その7

 リ・リラは夕食後に、ラ・ライレに呼び出されていた。


「リ・リラ王太女殿下、いらしゃいました」

 ラ・ライレの親衛隊員が部屋の外から声を掛けてきた。


「通しなさい」

 ラ・ライレはいつもの女王らしい威厳がある声でそう応えた。


 がちゃ、ぎぃぃ……。


 扉が開くと、リ・リラはゆっくりと中に入った。


 ぎぃぃ……、ぱたん。


 リ・リラが部屋の奥へ入ったのを確認すると、扉は再び閉じられた。


 部屋の中には、ラ・ライレとリ・リラの2人きりだった。


「お座りなさい」

 ラ・ライレはリ・リラに自分の前の椅子に腰掛けるように促した。


 リ・リラは一礼すると、ラ・ライレの前に座った。


 ……。


 2人は小さな丸テーブルを挟んで、向かい合わせで座っていたが、何故か沈黙していた。


 ラ・ライレがリ・リラはしみじみと見つめていたからだった。


 感慨に耽っているようだった。


 ラ・ライレは、自分の後継で、息子である先の王太子を亡くしてから、その娘の庇護をずっとしてきた。


 その間、それなりの苦労があったのだろう。


 そう思えば、立派になったリ・リラを見て、感慨に耽るのも無理ない事だった。


 リ・リラの方も祖母の思いを慮ってか、黙って座っていた。


「さて、国内での諸々の立太子の義ですが、ローア伯が滞りなく進めてくれています。

 あなたの方の準備は進んでいますか?」

 ラ・ライレは祖母の優しい笑顔でそう聞いてきた。


 ローア伯とは、リーラン王国宮内庁長官であり、宮廷内の取り仕切り役である。


「はい、わたくしの方も問題なく進めております」

 リ・リラはニッコリと笑った。


「そう、それは良かった……」

 ラ・ライレは安心したようにそう言ったが、どこか歯切れが悪かった。


「???」

 リ・リラの方も祖母の態度に腑に落ちない点を感じ取っていたので、少し怪訝そうな表情になった。


「本来ならば、このようなめでたい席に更にめでたい話題を付け加えたかったのですが……」

 ラ・ライレは溜息交じりになっていた。


「???」

 リ・リラは怪訝そうな表情を濃くしていった。


 まあ、何を言いたいのか分からないのだからそうなるのだろう。


「今回の海戦の件で、ケチが付いてしまいましたからね」

 ラ・ライレは一人で勝手に納得してしまっていた。


「はぁ……?」

 取り残されたリ・リラはどう反応していいか、分からなかった。


「今回の海戦の件で、場所が場所だけに教会から詰問を受けるでしょう」

 ラ・ライレは女王の表情に戻っていて、冷静な口調で客観的な意見を述べた。


「やはり、海戦に参加しない方がよろしかったのでしょうか?」

 リ・リラは参戦した時には考えが及ばなかった点を指摘されて、後悔を感じていた。


「まあ、起きてしまった後に参戦したのだから、それはあまり関係がないやも知れませんね」

 ラ・ライレは微笑しながらそう言った。


 まあ、少し呆れているという感情が入っていた。


「はぁ……」

 リ・リラはまた曖昧な反応をした。


「でも、まあ、今回は参戦した事は政治的な効果があったので、結果的には良かったと思いますよ」

 ラ・ライレはまだ微笑していた。


 勿論、少し呆れてはいたのだが。


 でも、まあ、エリオが覚醒した事を思えば、安いものだと感じていたのは事実だった。


 だが、しかし、本当に覚醒したのだろうか?


「そう仰って頂けると、安心できます」

 リ・リラは口ではそう言ったが、安心している表情ではなく、何か引っ掛かっているような気分になっていた。


「リ・リラ、あなたはエリオに何故参戦を命じたのですか?」

 ラ・ライレは真顔に戻って質問してきた。


 改めて、見解を聞いておこうという腹づもりなのだろう。


「何故って……、友軍がピンチでしたし、救援に向かうのは当然だと思いますが……」

 リ・リラは当たり前の事を聞かれたので、戸惑いながらそのまま答えるしかなかった。


「エリオの兵力は援軍としては、寡兵過ぎるのでは?」

 ラ・ライレは依然として真顔で聞いてきた。


 その行為はまるでリ・リラを見極めているようだった。


「それはあまり考えませんでした。

 前にも申し上げましたが、無理ならエリオは参戦しなかったでしょうし、したからには結果を残す筈です」

 リ・リラはニヤリと不適・・な笑みを浮かべていた。


「それはエリオに丸投げという事なのでしょうか?」

 ラ・ライレは更に見極める必要性を感じて、質問した。


「いえ、違いますね。

 わたくしの事を気にせずに、才を発揮なさいと言った感じでしたね」

 リ・リラは更に素敵な笑みを浮かべていた。


 その時のエリオの表情はラ・ライレにもはっきりと想像できていた。


「はははっ……、リ・リラ、とんだ無茶振りをするのですね」

 ラ・ライレはリ・リラの答えに笑う他なかったようだ。


「はははっ……」

 リ・リラもラ・ライレに釣られて笑っていた。


「わたくしも、あの子に無茶振りをしている自覚はあるのですが、あなたも大概ですね」

 ラ・ライレは白状するようにそう言った。


 これはエリオがクライセン公爵家を継いでから、下手に手出しをせずに流れに任せてきた事を言っているのだろう。


 そのお陰でホルディム伯の横暴を許してきた面もある。


 だが、それによって、エリオの自力が付いてきてきたのも確かな事だった。


 と言うより、政略に無関心なままでいられたら堪ったものではない。


 その自覚を促す事から、ラ・ライレは始めたのだった。


 そう考えると、エリオのポンコツ振りはどうしようもない。


 でも、まあ、それが今回の御前会議の結果として、現れていたのだから、結果良しと言った所か……。


 だが、本当の所、リ・リラがぶち切れそうになるのをエリオは止めただけなのだが……。


 と言う事なので、結論。


 覚醒していませんでした。


「陛下、エリオを甘やかしてはいけません」

 リ・リラは畳み掛けるようにそう言った。


「はははっ……」

 ラ・ライレはリ・リラの言いように大爆笑していた。


 無論、リ・リラも爆笑していた。


 戦争の天才として内外に恐れられているエリオもこうなってしまったら、形無しである。


 その恐れられている存在はこの2人の女性の掌の上でただ単にいいように転がされているだけだった。


 それ故に、エリオはこの2人には頭が上がらないのだった。


「それで、そうやって、甘やかさなかった結果をどう評価するのですか?」

 ラ・ライレは一通り笑った後、興味深げにそう聞いてきた。


「そうですね、予想通りといいたい所なのですが、素直に驚いたといった方がいいのかも知れません」

 リ・リラは少し回りくどいような言い方をした。


 こういう言い方を狙っていた訳ではないが、話している内に自然とそうなっていた。


 エリオという人物は身内であっても、何とも表現しがたい人物であるのが原因なのだろう。


「その驚きとは?」

 ラ・ライレは更に興味を持ったようだった。


「エリオって、地頭がいいのは認めますが、どこか頼りないですよね」

 リ・リラは話し始めてはいたが、考えがまとまっていた訳ではなかった。


「……」

 ラ・ライレは黙って同意した。


「それが不思議ですね。

 いざ、戦闘開始となると、別人になったようで驚きました」

 リ・リラは素直に感想を述べる事にした。


「……」

 ラ・ライレは今度は何もせずにリ・リラを見ているだけだった。


 その行為が話を促している事は明白だった。


「戦場は初めてでしたけど、素人のわたくしでも分かるぐらい、敵を圧倒していました。

 そして、あっという間に終わってしまったという感じですね」

 リ・リラは憧れの目をしていた。


「ずいぶんと素直に褒めるのですね」

 ラ・ライレは珍しい物を見るようにそう言った。


 まあ、実際、珍しい事なのだが。


「そうでしょうか……」

 リ・リラはラ・ライレの鋭い指摘に恥ずかしいのか、バツの悪い思いをした。


「それだけ圧倒していたのなら、敵を殲滅できたのではないでしょうか?」

 ラ・ライレの質問は一見尤もなものと思えた。


「わたくしもそれが気になったので、後で聞いてみたのです。

 そしたら、『目的は達成できたので離脱しました』との事です」

 リ・リラはラ・ライレの質問にエリオの答えを述べた。


「目的とは?」

 ラ・ライレは予想が付いていたが、一応聞いてみた。


「アリーフ子爵は戦死していまいましたが、その艦隊を救出した事で目的達成との事です」

 リ・リラはまたエリオの答えをそのまま述べた。


「成る程……、それで今回の会議の材料を得たという事ね」

 ラ・ライレは感心する以上に呆れていた。


 それはエリオの歳不相応の冷静な戦略眼に対しての感想だった。


 その解釈で正解かどうかは、本人に聞いてみないと分からない。


 まあ、聞かないでも分かる事か……。


「そして、それによって、ホルディム伯を黙らせ、遅参を指摘しない代わりに権限まで取り戻したって事ね」

 ラ・ライレは付け足すようにそう言った。


「はい……」

 リ・リラは頷いていた。


(あれ?エリオって、そこまで考えていたの……)

 リ・リラはラ・ライレに言語化されて、初めて感心(?)した。


 アリーフ艦隊の救出は政治的効果をもたらす事はリ・リラには当初から認識していた。


 だから、エリオにそれを実行するように迫ったのだった。


 だが、エリオはただそれに乗っただけだろう。


 本人に聞いてみないと分からないが、まあ、聞かなくても分かるか……。


 また、言ってしまった……。


 会議の結果は何度も言うが、リ・リラがぶち切れそうになったをエリオが慌てて止めたからだ。


 そして、その場で辻褄合わせを行い、結果的にラ・ライレが指摘した通りになったに過ぎなかった。


 なので、エリオは過大評価されているようだった。


 とは言え、そう言う波及効果になったのは、エリオが認識できていない訳ではなかった。


 これを機に、政略とは何なのかの一端は掴めたのではないか。


 まあ、それはこの際、どうでもよく、ライバルが褒められているので、リ・リラはただ単に、得意に感じていた。


「まあ、ここまで改善したのですから、もう一つ慶事を加えたかったですね」

 ラ・ライレは本当に残念そうに言った。


「陛下、先程から何について仰っているのですか?」

 リ・リラは間の抜けた感じで聞いてきた。


「あなたの婚約についてに決まっているではありませんか!」

 ラ・ライレは本当に呆れたようにいった。


「!!!」

 リ・リラは顔を真っ赤にしていた。


(誰とです?)

 リ・リラはテンパりすぎてそれを聞く事が出来なかった。

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