その5

「どうぞ、リ・リラ殿下、お入り下さい」

 両扉を開けた向かって右側の人物が頭を下げて、恭しく言った。


 左側の扉にいた人物は畏まって、同じく頭を下げていた。


 入るように促されたので、エリオはリ・リラの手を引いて、ゆっくりと大聖堂の中へと足を踏み入れた。


 2人が大聖堂の中に入ると、中にいた人達がバッとリ・リラに視線を向けてきたのが分かった。


 しーん、じぃー!!!


 静まりかえっているのだが、熱気が凄かった。


 ただ、宗教的儀式な為か、厳かな雰囲気があった。


 ぴーん!!

 じぃー!!


 そして、張り詰めた空気もあった。


 ここに参列しているのは、スワン教を国教としている列強諸国の大使達と、教会の上層部達だった。


 リ・リラがどういった人物か見極めようとしているのは確かだった。


(視線がチクチクする……)

 エリオは自分には視線を向けられていないのだが、もう逃げ出したかった。


 それに比べて、リ・リラは涼しい顔をしていた。


 自分に視線が集まるのは当然の事で、「だから何?」と言った表情だった。


 この辺の態度は素直に尊敬に値すると、エリオは思った。


 そして、羨ましいとも思っていた。


 王族のオーラと言うべきものなのだろうか……。


 威厳と気品に満ちた、正に、次期女王に相応しい佇まいだった。


 この場を一気に制圧した感じだった。


 ある意味、このオーラは周りへの牽制と威嚇でもあり、列強の大使如きが対抗できるものではない事を思い知らされていた。


 圧倒的だった。


 きぃー……。


 2人が入ってきた扉が閉められた。


 エリオとリ・リラの前に3人の男が進み出てきた。


 いずれも黒い長い棒に白い布が付いたものを両手で掲げていた。


 そして、リ・リラの前で立ち止まると、恭しく一斉に頭を下げた。


「御案内、仕ります」

 中央の男がそう言った。


 リ・リラはそれに対して、ゆっくりと頷いた。


 すると、3人は踵を返すと、リ・リラとエリオを先導し始めた。


 と同時に、リ・リラとエリオはその後を付いて、歩き出した。


 2人は、びっくりするほど、シンクロしており、優雅でもあった。


 リ・リラが歩き度に、その豊かな金髪は綺麗に揺れた。


 そして、リーランカーラーの緑を基調としたドレスは、元々優雅で気品高いものだったが、それが一層引き立つようだった。


 生まれながらに、国を統べる能力を持った人物だと思わざるを得なかった。


 大聖堂の中にいた人達は、リ・リラに目を奪われ、微動だにできないでいた。


 大使夫人達はあまりの光景に溜息すらつけないといった感じの者が続出していた。


 エリオはエリオで、立派にリ・リラの引き立て役を果たしていた。


 まあ、本人は、視線を一身に集めるリ・リラのお陰で、全く視線を集めないのでホッとしているだけなのだが。


 まあ、でも、余計なことを考えないで済むは有り難かった。


 ここでのエリオはリ・リラをリーラン王国に無事に連れ帰ることに集中していた。


 この儀式中に、リ・リラを害される可能性は低い。


 だが、護衛役が最も頼りない自分だけという点において、最大限の注意を払う必要があった。


 万が一の時のイメージとしては、リ・リラと刺客との間に滑り込み、代わりに刺される事だった。


(はっきり言って、情けない事だが、これ以外にやりようがないよな……)

 エリオは自分の能力の無さに失望しながら、その体勢は万全に整えていた。


 その間にも、儀式が順調に進み、リ・リラとエリオは祭壇の前までやって来ていた。


 祭壇は高い位置に設けられていた。


 リ・リラとエリオを先導した3人の男達は、祭壇へと上る階段の前で一度立ち止まった。


 そして、恭しく一礼した。


 祭壇の中央には老齢で威厳に満ちた男と、それに付き従う巫女2人が両脇、やや後方に控えていた。


 その男こそ、法王ヨーイス83世だった。


 一礼した男達は、階段を上ると、法王の後ろへと回り込んだ。


 リ・リラとエリオは階段の前で、立ち止まると、跪いた。


 すると、祭壇にいた巫女達が階段をゆっくり降りてきた。


 そして、リ・リラの前まで来て、立ち止まり、リ・リラに一礼した。


 巫女達は手に持った青々とした葉が付いた木の枝をリ・リラの肩付近で、ゆっくりと振った。


 ちりーん、ちりーん……。


 木の枝には鈴が付いていたので、枝を振る度に透き通った音が響き渡った。


 これは御祓の儀式だった。


 8度、鈴が鳴ると、巫女達は枝を振るのを止めた。


 そして、リ・リラに二礼すると、リ・リラに道を空けるように、脇にずれた。


 リ・リラは御祓が終わると、ゆっくりと立ち上がり、階段を上り始めた。


 その後を、巫女達が追っていった。


 またしても、リ・リラの優雅さと気品が漂う光景だった。


 音を立てずに優雅に階段を上っていく光景は正に圧巻だった。


 大聖堂内はリ・リラに完全に傾倒しており、熱気はあるが、神聖な儀式の為に物音一つ立てられず、身動き一つ出来ないと言った感じだった。


 じぃー、じぃー……。


 会場は、リ・リラの一挙手一投足を見逃さないといった雰囲気があった。


 そんな中、エリオは一番の緊張した場面を迎えていた。


 リ・リラの儀式の為、エリオはリ・リラと一緒に祭壇に上る事は許されなかった。


 エリオは階段の下で待つ事になり、儀式の中で、リ・リラとの距離が最も離れる場面だった。


(……)

 エリオは辺りの異変を逃さないように、集中していた。


 そして、何かあれば、階段を駆け上がる準備をしていた。


(今のところ……、異変はなさそうだが……)

 恐らく大聖堂内でただ一人、エリオは別の事を考えていた。


 エリオの心配をよそに、儀式は更に進んでいった。


 リ・リラは階段のてっぺんまで上り終わっていた。


 後を付いていった2人の巫女が、リ・リラを挟んで向かい合わせになり、畏まっていた。


 リ・リラと法王が目が合うと、お互いに、深々と一礼した。


 一礼が終わると、リ・リラは一歩前に法王側に進み出た。


 それを見た法王もリ・リラの方に一歩近付いた。


 すると、リ・リラは再び両膝で跪いた。


 法王の方は、手に持っていたティアラを上に恭しく掲げた。


「この良き日、リーラン王国・王孫女リ・リラを我らの仲間として迎え入れる事を大変嬉しく思います。

 神に感謝を。

 そして、神からの祝福があらん事を」

 法王はよく通る声でそう言うと、持っていたティアラをリ・リラの頭に被せた。


「神に感謝を」

 被せられたリ・リラは神に感謝の言を述べた。


 それを見た法王はニコリと笑った。


「神に祈りを」

 法王がそう言うと、大聖堂内の人々は全員合唱をして、目を瞑った。


 まあ、全員ではなかった。


 エリオは合掌はしていたが、目を開けていた。


 勿論、異変がないかを見張っている為だった。


 ……。


 再び静寂が訪れ、動くものが誰一人いなかった。


 しばらく、そうした状態が続いたが、リ・リラと法王が同時に目を開けた。


 別に、不思議な事ではなく、心の中で唱える真言が全く同じ調子で唱えられる事を訓練されている事によるものだった。


 リ・リラはゆっくりと立ち上がると、法王に一礼した。


 法王はそれに返礼した。


 リ・リラはもう一度法王に一礼すると、くると踵を返した。


 そして、階段の縁まで進み出た。


「わたくし、リ・リラは成人した事をここに宣言すると共に、正式にリーラン王国・王太女に即位した事を宣言する」

 リ・リラは参列者に向かって、力強くそう宣言した。


 すると、厳かな儀式の雰囲気が一変した。


 うぁ、うぁ!!


 もの凄い歓声があちらこちらから上がっていた。


「リ・リラ様、万歳!!」

 歓声に混じって、リ・リラを称える声もあちらこちらから上がっていた。


 敵国であるウサス帝国やバルディオン王国の大使でさえ、熱狂していた。


 大聖堂内はリ・リラが完全に制圧していた。


(やっぱり、凄いな、殿下は……)

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