その11

 6人は街中を無言で通り抜けると、街外れの何もない広場に来た。


 そこで、エリオは、マキオからいきなり木刀を放り投げられた。


 無論、エリオはそれを受け取る事が出来なかった。


 最早お約束事である。


 かん、ごん、ごろん……。


 木刀は思ったより勢いよく転がっていった。


「ありゃりゃ……」

 エリオはそれを慌てて追っていって、拾い上げた。


 しぃーん……。


 寒々しい空気と共に、謎の風が舞い上がった。


「……」

「……」

 マキオとサキオは開いた口がふさがらないといった感じだった。


 2人はエリオが木刀を受け取った時に、かっこ良く宣戦布告をしようと待ち構えていたのは明らかだった。


 間が抜けてしまった。


 マキオとサキオは従兄弟同士、その2人とエリオは再従兄弟同士。


 同じ一族同士、似てしまう点は似てしまうのかも知れない。


 何が似ているかはここでは敢えて言わないが……。


「おっほん!」

「おっほん!」

 マキオとサキオのそれぞれの従者が示し合わせるかのように、同時に咳払いをした。


 間が持たないし、早く話を進めろと言った感じだろう。


 エリオが木刀を持ったまま所在なさげにしていたからだ。


 まあ、この雰囲気を作り出した張本人にそんな態度を取られる事自体、有り得ない事かも知れない。


「いいか、お前、俺達と勝負しろ!」

 マキオは気を取り直すと、この緩い雰囲気を打ち壊すように、怒鳴り声を上げた。


(いきなり、「お前」呼ばわりか……)

 エリオが気になる所はやはりそこだった。


 どうもズレている……。


 無論、恭しく扱われるのを望んでいた訳ではないが、いきなりのお約束通りの取り扱いにうんざりしていた。


 ……。


 エリオが、マキオの啖呵に何も反応しなかったので、沈黙が訪れてしまった。


 どうもこの手の話はエリオが相手だと、勝手が違うというか、話が中々進まない。


「勝負しないと、お前の事、認めないからな!」

 戸惑っているマキオの代わりに、サキオが別の啖呵を切った。


 と同時に、そのお陰で、マキオが戸惑いから、戻ったようだった。


(「認めない」って、どういう事?)

 エリオは口にこそ出さなかったが、今度は明らかにエリオが戸惑っていた。


 少年同士の謎理論である事は確かだった。


 勝手に作り上げた儀式を通過しない限り、漢ではないとかいう、あれである。


 まあ、今回の場合、儀式でもあるが、ランキング決定戦でもある。


「怖じ気づいたのか?」

 味方を得たマキオは一気呵成とばかりに、エリオを追い込みに掛かった。


「……」

 エリオはどう反応していいか更に戸惑っていた。


「お前が、弱いって事は知っているぞ!」

 サキオもマキオの追い込みに、乗っかった。


(何だ、事前に調査済みって事なのか!)

 エリオは妙に感心してしまった。


 とは言え、ここはそう感じる所ではないような気もしないが……。


「何だよ、何か、言えよ!」

「そうだ、そうだ!」

 マキオとサキオは勝手が違う相手に苛つき始めていた。


「えっと、2対1でやれば、いいのですか?」

 エリオはきょとんとした表情でようやく口を開いた。


「ふん、従者に助けを頼むなんて、情けないな」

 マキオは吐き捨てるように言った。


(あっれぇ?)

 エリオは自分の言っている事が通じていないとばかりに、シャルスの方を見て助けを求めた。


「俺達はそれでも構わないぞ、弱虫め!」

 サキオもエリオを嘲笑した。


「エリオ様、俺も参加せよというのなら、参加しますが、果たして、俺で役に立てるのでしょうか?」

 シャルスがニヤリとしてそう言った。


 エリオは久しぶりにシャルスがまともな事を言って、感動していた。


 いや、この場合はまともな事を言っているかどうかも怪しい。


 分かる言葉を話している事に感動したと言い直した方がいいのかも知れない。


「生意気な事を言ってるんじゃねぇよ!」

 マキオは、すぐにシャルスの言葉に反応した。


「お前が、剣術が凄い事など、とうに知っているからな!」

 サキオは知っている事を白状してしまった。


(何だ、こっちも調査済みなんだ!)

 エリオは更に感心した。


 対する相手の情報は重要だと常々思っているからだった。


 とは言え、やはり、変な10歳児である。


「まあ、確かに剣術ではエリオ様より上ですけど……」

 シャルスは断言するようにそう言ったが、それ以上は言葉を続けなかった。


 まあ、比べる事自体、ナンセンスと思ったのかも知れない。


 シャルスは自由奔放なのだが、剣術・学問においてはエリオより遙かに優秀だった。


 まだ10歳児で、好奇心を抑えきれないので、自由奔放さが勝ってしまうのだが、十分優秀な人材だった。


 でも、まあ、今回、駆け出したりしないのは、今以上に興味が引かれる事象がないからかも知れない


 有り体に言ってしまえば、感度のいいおもろセンサーの持ち主だった。


 それはともかくとして、既存の枠では評価が難しいエリオの人物像を、傍にいるからこそ、よく分かっている1人であった。


「何、ごちゃごちゃ言っているんだ!

 やるのか?やらないのか?」

 マキオは暴発寸前といった感じで、木刀を構えた。


 エリオはやれやれといった感じでマキオの方を向き直った。


「シャルスも入れるとなると、4対2って事ですね」

 エリオは溜息交じりにそう言った。


「はぁ?何言っているの、こいつ」

 サキオはマキオに習って構えようとした木刀の手を止めた。


「だって、1,2,3,4じゃないですか?」

 エリオは、マキオ、サキオ、マキオの従者、サキオの従者と1人1人を指差しながらそう言った。


(やれやれ、どうなってしまうのだろうか?)

 シャルスは呆然としている4人を他所に呆れ果てていた。


 と思いつつも、興味津々で見守っているのは言うまでもなかった。


 自分も巻き込まれると分かった瞬間に、2人の従者の方は蒼くなった。


 事態が行き過ぎないように、命令されていた2人は当事者になる訳にはいかなかったからだ。


 2人はその事を慌てて表明しようとしたが、

「こいつらはお前に手出しはしねぇよ!」

とマキオは混乱しながらもそう言い切った。


 これは大人の助力を得たとなると、卑怯者の謗りを免れないからという子供心からだった。


「じゃあ、2対1ですね」

 エリオはマキオとサキオを指差しながらそう言った。


「ごちゃごちゃ言って、誤魔化してんじゃねぇよ!」

 サキオはそう言うと、木刀を振り上げてエリオに挑みかかっていった。


 ついに暴発してしまったという格好になった。


 エリオはそれを事もなげに、ひょっいと避けた。


「てめぇ、抜け駆けするんじゃねぇ!」

 マキオも溜まらず、エリオに襲い掛かっていった。


 こうして、端崩し的に2対1の決闘が始まってしまった。


 が、30分もしない内に、シャルスの予想通りの状況になっていた。


 エリオがマキオとサキオの攻撃を避け続けたので、2人の体力が尽きてしまった。


(ここまで予想通りに言ってしまうとは……)

 シャルスは興味深げに見ていた。


「てめぇ、ちゃんとやれよ」

「そうだ、真剣にやれ、卑怯だぞ!」

 マキオとサキオはボロボロになりながらも、木刀を杖代わりに立ち、尚も戦意は衰えていなかった。


 子供とは言え、流石にクライセン一族の者だった。


「???」

 エリオは2人の言っている事が理解できないようだった。


 しばらく首を傾げて、考えていた。


 ぽん!


 分かったとばかりに、手を打った。


 そして、シャルスに木刀を渡した。


 思わぬ行動にマキオとサキオは顔を見合わせて、戸惑っていた。


 初っ端から得体の知れないものとのやり取りを続けていたと言った感じで、限界に近付きつつあるのかも知れない。


 エリオはそんな2人にお構いなしに、自分の行動を続けた。


 腰にあった真剣をゆっくりと抜いたのだった。


「じゃあ、真剣で行きましょうか?」

 エリオはゆっくりと剣を構えながらそう言った。


「ぶふっ……」

 シャルスは笑ってはいけないと思いながらも、我慢できなかった。


 とは言え、その後は慌てて両手で口を押さえていた。


 エリオの導き出した答えはシンプルだった。


 真剣にやれと言われたので、文字通り真剣を手にしたのだった。


 何か違くない?


 まあ、それはともかく、その姿を見たマキオとサキオの表情は一斉に蒼くなった。


 エリオはなるべく愛想良くしようと、ニッコリと笑った。


 これで、自分の真剣さが分かってくれると確信していた。


 だが、その微笑みで、2人の従者が慌てて、2人とエリオの間に割って入った。


「お待ちください、エリオ様」

「何卒、お収め下さい、エリオ様」

 従者達は自分達の身を擲って、2人の命乞いをしているようだった。


「???」

 エリオは予想しなかった光景に目をパチクリさせていた。


(どういう事?)

 エリオは固まったまま真剣を構え続けていた。


「お怒りは御尤もで御座いますが、お慈悲を賜るよう、お願い申し上げます」

「何卒、何卒……」

 従者達は地面に頭をこすりつけるようにお願いをしていた。


「ええっと、そういうつもりではなかったのですが……」

 エリオは構えを解きながら、頭をかくしかなかった。


 彼らの言っていた「真剣」がこう言う事ではないと、ようやく気が付いた様子だった。


 でも、まあ、頭を掻いたぐらいで、この重苦しい空気は簡単に取り払えそうになかった。


「真剣にやれって言われたので、真剣を取り出してみました。

 なんちゃって」

 エリオは自分でも滑ると思いながら、そう言わざるを得なかった。


 ……。


 重い空気は一気に取り払われたものの、極寒の空気に置き換わった。


 エリオの後ろでは、シャルスが我慢できずに笑い転げていた。

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