その4

 エリオとリ・リラは大礼拝堂の扉の前で儀式が始まるのを待っていた。


 勿論、リ・リラが主役で、エリオはおまけ……、じゃなかった、、エスコート役である。


 その証拠に、エリオはリ・リラの手を握っており、導く準備をしていたからだ。


 扉の前まで来た2人はさあ入場だと思っていたが、すぐに入場という訳ではなかった。


 それどころか、意外と待たされた。


 そうなると、人間というものは変な事を考え勝ちである。


(はっきり言って、こういう場は苦手なのだけどね)

 リ・リラの傍らでエリオは気が重かった。


(また、こいつは変な事を考えているんでしょうね)

 リ・リラはリ・リラでエリオを横目で見ながら大いに不満を持ち始めていた。


 ただ、普段なら口に出して、罵るのだが、ぐっと堪えていた。


 晴れて、成人となり、正式に王太女クラウン・プリンセスとなる訳だから、その立ち居振る舞いもそれに見合うものを見せつけなくてはならなかったからだ。


 そう、リーラン王国の次期女王としての威厳と風格をだ。


 どこに諸外国の目があるか分からないから尚更だ。


(俺にこんな大役が務まるのかな?

 もっと、相応しい人物がいるよな……)

 エリオはどんどん気が重くなる一方だった。


(また、相応しくないとか、面倒だとか、思っているに違いない!)

 リ・リラは相変わらずエリオを横目で見ていたが、決して見ようとはしなかった。


 普段でも考えている事が手に取るように分かるのだが、お互いの手を通じてほぼ正確に相手の考えている事を察する事が出来ていた。


 なので、見ると、やはり、思わず殴りそうになってしまうからだ。


(とは言え、このままこんな感じだったら、足ぐらい踏んでもいいわよね)

 リ・リラは初めて、エリオの方、まあ、足なんだけど、そちら方向に目を向けた。


 狙われているエリオは全く気が付かなかった。


 普段のエリオだったら、絶対に気が付くのだが、相手がリ・リラだと、そういう勘は鈍るらしい。


 エリオはいきなり首をぶんぶんと振った。


(ええっと……)

 そのエリオの仕草を見て、リ・リラは当然の事ながら驚いた。


(いやいや、女王陛下に託されたんだ。

 しっかりやらないと!!)

 エリオはそう思うと、死んだ目から普段の目に戻った。


 ただ、キラキラはしていなかった。


 この辺が、エリオたる所以なのだが、それだから、地味だの、公爵に相応しくないとか言われるのだろう。


(やれやれ……。

 でも、まあ、馬子にも衣装ってヤツかしらね……)

 リ・リラはエリオの様子を見てちょっと安心した。


 取りあえずは気持ちが持ち直した事を察したからだった。


 普段は冴えない公爵らしくないエリオが、ここではきちんとした格好をしていた。


 もしかしたら、初めて見るかも知れない。


 それだけでも、リ・リラは嬉しかった。


 でも、まあ、嬉しさを口に出す事はしないのだが……。


(馬子にも衣装って思われているかも知れないな……)

 エリオの方は、リ・リラが思っている事をそのままズバリと当てていた。


 気持ちが持ち直した事で、少し余裕が出てきたのだろうか?


 リ・リラの考えている事も普段通り分かってきていた。


 この2人は再従兄妹同士で、幼い頃からよく一緒だった事は前にも書いた。


 幼い頃はとても仲が良く、いつも一緒だった。


 だが、最近は一緒にいる機会がめっきり減り、昔みたいな仲よしとは違っていた。


(ふん、あなたには絶対に負けない!)

 リ・リラは何故かエリオにもの凄い対抗意識を向けていた。


 何でこんな時に、そうなるの?


 と言うのが、普通の感想なのだが、発するオーラも半端なかった。


(いっ……)

 エリオはリ・リラの発するオーラを感じ取り、後ずさりしたかった。


 だが、そこはグッと堪えていた。


 この辺が、最近、エリオがリ・リラを苦手とする所だった。


 対抗意識を向けられている事は分かるのだが、何故?と言う事が分からなかったからだ。


 リ・リラは、ライバル意識を向けてくる事には気が付いていた。


 それを感じ始めたのは、リ・リラが9歳、エリオが10歳の時で、エリオは父親に連れられて艦に同乗する事になった頃からだった。


 その頃から、リ・リラは、エリオが急速に成長していくのを目の当たりにしていた。


 リ・リラからすれば、このままでは置いて行かれるという、強烈な恐怖感に襲われていた。


 そして、エリオが公爵家を継いだ時、いつも自分より先んじると悔しい思いをしたのを鮮明に覚えていた。


 故に、リ・リラはエリオに対抗意識を燃やすに燃やしていた。


 残念すぎると言ったらそうなのだが、次期女王の気質としては、むしろいいのかもしれない。


(早く始まらないかな……)

 エリオはリ・リラのオーラに当てられおり、その為、いつの間にか、式典が始まるのを心待ちにしていた。


 リ・リラの方は、一通りエリオを威嚇できたので、満足したように、無駄なオーラを発するのを止めた。


 そうなると、エリオも落ち着きを取り戻せていた。


 女王に厳命された事は、リ・リラの安全を確保、そして、リ・リラの権威に傷を付けない事だった。


 今まさに、エリオはそれを思い出していた。


 ただ、そう考えると、サイオ・ホルディムの顔がちらついてしまった。


 サイオ・ホルディムはリ・リラのお気に入りだった。


 いや、社交界のお気に入りだと言ってもいい。


 イケメンで、所作は優雅で、知的。


 剣の腕も宮廷内でトップクラスで、勇敢で、忠誠心に厚かった。


 まあ、言ってみれば、エリオとは真逆のタイプだった。


 宮廷内では、サイオはリ・リラの恋人だと目されていた。


 宮廷内の噂には関心がないエリオだが、それだけは妙に信憑性があると思ってしまう残念な所があった。


(とは言え、陛下に厳命されたからな……)

 エリオは大きな溜息をつきたかったが、我慢した。


 これ以上、惨めな思いをしたくなかったからだ。


(また、迷走を始めているの?

 いざという時に、役に立たないとか考えているんじゃないでしょうね)

 何か考え始めたエリオに対して、リ・リラは呆れた。


(いざという時、俺って、全くの役立たずなのだが……)

 奇しくもエリオはリ・リラと同じような事を考えていた。


 この辺は、やはり不思議な2人の関係だった。


 そして、役立たずと、2人が考えしまうのは、エリオの剣技に原因があった。


 公爵家当主であるエリオは幼い頃から剣技を磨く為に、師について一応は特訓を受けていた。


 リ・リラもその事を知っていた。


 そして、エリオの剣はお世辞にも、いや、どんなに頑張っても褒める所がない事も知っていた。


 才能そのものがないと言って、全く問題がなかった。


 その才能がなさ過ぎる事が、逆の才能を生み出したと父サリオに言わしめていた。


 そう、エリオには一つの才能があった。


 いつの頃からは正確に言うことが出来ないが、どんなに凄腕の剣士だろうが、1対1の場合、永遠に逃げ切ることが出来るという才能だった。


 まあ、呆れた才能だが、得がたい才能でもある。


 そして、今は全く役に立たない才能でもある。


 ダメ押しのようだが、剣の才能はリ・リラの方があった。


(まあ、役に立たないにしても、いざという時には、殿下の代わりに刺されることにしよう!)

 エリオはそう思うと、ちょっと勇気が湧いてきた。


 そして、エリオは自分がリ・リラの代わりに刺される場面を思い浮かべていた。


(刺されるのは、痛そうだな……)

 エリオはそう思いながら先程の勇気は消し飛んでいた。


 思わず、身震いしそうだった。


 エリオにも死に対する恐怖はあった。


(それに殿下が亡くなられてしまって、自分だけが生き残るというのは、ちょっとな……)

 エリオはそう考えると、覚悟を決めていたと言うより、完全にそう諦めたといった感じだった。


(あ、こいつ、どうせ、また、碌な事を考えていないんでしょうね)

 リ・リラはリ・リラでエリオの考えていることはお見通しといった感じだった。


 きぃー……。


 そんなこんなの2人の思惑が交差する中、目の前の大きな両扉がゆっくりと開いていった。

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