その8

「閣下、3時の方向にクライセン総旗艦艦隊を発見しました」

 ステマネがルドリフにそう報告した。


 エリオ艦隊の発見は、エリオ達がルドリフ艦隊を発見したより遅かった。


 その影響もあってか、エリオ艦隊は完全に停止した状態にあった。


「ふん、やはり最短コースで帰路に就いたか……。

 何の警戒心も抱かず、呑気なものだ。

 それとも、これまでのまぐれの影響で、慢心したか?」

 ルドリフは忌々しそうにそう言った。


 相手がエリオ以外だと、そうでもないのだが、どうしてもこうした思考になってしまうようだ。


 とは言え、補足できた事に少なからず安心していたのは事実だった。


 1日早く、出港したルドリフ艦隊はエリオ艦隊を待ち構えていた。


 そして、少なくとも彼らはそう考えていた。


「あ、閣下、敵艦隊から何やらメッセージが送られているようです」

 攻撃命令を出そうとしたルドリフに、ステマネが慌てて報告した。


「今更、何のつもりだ?」

 突撃命令を下す為に振り上げた手を所在なさそうに、下ろしながらルドリフはそう言った。


 降伏するとは考えられないので、罠の存在を疑わざるを得なかったので、警戒した。


「停戦を求めているようです」

 ステマネは伝令係の報告を受けながらそう言った。


「停戦だと!?」

 ルドリフは驚愕の表情と共に、鬼の形相になっていた。


 エリオが何か仕掛けてきていると感じたからだ。


 被害者意識の塊のような感じなのだが、ある意味、この直感は正しいと言えた。


「法王猊下の意思を無にするのかとも言っているみたいです」

 ステマネは当惑していた。


 現在の位置は、前回の開戦場所と違って、スワン島から十分に離れていた。


 所謂、神域外の出来事である。


 そこで、戦闘になろうが、法王には与り知らない事であるという認識がルドリフにはあった。


「今度は猊下の威光を利用しようという所か!

 何処までも汚いヤツだな」

 ルドリフがそう判断するのも、その背景から仕方がない事だった。


 ステマネだけではなく、参謀のエンリックも、ルドリフの判断を身じろぎせずに注目した。


「全艦、面舵一杯。

 敵艦隊を包囲殲滅せよ」

 ルドリフはそう命令を下した。


「よろしいのですか?」

 エンリックは一応ルドリフの意図を尋ねた。


「ふん、小賢しい真似をする。

 猊下の名を出せば、我らの追撃を逃れられると、思っているのか!」

 ルドリフはエリオの意図を完全に看破したように言った。


「ただのこけおどしですか?」

 エンリックは再度尋ねた。


 とは言え、エンリックもルドリフの意見に異議がある訳ではなさそうだ。


「そう、恐れ多い名を出せば、逃げられるとでも思ったのだろう。

 浅はかな奴め!!」

 ルドリフは、先程からエリオを蔑むような事を言い続けていた。


 エンリックは、ルドリフのエリオに対する感情を心配した。


 だが、現状分析をすると、ルドリフの言葉が悪いものの、間違った判断はしていないように思えた。


「大体、この戦いは猊下の許可を得ているのだ。

 ヤツの策略に乗る必要はあるまい」

 ルドリフは自分の正当性を今度は主張した。


 とは言え、これは少々乱暴な意見である。


 許可ではなく、一方的に通知したのだから。


 そう考えると、やはり、恐れ多い真似をしているのはルドリフの方だった。


「畏まりました」

 エンリックはそう言うと、これ以上口を挟むべきではないとの判断を下した。


 艦隊はルドリフの命令通り、右に急旋回し、エリオ艦隊へと突撃を開始しようとしていた。


「閣下、6時方向に、多数の艦影を確認!」


 ステマネの報告は急旋回がちょうど終わった所だった。


 実にタイミングが良かった。


「!!!」

「!!!」

 ルドリフとエンリックは意外な報告に驚かざるを得なかった。


「数を正確に報告せよ!」

 一呼吸置いて、エンリックが怒鳴りつけた。


 既に緊急事態が起きた事は明白だった。


「数は30以上……、クライセン北方艦隊のようです」

 ステマネも報告を読み上げながら、驚愕していた。


「リーラン王国の最強艦隊……」

 エンリックは目の前が真っ暗になるのを感じた。


 先程までの圧倒的有利さから、その倍以上の不利さに転落したからだ。


 最強艦隊と巷で言われるアスウェル艦隊。


 だが、その度に指揮官であるアスウェル男爵はその言葉を訂正していた。


 数が多いだけで、本当の最強艦隊は公爵閣下の艦隊だと。


 まあ、そんな事はともかく、ルドリフ艦隊が一気に殲滅の危機に陥った事は間違いが無かった。


 数的不利だけではなく、挟撃される体制にあった。


「えっ?」

 絶望的な緊張感に包まれた中、ステマネは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「どうした!?」

 再びエンリックの怒鳴り声が聞こえた。


 この事態でそんな声を上げたステマネに対しての叱責である。


 と共に、報告書を見て唖然としているステマネに早く報告せよという意味合いもあった。


「クライセン公より、再度通知。

 『停船せよ。こちらに戦闘の意思はない』との事です」

 ステマネは信じられないと言う感じで読み上げた。

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