4.王太女リ・リラ

その1

 話は御前会議後まで遡る。


 リ・リラはこの時、ギリギリまだ15歳だった。


 嫡子としての地位は固まっていたが、成人していなかったので、まだ王孫女という立場だった。


 そして、成人前なので、御前会議に出席できる権利はなかった。


 自分の将来に関わる事を自分抜きで話し合われている事に多少の憤慨はあった。


 だが、それは仕方がない事だと割り切る事とした。


 王族といえども、ルールは守られるべきだという幼少からの教えを忠実に守るべきだという思いからだった。


 とは言え、やはり、内心は穏やかではなかった。


 あのやる気を感じられないエリオが出席できている。


 だが、自分が、自分の事を決める会議に、出席できないのは、何とも歯がゆい事である。


 こんな風に感じてしまう所、リ・リラは、まだまだだった。


(出席資格があるのだから、ちゃんとやってよね、エリオ!)

 仕方がないので、リ・リラはそう思う他なかった。


 リ・リラの脅しとも思えるこの思いとは裏腹に、エリオは……、まあ、エリオのままだったのは前に述べた通りだ。


 それでもボケッと待っていても仕方がないので、リ・リラは自室で、立太子の礼の為の準備をリーメイと共に行っていた。


「殿下、女王陛下のお成りで御座います」

 部屋の外から声を掛けられた。


 リーメイはその声を聞くと、さっと扉に駆け寄ると、両扉を開け放った。


 すると、ラ・ライレはゆっくりと部屋の中へと入っていった。


 既に老齢に達しているとは言え、背筋がしゃんとしており、とても優雅な姿で、一歩一歩歩んでいた。


 ラ・ライレが部屋に入ると、お付きの護衛は部屋の前で待機した。


 そして、リーメイとラ・ライレのお付きの侍女が両扉を静かに閉じた。


 閉鎖された空間になると共に、空気が一気に変わった。


 リ・リラはラ・ライレの前に既に待機しているような格好になっていた。


 そして、ラ・ライレがリ・リラの前で歩みを止めた。


 リ・リラは、スカートの裾を広げて、挨拶をした。


 こちらもまた祖母譲りで、優雅そのものだった。


「陛下、ご機嫌麗しく存じます」

 リ・リラは頭を上げながらそう言った。


「ご機嫌よう、リ・リラ」

 ラ・ライレは祖母らしく少し微笑んでいた。


「して、如何なされましたか?」

 リ・リラは用向きを尋ねた。


 まあ、何でここに来たかと言う理由は察しは付いているのだが、内容までは分からなかった。


 そして、逸る気持ちを抑えながら、平然を装った。


「会議の結果を知らせようと思いましてね」

 ラ・ライレは穏やかだが女王らしい気品がある口調でそう言った。


「陛下自ら、それはありがとうございます」

 リ・リラは依然として平静を装ったが、内心はドキッとしていた。


 意に添わない結果だったら、どうしようという気持ちがあった。


「総指揮はクライセン公が執ります」

 ラ・ライレはリ・リラの最も知りたい事を勿体ぶらずに、ズバッと言った。


「!!!」

 リ・リラは安心しすぎで言葉が出なかった。


 ラ・ライレは孫の表情を確認したが、それに関しては敢えて何も言わなかった。


 そして、祖母としての務めを果たせた事を安心していた。


 と同時に、孫は祖母が尽力してくれた結果だと理解した。


 まあ、お互い、何も言わないが、エリオには困ったものだと思っていた節がある。


「準備は進んでいるようですね」

 ラ・ライレはリ・リラの横を通り過ぎて、部屋の奥へと向かった。


「はい、順調に進んでいます」

 リ・リラはその場に留まりながら、祖母の方に体の向きを変えていた。


「それにしても、いいドレスに仕上がりましたね」

 ラ・ライレはリ・リラが式典に着るドレスを眺めながら言った。


 ドレスは、リーラン王国の色を象徴する黄緑を基調としたものだった。


「はい、エリオ……、クライセン公に依頼しました」

 リ・リラはそう言うと、ちょっと嬉しそうだった。


 まあ、このドレスに関しては、エリオにとっては無理難題を押しつけられたと感じて、苦労していたのはまた別の話である。


「あの子がこんなセンスを持っていたの?」

 ラ・ライレは完全に祖母になっていた。


「あ、正確には、エリオも商人に依頼しているのですが……」

 リ・リラはニコやかにそう答えた。


「ああ、あのクラセックとか言う東方商人ね」

 ラ・ライレは納得したように言った。


「もっと正確に言うと、クラセック夫人ですが……」


「成る程、そうですか……」

 ラ・ライレはまじまじと見ていた。


「生地は東方の肌触りの良いものですが、縫い方や装飾はリーラン伝統のものです……」

 リ・リラは何故か間が持たないような、もどかしいような、焦っているような複雑な感情を持っていた。


「分かってますよ」

 ラ・ライレは優しい口調で、ドレスを眺めながら言った。


 ……。


 何故か、沈黙が流れた。


 リ・リラが感じていたとおり、間が持たなかった感じだった。


 しかし、ラ・ライレは不意にリ・リラの方に向き直った。


 リ・リラはそれにびっくりしたが、安心していた。


 そこには祖母の優しい笑顔があったからだ。


「で、何か聞きたい事があるのではないですか?」

 ラ・ライレは優しかったが、女王の威厳というものは中々隠し切れないものらしい。


「ええっと、エリオ……、じゃなかった、クライセン公の事、ありがとう御座いました」

 リ・リラには珍しく先程から焦っているような感じだった。


 本人自体、このような感覚に戸惑っていると言ったようだった。


「畏まった言い方は止めましょうか」

 ラ・ライレはニコリと笑った。


「はい……」

 リ・リラはちょっと上目遣いになっていた。


 まだ焦っているような感じが抜けていなかったからだ。


 とは言え、本人は何に焦っているのか、分からないでいた。


「リ・リラ、貴女にはあの子の処遇について、もっと文句を言われるかと思いましたが、違ったようですね」

 ラ・ライレは何だか少し後悔しているようだった。


 成人したとは言え、ラ・ライレにとって、エリオは可愛い孫のようであり、いつまでも小さな子供のようなものなのだろう。


 この事から、エリオの頭が上がらないのがよく分かる。


「十分ではないでしょうか……」

 リ・リラはラ・ライレが後悔しているように見えたので、ちょっとびっくりしていた。


 今回の御前会議でのホルディム伯の提案内容は、事前にアリーフ子爵を通じて聞いていた。


 その時は、憤慨したものの、顔に出さないようにして、アリーフ子爵の前を辞していた。


(あの馬鹿、こんな提案を許す気!)

 そう、憤慨していたのはホルディム伯ではなく、エリオへ対してだった。


 とは言え、同時に、この提案を女王は許さないだろうと言う確信もあったので、ドキドキしながらもその結果を待っていた。


 そして、結果はリ・リラの予想通りになった。


「あら、リ・リラもあの子に対しては厳しいのですね」

 ラ・ライレはリ・リラの態度に驚きながらも、笑顔でそう言った。


 と言うより、笑いを堪えていると言った方が正しいだろう。


「当然です。

 あの馬鹿、わたくしの大事な式典を何だと思っているんでしょうね!

 航海中は文句の一つぐらい、いえ、一生文句を言ってやりますわ!」

 リ・リラはあの時の抑えた怒りを前面に出していた。


 そうは言っても、リ・リラが本当はそうはしなかったのは前に書いたとおりだった。


「あらあら、あの子も大変ねぇ」

 ラ・ライレはラ・ライレで、リ・リラがそんな事をしないと確信しながら笑っていた。


 ……。


 場が和んだ所に、急に沈黙が訪れてしまった。


 リ・リラは空気が変わってしまったので、ラ・ライレの表情を伺っていた。


「あの子をもう少し手助けした方が良かったのかも知れないわね。

 今日の会議でも、荒んだ感じだったし……」

 ラ・ライレの後悔はこの事だった。


 ラ・ライレがエリオに対してやった事は、クライセン公爵家を継がせ、海軍の総司令官に就任させ、今回の随員の指揮を執らせる事の3つだけだった。


 後は、エリオの力次第と言った感じで放っておいた。


 それは、エリオの実力を信じての事だった。


「十分だと思います、お祖母様」

 リ・リラはニッコリと笑って、言った。


 ちゃんとエリオの事を考えてくれているので、嬉しかったからだ。


「!!!」

 ラ・ライレはリ・リラの言葉にびっくりはしていたが、自分の意図が通じていたので、嬉しくもあった。


「確かに今のエリオの態度にはわたくしも怒っています。

 だから、これを契機に渇を入れようと思っています」

 リ・リラはそう言うと、義務感みたいなものに支配されていた。


 いや、何だかウキウキしていた。


「そうですね、これからはあなた方2人で、何事も乗り越えなくてはなりませんものね」

 ラ・ライレは満面の笑みでそう言った。


「!!!」

 リ・リラは顔を真っ赤にして、何も応えられなかった。

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