その4
さて、講和会議とは別の話になってしまっていたが、話を戻そうと思う。
エリオ艦隊が入港した後、少し遅れてルドリフ艦隊も入港した。
2艦隊の入港の翌日に、早速、講和会議が始まった。
しかし、すぐに代表同士の会議とは行かずに、その下のレベルでの折衝から始まった。
始まったものの、この折衝前の駐在大使同士の話し合いで、妥協点を見付けられなかった点を考慮すると、その折衝で何かが進展するとは思えなかった。
エリオもヤルスも早晩、何の前提条件無しの代表同士の会議で白黒付ける事になるだろうと予測していた。
と同時に、何も決まらない事も予見できていた。
現状としては、両国とも教会への謝罪をしており、教会側はその謝罪を受け入れていた。
問題はこの海戦の責任のありかだった。
この点で、両者は対立しており、妥協する気配がなかった。
埒が明かないと見た教会は、法王自ら乗り出して、両国に妥協を促してきた。
それが、会議2日目だった。
法王が座る席の両側にテーブルを挟んで、左にリーラン王国、右にウサス帝国という配置だった。
そして、法王の向かい側、テーブルからやや離れて、院長・副院長を含む枢密院のメンバーが14名、2列になって座っていた。
リーラン王国の参加者がエリオ、ヤルス、ローグ伯と事務官3名。
ウサス帝国の参加者がルドリフ、駐在大使と事務官3名。
2カ国合わせても、法国の人数が多く、更に、法王の後ろには秘書官長と秘書官3名が控えていた。
人数的には2国を圧倒しており、プレッシャーでも掛けるのだろうかという雰囲気だった。
そして、まず始めに、秘書官長が法王のお言葉を代読して、これを機会に両国に長年続く、戦争の講和を呼び掛けた。
(まあ、俺としてもそうなると有り難い事なのだが……)
エリオは代読されている言葉を聞きながら、そう思っていた。
今回の講和に関しては、来る前に教会から打診を受けていた。
そして、その事に関して、エリオの意見を受け入れ、為るものなら成してみよというお墨付きを女王から頂いていた。
御前会議では少数ながら反対する意見もあったが、女王の意向により、それは退けられた。
まあ、反対した方も推進した方もこれが本当に成るかというと、甚だ疑問に思っていた。
それはエリオの目の前に座っている人物の表情を見れば、向こう側は全くその気がない事は明白だった。
ルドリフはルドリフで、明らかにエリオに対して、気色ばむのを抑えようとしていた。
エリオはそれを横目に見ながら、溜息をつきたいのを我慢していた。
(やれやれ……、欲張らずにみんなで仲良くやっていけば、世の中、もっとマシになる気がするんだけどな……)
エリオはそんな風に思いながら神妙に法王のお言葉を聞いている振りをしていた。
でも、まあ、怠惰に過ごしたいと希望する事自体、立派な強欲である。
だが、それを考慮しようともしないのはどうなのだろうか?
それはともかくとして、向こうが攻撃してくる以上、座している訳にも行かないのは、事実だった。
とは言え、この辺がエリオのモヤモヤとした感じがする所で、葛藤というものだった。
「……以上、猊下のお言葉です」
秘書官長がそう言って締めくくった。
エリオは考え事をしていたので、法王のお言葉はほとんど頭に入ってこなかった。
(とは言え、『世の安寧』という言葉はいいもんだな)
エリオは素直にそう思った。
……。
秘書官長が口を噤んでからは一旦沈黙が訪れた。
ルドリフの反応を見る限り、すぐに反論するのかとも思っていたが、そうではなかった。
まあ、失礼に当たると思ったのだろう。
リーラン王国側の方は特に意見を言おうとする者はいなかったので、平穏そのものだった。
対照的な両国だった。
と言う事なので、この沈黙が長く続く訳がなかった。
「恐れながら、猊下に申し上げたい儀があります」
そう言いながら、ルドリフはスッと立ち上がった。
やはり、沈黙が破られた。
「どうぞ、ハイゼル候」
法王は予想していたので、すぐに許可を出した。
「ありがとうございます」
ルドリフは一礼した。
そして、大きく息を吸い込んだ。
「我々も日夜、世の安寧の為に尽くしております」
ルドリフは意外と落ち着いて話し始めていた。
(彼の言う『世の安寧』は、法王のとは違うのだろうな……)
エリオは無表情のまま、ルドリフの発言に心の中で茶々を入れていた。
言葉とは不思議なもので、同じ言葉を使っているのにも関わらず、人によって、全く別の意味で使っている場合がよくある。
況してや、ここは21世紀の地球ではなく、基本的人権という概念はまだない。
まあ、21世紀でもその概念を未だに認めない国も多いので、この世界のこの時代に関して、偉そうな事は言えないかも知れない。
と言う事なので、ルドリフの『世の安寧』はウサス帝国が世界を支配する事である事は間違いが無かった。
「しかし、それを実現させる為には、正義を実現させる必要があります」
ルドリフは法王に対して、恭しくそう言ったが、その後に当然、エリオを睨み付けてきた。
(やれやれ……、正義と言われても……)
エリオは呆れ果てていたが、極力表情には出さないようにし、無表情のままだった。
ルドリフも正義というものは存在しない事は分かっていたが、交渉事にはこう言った言葉を使うのは非常に有効だった。
だから、使ったのだろう。
「ハイゼル候、具体的にはどういう事なのですか?」
法王がそう質問してきた。
円滑に会議を進める為とは言え、当然の事だろう。
何を言いたいのか、よく分からないからだ。
とは言え、一つだけ確かな事はある。
ルドリフはそれをこの後、主張するのだろう。
「そうですね、リーラン王国が我が国との講和を望むのなら、礼節と忠誠心を持って行わなくてはならないと考えます」
ルドリフは勿体ぶったような言い回しで答え始めた。
(望んではいるが、お前の国の風下に立つつもりはないんだけど……)
エリオは先程まで呆れ果てていたが、すぐに復活したようだ。
要するに、面倒事は御免だが、不利益を被るのはもっと御免であるという事だ。
「まずは、先の海戦の首謀者の処分を願おうかな」
ルドリフはニヤリとすると、ゆっくりと席に着いた。
面と向かって、悪意をぶつけられたエリオはようやく自覚した。
(そっか、噂通り、俺って、恨まれているんだな……)
エリオは何故か晴れやかな表情になった。
彼にとっては、我が意を得たりと言った感じ、いや、まあ、それは違うと思うのだが、そんな感じだった。
エリオの表情を見たルドリフは、あからさまにムッとした表情に変わった。
ただ、エリオはその表情の変化を観察していなかった。
この辺が更に怒らせる要因なのだろうが、エリオにはその自覚はなかった。
(やれやれ……)
今度はそう感じたのはヤルスだった。
エリオの態度に呆れているのは間違いが無いのだが、全く動じないので、頼もしくも感じていた。
リーラン王国側はウサス帝国の攻勢に対して、沈黙はしていた。
だが、押されていると言った感じは全くなかった。
それは、エリオの態度から来るものであり、言わせてやっている感がぷんぷんと漂っていた。
実に、嫌なヤツである。
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