その3

 エリオ艦隊は、混乱させたルドリフ艦隊を他所に、いち早く、スワンウォーリア法国の港町デウェルへの入港コースに入っていた。


 そんな中、艦隊に小舟で乗り付けてきた人物がいた。


 はげ頭に、割腹のいい体格、愛想のいい初老の男だった。


「閣下、お久しぶりで御座います」

 男は手もみをしながらエリオに挨拶してきた。


 男の名はクラセック。


 東方大陸出身の商人で、現在はクライセン家の支配都市で王都に近いマライカンに本店を置いていた。


 クライセン家出入りというか、子飼いといった方がいいかも知れない、御用商人と言える立場の人物だった。


 何故か、それをエリオは全力で否定するのだが……。


 クラセックは、リ・リラの立太子の礼の時に献上品を運搬同行していた。


 そして、あれからずうっと法国に滞在していた。


 そんなクラセックを見て、ヤルスは愛想がいいが、調子が良く、強突く張りな人物だと思った。


 クラセックはヤルスの思った通りの人物なのだが、それを隠そうとしない所が、食えない人物だった。


「えっと、面識はありましたか?」

 エリオはヤルスに質問した。


「いえ、ありませんが、噂は聞き及んでいます」

 ヤルスは警戒していた。


「それはお耳汚しで」

 クラセックは一応謙っていたが、動じてはいない。


 そして、

「お初にお目にかかります、カカ候ヤルス閣下。

 商人のクラセックと申します。

 以後、お見知り置き、願います」

と礼節を持って、挨拶をしてきた。


「こちらこそ、よろしく」

 ヤルスは一応返答はしたが、依然として警戒していた。


 警戒しているヤルスとは対照的に、ヤルスはニッコリと笑った。


 まるで、いつもの事だといわんばかりだった。


「で、慌ててやってきたのは、どういう事なんだ?

 こっちはとっても忙しいのだけど」

 エリオはいきなり邪険にした。


 エリオの言葉に誰もが驚いた。


 この人、忙しいという事があるのだろうか?と。


 驚いたのはヤルスも同様だった。


 だが、それは別の理由だった。


 そう、忙しそうには見えないが、実は頭の中は常にフル稼働している事を見抜いていたからだ。


 周りとの認識ギャップに、ヤルスは驚かざるを得ないと言った感じだった。


 まあ、フル稼働している事には違いないが、ヤルスが思っていたとおりではない事は一目瞭然なのだが……。


 それはともかくとして、ヤルスは別な事も気になっていた。


 エリオの事をあまりコミュニケーション能力が高い方ではないが、人当たりはいいと思っていた。


 それは、人を邪険に扱っている所を見た事がなかったからだ。


 だが、それは一気に覆される事になった。


 そして、クラセックの方はその言葉を受けて、如何にも楽しそうにしていたのも気になった。


「閣下、それは酷すぎる言い草ですな。

 閣下のお言いつけ通りに、事を進めているというのに」

 クラセックは口ではエリオを批難していたが、笑顔を絶やさなかった。


 完全に楽しんでいた。


「何が言い付け通りだよ。

 儲かる事を前提に動いている癖に。

 本当に自分の欲望には素直だな」

 エリオは呆れたように言った。


「それは私は商人ですからね。

 商人がもうけを度外視したら、それはもう商人ではありませんから」

 クラセックはニヤリとしながらきっぱりと言った。


 正論を言われたエリオが珍しく押されていた。


 とは言え、これは表面上の事でしかなかった。


「で、儲けられると確信したから直談判しに来たという訳だな」

 エリオがこう言うと、一気に空気が変わった。


「いえいえ、そういう訳ではありません。

 折角、閣下がお近くにお出でなさったので、まずは、ご挨拶をと罷り越したまでです」

 クラセックは相変わらず愛想が良かった。


 ただ、主導権は元々エリオにあるのだとヤルスは感じていた。


 表面はともかく、クラセックからは、何とかエリオから主導権を取ろうと必死さを感じたからだ。


 それは言い過ぎかも知れないが、攻勢を常に掛けておかないと、簡単に言いくるめられてしまう危機感を、クラセックは持っていた。


 ただ、それは焦りから来るものではなく、心地よいものとして、感じている所が、何とも度し難い。


「罷り越すも何も、報告書は読んでいるからな……」

 エリオは今度はやれやれと言った態度になっていた。


「確かに報告書はお送り致しましたが、細部に関してはどうしても対面で、と言う事になると思いますが」

 クラセックは相変わらず愛想良くしていたが、指示を請うと言った感じだった。


「と言われてもなあ……」

 エリオは連れなかった。


「閣下……」

 クラセックは尚も指示を請うように言った。


「まあ、現状は思った以上に、相手が食い付いてきて、上手く行っているからな……。

 現状維持で、いいのでは?」

 エリオは更にやれやれ感を醸し出していた。


「閣下、そんな無責任な……」

 クラセックは愛想の良さを保てなくなっていた。


「クラセック、これも、まあ、お前を信用して任せているのだよ」

とエリオはとってつけたようにそう言うと、

「期待しているぞ」

とクラセックの肩をポンポンと叩いた。


「……」

 クラセックは何とも言えないような表情で、力が抜ける思いだった。


 今回も言い負かされたと言った感じだった。


 その光景を見ていたヤルスは、

「あ!」

と声を上げてしまった。


 エリオは、艦隊戦なぞには全く興味がなく、実は、興味があるのは商売の方なのではないかと、ヤルスは直感してしまった。


 その事に気付いたヤルスは思わず、声を上げてしまった。


「ああ、教会を通じて、各国との貿易量を増やそうと動いているのですよ」

 エリオは声を上げたヤルスの方に向き直り、あっけらかんと今何をやっているかを端的に説明した。


 とは言え、説明される前からその事について、ヤルスには、大体の事は把握できていた。


 情報源がない訳ではないからだ。


「それは……」

 ヤルスはエリオに対しての別の事に驚いていたので、次の言葉が出てこなかった。


 この艦に乗ってから、こう言った場面が多いような気がしていた。


「ああ、大丈夫ですよ。

 陛下の許可はちゃんと取っていますから」

 エリオはヤルスの聞きたい事を察してそう言った。


 まあ、ヤルスは、そんな事を聞きたい訳ではないのだが……。


(でも、こういう事って、秘密裏に進めた方が、クライセン家にとって最大の利益をもたらすものだと思うのだが……)

 ヤルスはエリオが全く隠そうとしなかったので、呆れていた。


 そんなヤルスを他所に、クラセックは尚もエリオに指示を請おうとして、話をしていた。


 無論、エリオはそれに取り合わなかった。


(私もこの商人のように、公の掌の上で踊らされるのだろうか?)

 ヤルスは2人のやり取りをぼんやりと見ながらそう思った。


 プライドの高いヤルスだったが、その時は不思議にそれを嫌だとは感じなかった。

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