その16

「エリオ様からの指示はないのか?」

 リーラン王国艦隊右翼を指揮するアスウェル男爵は副官であるラルグに聞いた。


 男爵は特に苛立った様子はなく、ただの確認だった。


 戦況が大きく動いたので、確認する必要があったのだろう。


 男爵はサリオとは同世代であり、同じく海の漢と言った感じで、やや細身だが、屈強な漢だった。


 ただ、サリオはまだ少しやんちゃさが抜け切れていないが、男爵は非常に落ち着いた雰囲気のある漢だった。


 そう、クライセン一族の指揮官はこうあるべきというものを体現している人物であった。


「はい、待機の命令以降、何も御座いません」

 ラルグは丁寧に端的にそう答えた。


 と同時に、普段はこんな確認をしない上官に驚いていた。


 焦っているのだろうか?


「うむ……」

 男爵は少し首を傾げた。


 待つ事には慣れているが、エリオの意図を掴みかねていた。


 不安という訳ではなかった。


 むしろ、サリオの指揮下に入っている時より、安定感すら感じていた。


 おかしな事である。


 豪快で物事に動じないサリオより、とっぽくて頼りなさげの少年の方が安心感がある。


 が、同時に、自分が見えていない物を見ているような感覚があった。


「このままエリオ様の指揮下に入ってよろしいのでしょうか?」

 参謀であるヴェルスが男爵に質問してきた。


 ヴェルスは男爵の幼馴染みと言った所で、死線を一緒にくぐり抜けてきた間柄だった。


 そんな彼だから、指揮官の微妙なニュアンスを感じ取ったのだろう。


「それは問題ない筈だ」

 男爵は参謀の疑問に即答した。


 だが、微妙な雰囲気は益々高まっているような感じだった。


「何か懸念がおありでしょうか?」

 ヴェルスはその雰囲気を感じ取ったので、再び質問した。


 男爵の脳裏には艦隊に同行し始めのエリオの姿が浮かんだ。


 王都にいたので、エリオの事を昔から良く知っていた。


 いつまで経っても変わらない印象としては、サリオには全く似てはいない正反対だと感じていた。


 そして、その幼少の頃から会う度に、お金の話をしていた。


 そう、男爵のエリオの印象は妙な子供というイメージがピッタリだった。


 それが総司令官に代わって、指揮を任されている.


 それは、世界の7不思議以上に、不思議な感じがしていた。


 たが、何故か能力に対する疑義ではなく、不思議な感じと言った所がポイントなのかも知れない。


「あのサリオ様が……、いや、総司令官閣下が任せているのだから問題はないのだろう。

 あの方は人を見る目はあるからな」

 男爵は自分に言い聞かせるように言った。


「……」

 ヴェルスは敢えて何も言わなかった。


 そして、らしくない男爵を見つめて、その後の言葉を促した。


 男爵はエリオの指揮下に入るのはこれが初めてだった。


 先代のアスウェル男爵が亡くなるまで、王都にいて、サリオの指揮下に入っていた。


 そして、今、亡き父の顔が思い浮かんだ。


「父上が亡くなる1年前、そうなると、3年前かな……。

 父上はエリオ様の指揮下に入った事がある」

 アスウェル男爵がポツリポツリと話し始めた。


「北方海賊の掃討作戦ですな」

 ヴェルスは男爵が補足するようにそう言った。


「うん……」

とアスウェル男爵はヴェルスの言葉に頷いてから、

「あれが父上の最後の戦いになったのだが、病床の父上が私にその様子を楽しそうに話すんだよな。

 そして、エリオ様を大変褒めていた。

 『首尾一貫していて、徹底している』とな」

と思い出しながら、ポツリポツリと話していた。


「……」

 ヴェルスは黙って続きを待った。


「たぶん、そのエリオ様の力量を早く見たくて、焦っているのやも知れない」

 男爵は苦笑交じりでそう言った。


「!!!」

 ヴェルスは男爵がそういう事を言うとは思わなかったので、驚いていた。


「しかし、それにしても、ホルディム艦隊に対して随分好き勝手にやらせたなと感じたんだよ」

 男爵は急に話を現状に切り替えていた。


「と言いますと?」

 いきなりだったが、ヴェルスの方は更に話を進めるように促した。


「好き勝手やらせた代わりに、こちらも何の援護もしなかった」

 男爵は、促されるままにそう応えた。


「うーん、それは戦術的に正しかったのでは?

 事前に出した総司令官閣下の命令にも違反すると思われますし、あの戦い振りを見ていたら、援護する方が危険なのでは?」

 ウェルスは、考えながらそう聞いてきた。


 事前に出された命令では戦いはなるべく自重するようにとなっていた。


 それに加えて、あの援護のしようがない戦い振り。


 ウサス・バルディオン連合も下手に手出しをしない方がいいと言う判断で、ルドリフ艦隊以外参戦しなかったように見えた。


「そうなんだが、ここまで徹底するとは思わなかった」

 男爵はそう話し終えると、一呼吸置いた。


「……」

 ヴェルスはヴェルスで黙って、男爵の次の言葉を待った。


「いくら戦術的にも正しく、相手が命令違反していたとしても、助けには行かなかった。

 それは絶対的に正しい事でもあるが、何か危うさを感じる」

 男爵は、心配そうにそう断じていた。


 男爵のこの言葉にヴェルスも同意せざるを得なかった。

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