その5

 ドン、ドン……。


「ありゃ、はじまっちまったか……」

 砲撃音を聞いた精悍そのものと言っていい男が頭をかきながらそう言った。

 

 彼の名はサリオ・クライセン。


 クライセン公爵家の惣領であり、リーラン王国の総司令官である。


 ちなみにエリオの父親である。


 ちなみにと言うのは、サリオとエリオを並べた場合、どう見えても親子に見えないからだ。


 対照的すぎるのだ。


 サリオは鍛えられた肉体、精悍そうな顔つき、どこからどう見ても海の漢と言った感じだ。

 

 対するエリオは、トロそうな雰囲気、ではなく、明らかにトロく、精悍さとはほど遠い顔つきである。


 加えて、体が出来上がっていない年齢という以前に、ひょろいと言った感じである。


 更に言えば、あの残念オーラと、こちらが纏っているのは正真正銘の指揮官としての絶対的オーラ。


 エリオを無茶苦茶ディスっているが、並べてしまうと、どう頑張ってもそういう評価になってしまう。


「エリオ艦隊から、伝令。

 撤退を具申する」

 副官のマリオットがそう報告してきた。


「またですか?」

 サリオの隣にいた総参謀長のオーイットが呆れていた。


 まあ、4度目の撤退の具申ではそうなるだろう。


 とは言え、3度目までとは状況が異なっている。


 そう、戦いが始まってしまったのだ。


「まあ、そう言うな……」

 サリオは特にエリオを咎めるつもりはないようだった。


 オーイットの方も呆れてはいたが、特に非難するつもりがなかったので、それ以上は何も言わなかった。


「エリオ艦隊に通達。

 ふざけんな、ボケ。

 それから、『大至急、対応策を考えろ』と伝えろ」

 サリオはマリオットにそう指示を出した。


 マリオットは敬礼して、伝令係に指示を出した。


 それを見ながらサリオはニヤリとしていた。


「小さいとは言え、艦隊司令に任命しただけではなく、指揮権を与えるような真似をしてよろしいのですか?」

 オーイットは一応聞いてみた。


「ああ、問題ない、いつもの事だ」

とサリオはそう即答してから、オーイットの方に向き直り、

「オーイット、お前だったそう思っているだろう?」

と笑いながら言った。


「まあ、そうなのですが……」

 オーイットは本心を見透かされていたので、口籠もるようのそう答えた。


 まあ、オーイットも総参謀長としての役割があるので一応聞いただけだった。


 サリオは非常に心の広い漢であった。


 エリオの艦隊運用の才能を見出しており、素直に自分以上に上手く指揮できる事を認めていた。


 本来ならば、漢のプライドに掛けて、息子には指揮を任せる事はないだろう。


 だが、ここ数年は実質的な指揮を任せていた。


 自分よりエリオの方が上手くやるという確信を持って……。


 人はそれを丸投げと言う。


「それにしても、エリオ様はもうちょっと覇気を持ってもいいと思うのですが……」

 オーイットは気まずくなったのか、急に話題を変えるようにそう言った。


「ん?そうか?」

 サリオの答えは意外と素っ気なかった。


「艦隊の司令官に任命されての初めての海戦の機会ですよ。

 しかも、自分で考案した新造艦を率いての。

 なんか、こう、やるぞといった感じを前面に押し出してもいいのではないでしょうか?」

 オーイットは話しながらもどかしい感情が湧き上がってきた。


「ぶっはっはっぁ……」

 サリオは豪快に笑い出してしまった。


「……」

 それをオーイットは戸惑いの表情で見つめる他なかった。


「ああ、すまん……」

 サリオは一通り笑ってからそう言った。


 オーイットは謝られてもと言った感じでまだ総司令官を見つめていた。


「まあ、俺もそう思わん事はないが……」

 サリオがそう言った時に、オーイットはうんうんと頷いた。


 正に我が意を得たといった感じだった。


「まあ、なんだ……。

 それを含めてアイツなんだよな」

 サリオはしみじみとした感じでそう言った。

 

 それを聞いたオーイットはガックリした。


(まあ、これはこれでこの親子の特長なんでしょう……)

 オーイットはそれ以上何も言わずにそう思う事で納得する事にした。


 外見・性格共に似ていない親子なのだが、やはり、親子なんだという納得感があるのだった。


 理屈ではなく、最後はやっぱり親子なんだなと言う事なのだろう。


「まあ、でも……」

 サリオは尚も続けようとしていたので、オーイットはちょっと驚いた。


「倹約、倹約って、暇さえあれば、倹約というのはもう勘弁して欲しいがな……」

 サリオは再び笑いながらそう言った。


「ああ、それは全く同意です」

 オーイットは力強くそう言った。


 傾き掛けているクライセン家の財政改善のために、エリオは奔走していた。


 艦隊運用や戦術より、真っ先に興味を持ったのは、間違いなく、そして、確実にクライセン家の財政だった。


 なので、エリオにとっては海戦よりもこちらの方が大事なのではと思う程であった。


「エリオ艦隊より、伝令。

 全艦停止を求む」

 マリオットが2人にそう報告してきた。


「了解した。

 全艦停止、敵の出方を見る」

 サリオはエリオの進言を直ちに実行に移した。


 それにしても、このお任せ振りは呆れかえるを完全に通り越していた。


 とは言え、この方式で艦隊内から不満が出た事がないという不思議な状態でもあった。

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