その9

「リ・リラ、あなたは既にわたくしの右腕としての働きを担っていますので、自慢の後継者です」

 ラ・ライレはそう話し始めていた。


 この回想は、御前会議後の夜の話の続きである。


 リ・リラは祖母の言葉を何とも言い難い表情で聞いていた。


 先程まで話していた事と全く脈絡がないものと感じたからだ。


「しかし、こういう事に関しては本当にダメダメですね」

 ラ・ライレは珍しくいたずらっぽく笑っていた。


 言い方も女王らしくはなく、孫の相談に乗っている優しい祖母そのものだった。


「はい……?」

 リ・リラはそんなラ・ライレの言動に戸惑い、どうしていいか分からなかった。


「リ・リラ、あなた、今、『誰?』って思いましたね?」

 ラ・ライレは微笑んでいたが、呆れてもいた。


「えっ……、どうしてです?」

 リ・リラはラ・ライレに言い当てられた事に驚きのあまりに混乱し、そうとしか聞けなかった。


 とは言え、冷静に考えてみれば、リ・リラが「誰?」と思う事は当然の成り行きのように思えた。


 ラ・ライレが名前を出さずに話を進めたからだ。


 だが、この時のリ・リラは冷静にそう考える事が出来ないでいた。


 リ・リラは社交的で聡明であり、その性質は王太女として相応しいものだった。


 そして、宮廷では人気者だった。


 ダメ元で、言い寄ってくる者も多く、それを華麗にかわしていく様は却って、信者を増やしていく行為だった。


 まあ、要するに、周りからは恋の達人と思われている節があるのだ。


 しかし、こう言った態度に陥ってしまうと言う事は、恋愛は意外と苦手なのかも知れない。


 だが、自分の気持ちは自覚している点ではかなりマシだろう。


 少なくとも朴念仁よりはかなりマシである。


 でも、まあ、ポンコツには変わりはなかった。


「大丈夫ですよ、リ・リラ。

 あなたが望まない結婚を強いるつもりはありませんから」

 ラ・ライレはいつになく取り乱している孫を愛おしむようにそう言った。


 まあ、半分以上はからかっているのだが……。


「ひどいです、陛下」

 リ・リラはからかわれている事を察して、少しむくれた。


「許して下さいな、リ・リラ。

 時にはそうやって素を見せるのも大事ですよ」

 ラ・ライレは年相応の態度を見せたリ・リラを更に愛おしく思うのだった。


「はぁ……」

 リ・リラはラ・ライレの言葉に少し戸惑っていた。


 最近は、確かにラ・ライレの前で、素を出す事はほとんどなくなっていた。


 女王の執務を手伝う事になってからは尚更だった。


 とは言え、素を出す機会がなくなった訳ではなかった。


 朴念仁に対しては、そのままの感情をぶつける事は、相変わらずのような気がしていた。


 傍から見ると、気がしていたという曖昧なものではない事は確かなのだが……。


「まあ、それはともかくとして、一つ心配な事があります」

 ラ・ライレは真面目な表情に戻っていた。


「???」

 リ・リラは話の展開について行けなかった。


 祖母の心配から来るものなのだろうが、もう少し順序立てて話を進めてもいいのかも知れない。


「今回は絶妙なバランスで上手く行きました。

 恐らく、エリオは当初、しれっとそのまま、離脱するつもりだったでしょう」

 ラ・ライレはリ・リラに構わず話を始めていた。


「はい、そうだと思います」

 リ・リラは訝しがりながらも祖母の話しについて行こうと努めていた。


 稀代の用兵家の策略は、完全に2人に見抜かれていた。


「そうなると、エリオは味方を見捨てた者として、糾弾されたでしょう。

 リ・リラ、あなたはそれを防ぐ為に、参戦を命じたのですね」

 ラ・ライレは今回の海戦の件で、かなりの拘りがあると感じられた。


「はい、仰るとおりです」

 リ・リラはまだ訝しがりながらもそう応えた。


 それにしても、話が見えてこなかった。


「結構無茶しましたね」

 ラ・ライレはそうは言ったが、叱っている訳ではないようだった。


 しかし、リ・リラはやはりそこに行き着くのかと言う反発めいた気持ちが湧いてきた。


「しかし、それは……」

と、リ・リラはその反発心を言葉にしようとしたが、ラ・ライレに手で制され、

「分かっていますよ、リ・リラ」

と理解を示された。


 理解を示されたので、リ・リラはそのまま黙った。


「お互いを思いやる気持ち、とても尊いものだと思います」

 ラ・ライレは微笑みながらそう言った。


 その表情からは少なくとも批難するものではないらしい。


 しかし、依然、話の流れが掴めなかったので、リ・リラは変な緊張感を持ってしまった。


「今回は計算の範囲内で事が収まりましたが、毎回そう行くとは限りません。

 特にあなた達はお互いが大事すぎて、互いが自分を犠牲にする事のないように願うばかりです」

 ラ・ライレは再び真面目な表情になっていた。


「はい、気を付けます……」

 リ・リラは腑に落ちない点はあったものの、納得できる点もあったのでそう言った。


「分かってくれたのなら、それでよろしいです」

 ラ・ライレはそうは言ったものの、自分の真意が全てリ・リラに伝わったとは思ってはいなかった。


 それでも、少しは伝わったと見えたので、今はそれで良しと感じていた。


「まあ、それはともかくとして、2人がとても仲が良いのは、わたくしとしてもとても嬉しい事ですよ」

 ラ・ライレはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。


「!!!」

 リ・リラはそれに対して、再び顔を赤くしていた。


 女王と王太女では、まだまだ役者が違うようだった。

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