんなことを言いながら、しおれた顔で付いてきた。この守護天使は今のところ、なんの役にも立ってない。草をむしる私の横で、いつも神に祈っているだけだ。
異世界へきた当初、連れはレイニーだけだった。そこへたもっちゃんが現れたのは、私たちに遅れて七日ほどあとのことになる。
私はその時、森で草を刈っていた。
と言うかこちらにきてからは、毎日草を刈っている。趣味ではない。生活のためだ。
よさげな草をむしる。ギルドに持って行く。買い取ってくれる。ごはんが食べれて、ギルドにある格安の宿に泊まれる。ありがたい。
私が所属しているのは、冒険者ギルドだ。だから魔獣を持ち込んでも買い取ってくれるし、ギルドに貼り出してある依頼を達成しても報酬が出る。
けど私ほら、一般的な日本人だから。お肉とか、スーパーでパック詰めになったやつしか知らないタイプ。魔獣とか言われても、殺すとかムリなの。脆弱な現代っ子なんだもの。
だから毎日、飽きもせずに草をむしった。実はちょっと飽きてても、むしる。人間、分相応が一番だと思うの。
草の単価は多分安いが、ごはんは毎日食べている。慣れないながらも、なんとかやっているほうだと思う。
落ち込んだりもしたけれど、私はげん――。
「いや、異世界で草むしりて」
その、心底あきれたような。
まるで唐突に降ってわいたような声を、私はよく知っていた。
むしろうとつかんだ草から手を離し、私はあわてて声のしたほうを見る。そこは森だ。森の中に、まぶしく輝く光の玉が浮いていた。
玉の近くでは、レイニーがひざまずいていた。だが彼女は大体そうして祈っているので、玉に対して頭を垂れているのかどうかはちょっとよく解らない。
宙に浮かんだ光の玉はどんどん強く輝いて、やがて炸裂するようにカッと光った。
その瞬間、やばいと思った。たもっちゃんが爆発したと。なんなんだ、あの玉は。
あまりのまぶしさに反射的に目を閉じて、顔をそむける。そしてまぶしい光が治まったあとに、ただ一つ、あり得ないはずの人影があった。
「ファンタジーの無駄遣い過ぎるだろ」
指先で黒ぶちメガネを押し上げて、心底あきれた声で言う。その人物は、たもっちゃんに間違いなかった。
今さらだが、説明しよう。
たもっちゃんとは、この前私が鉄槌で死ぬまで幼馴染の腐れ縁で超仲のよかった同い年のおっさんである。あと、エルフ厨の廃課金。
だが、しかし。なぜここにいる。
「え、なに? たもっちゃん死んだの?」
「うん。死んだ死んだ。久しぶりだなー。リコ、急に死んだと思ったら異世界で草むしってるっつうんだもんなー。意味わかんねーよ」
ちょっとあせって私が問うと、めちゃくちゃ軽く返された。なんだそれは。
「いや、久しぶりって。私死んだの先週じゃん。え、なんで死んだの? 課金しすぎて? のたれ死に?」
「課金は家賃までだ。普通に死んだよ。でもまぁ、嫁と子供と孫に看取られて死んだから、結構頑張った方じゃない?」
あと、俺的にはお前が死んで四、五十年は経っている。
たもっちゃんは、ものめずらしげにきょろきょろと森の中を見回しながらそう言った。
意味が解らないとたもっちゃんは言ったが、私も全く解らない。そして、レイニーも解っていなかった。困惑顔で私の袖をそっと引き、「こちら、どなた?」と首をかしげる。
だが彼が私の知人であり、私の死を悲しんだ一人であると知ると神妙な面持ちになった。そしてゆっくりと、それでいて速やかに土下座した。ためらいはない。
やっぱり、たもっちゃんも死んでいた。
私も死んで、この世界にきた。そう言うものなのかも知れない。だけど、差もある。
たもっちゃんは、普通に生きて普通に死んだ。私が死んだあとも数十年生き、天寿を全うしてからこちらの世界に連れてこられた。
「何か、リコが友達もできずに一人で草むしっててほんとかわいそうって言ってた」
連れてこられた理由についての、たもっちゃんの供述である。ご厚意にもほどがある。
死んだタイミングは数十年違うのに、現れたのは七日違いだとか。なのに、たもっちゃんの姿が私と同年代にしか見えないとか。
今の話が本当なら、疑問はある。色々と。
だが、神様のすることだ。大いなる意思の御心は計り知れず、たまに訳解んないから考えるだけムダである。
って、レイニーが言ってた。言ってました、神様。
「冒険しようぜ」
ここはモンスターがいて、魔法があり、冒険者のいる世界だ。それを知って、たもっちゃんはことあるごとに冒険へと私を誘った。なにもなくても誘った。
この男は、ゲーム脳なのである。
妙にうきうきするたもっちゃんに、私は思春期の息子を持て余す母親のように答えた。
「そう言うの、思春期までにしときなさい」
「少年の心を忘れない。俺はそう言う男だ」
「えー、やだやだ。冒険とかしたくない。お家帰って超寝たい」
「家あんのかよ」
ない。ごめんな。こちらにきてから、ずっとギルドの宿にいる。
「私はさ、冒険には向いてないの。身を守る手段がなにもない、名もなき村人なの」
「こっちくる時、色々付けてくれただろ?」
うん。強靭な健康と、アイテムボックスと、役に立たない守護天使などを。
「健康……?」
「それも強靭な」
ファンタジー文明の医療費とかさ、恐怖しかないじゃない?
「たもっちゃんは? なにもらったの?」
「どんな魔法も大体の感じで使い放題設定」
お願いの雑さではいい勝負だった。
こんな感じで、私の異世界ライフに幼馴染のたもっちゃんが加わった。やったぜ。
いや、やったのかな……これは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。