クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻
妄子《もうす》
1.第3次アラリオン海海戦
その1
<地図「クライセン艦隊とルディラン艦隊 まっぷ」を近況ノートに掲載>
この世界ではない、違う世界……。
その海域はアラリオン海と呼ばれていた。
ざぁ、ざぁ、ざぁ、ざぁぱぁーん……。
意外と激しい波の音がしており、その中を航行する艦があった。
パタパタ、バタバタ……。
艦には大きなマストがあり、帆がたなびいていた。
帆船だった。
その艦には大砲が横一列に並べられていた。
戦列艦というモノなのだろうか?
艦は1,2隻ではなく、数多くの艦がこの海域に集結していた。
どこからどう見ても、艦隊と呼べる代物だった。
と言うより、大艦隊と呼べる数の艦数が確認できた。
しかも、南北からそれぞれ違う大艦隊が押し寄せていた。
北から来た艦隊の一角に5隻の小集団があり、艦隊の中央最前列に位置していた。
その集団の中心に位置する艦の甲板上で苦々しい表情で仁王立ちしている少年がいた。
黒髪に黒い瞳で、まだ少年なので威風堂々という感じではなかった。
まあ、はっきり言ってしまえば、頼りない感じ、いや、はっきり言わなくても、頼りなかった。
仁王立ちしているのに、そう断言出来てしまうのは、とても残念である。
とは言え、まだ少年だったので、あどけなさは残っているのだから当然なのかも知れない。
あ、でも、この残念オーラは成長しても変わらないだろうという直感めいたものを周囲には確信させるものがあった。
だが、しかし、何やら独特な雰囲気を持っているのは確かだった。
この相反する雰囲気を持っている為、何と言うか……、要するに、妙なヤツだという事だ。
別に面倒臭いから彼に対する描写を止めた訳ではない。
最初から主人公たるものをこれ以上ディスるのはどうかと思うからだ。
彼の名はエリオ・クライセン。
今年、14歳になったばかりだった。
「閣下」
エリオの隣にいた青年が柔やかにそう話し掛けてきた。
この青年はマイルスターと言い、歳はエリオの6歳上だった。
威風堂々という言葉はこちらの方に当てはまるかも知れない。
あ、いや、話し方が自然体で、堂々としていると言い直した方がいいかも知れない。
「……」
エリオの方は、明らかに聞こえてはいたが、苦々しい表情から不機嫌そうな表情に変わっただけだった。
(やれやれ……)
マイルスターはエリオの態度に呆れてはいたが、依然として柔やかだった。
まあ、慣れているせいもあったのだが、どちらかというと性格的なものだった。
たぶん、多少の大らかさがないと、このエリオには付いていけないという事だろう。
気難しいという訳ではなく、まだまだ子供っぽさが抜け切れていないといった所だ。
その癖、思考が常人的ではない。
「閣下」
マイルスターは再び柔やかにエリオに話し掛けた。
「……」
エリオは強情なのか、また応えなかった。
そして、表情が益々不機嫌になっていった。
「閣下、如何しますか?」
マイルスターは話が進まないので、聞いていると確信した上で質問した。
こちらの表情は相変わらず柔やかなものだった。
マイルスターも意外と強情なのかも知れない。
「『閣下』は止めてくれ。
その呼ばれ方は好きではない」
エリオはようやく口を開いた。
口調はぶっきら棒そのものだった。
「とは言え、閣下のお立場はやはり閣下と呼称されるものですが」
マイルスターはいつまでも柔らかな物言いだった。
ここまで来ると、立派ものだ。
だが、エリオには勿論鼻についている。
傍から見ても明らかなように、エリオの立場はマイルスターより上位だった。
年上のマイルスターへの口の利き方からそれは察する事が出来るだろう。
まあ、有り体に言ってしまえば、マイルスターはエリオの参謀だった。
そして、5隻の小集団とは言え、この集団を指揮しているのはエリオだった。
この世界では16歳で、成人を迎えるのだが、その意味ではエリオはまだ少年だった。
とは言え、数こそ少ないが、艦隊を率いる立場である。
したがって、提督という立場にあるのには間違いが無かった。
だが、まあ、無理矢理に就かされたといった思いがエリオにはあった。
なので、「閣下」と呼ばれると、何だか空気が微妙な気持ちになった。
だが、少年の歳で艦隊を率いるという事はそれなりのものを持っている。
ただ、年齢と風貌が地位に釣り合っていないというだけだった……と思う。
「閣下、敵の編制が分かりました」
微妙な空気を完全に打ち壊すように、ニコニコしながらシャルスが報告してきた。
シャルスはエリオの乳兄弟であり、同い年。
誕生日は1ヶ月ほど早い。
つまり、エリオと同じく少年である。
そのシャルスが、エリオの副官を務めているのは、エリオの癖が強すぎるためである。
シャルスのニコニコは、柔らかいと言うより無邪気な笑顔そのものだった。
その無邪気な笑顔によって、潤滑油としての役割を果たしているようだった。
エリオは、親しい2人の人間から「閣下」呼ばわりされて、うんざりした。
とは言え、彼らは参謀と副官、そして、エリオは小艦隊と言えども、艦隊司令。
したがって、それは仕方がない。
だが、しかし、エリオは納得できない様子だった。
「お……」
とエリオは大きな声で文句を言おうとしたが、
「敵はウサス・バルディオン連合艦隊です。
敵本隊はハイゼル候23隻、敵右翼にハイゼル候の息子ルドリフ18隻、左翼にルディラン候21隻。
合計62隻の大艦隊です」
とシャルスは報告を続けた。
シャルスの特技は空気を読まない事だった。
エリオは文句を言おうとしていたが、矢継ぎ早に説明されたので、口を大きく開けたままその機会を失っていた。
その光景を見て、マイルスターは笑いを堪えていた。
とは言え、シャルスの特技により、話が進みそうだった。
エリオの所属しているのはリーラン王国である。
ボイズ大陸の中心から見ると、北東側に浮かぶ島国だった。
ウサス帝国は大陸の東端にある国で、リーラン王国とは敵対関係にある。
バルディオン王国はウサス帝国とは同盟関係にある国家である。
そして、この2つの国は隣国同士でもある。
ハイゼル候はウサス帝国の北方艦隊の総司令官であり、ルディラン候はバルディオン王国海軍の総司令官である。
「対して、こちらは前衛である我が艦隊5隻、その後ろに本隊であるクライセン公20隻、右翼にアスウェル男爵20隻、左翼にホルディム伯22隻。
合計67隻。
数としてはややこちらが上回っています」
マイルスターはシャルスの報告に続けとばかりに、現状を告げていた。
こちらのペースに巻き込み、仕事をさせようという腹積もりだろう。
- 艦隊配置 -
As SC Hr リーラン王国側
EC
~~~~~←海による隔たり
OR Hi RH ウサス帝国・バルディオン王国側
As:アスウェル艦隊、SC:サリオ艦隊(総旗艦)、Hr:ホルディム艦隊
EC:エリオ艦隊
OR:オーマ艦隊、Hi:ハイゼル艦隊(総旗艦)、RH:ルドリフ艦隊
---
敵味方の配置が頭に浮かんだので、エリオは間抜けな口を開けたままの状態から回復した。
そして、面倒くさそうな雰囲気を醸し出しながら、何かのスイッチが入ったようだった。
外見だけではなく、内面も相反するものが同居している変なヤツである。
エリオは、前にある机上にある地図に、自ら、艦隊の駒を置いて、眺めていた。
リーラン王国艦隊の全体を率いているのはエリオの父であるサリオだった。
サリオはクライセン公爵家の惣領であり、王国海軍の総司令官だった。
そして、エリオは公爵家の嫡子だった。
それ故に、未成年ながら、艦隊の指揮を執っていた。
と言いたい所だが、実力主義のクライセン一門では、実力がある者は赤ん坊でも使えという家訓通りに引っ張り出されているに過ぎなかった。
まあ、だからこうなっているのだった。
要するに、エリオが終始むくれているのは、子供に指揮をさせるなと言う事なのだろう。
次に、アスウェル男爵の話をしよう。
彼はクライセン家の一門であり、リーラン王国の北方艦隊の司令官だった。
本名はリンク・クライセン。
アスウェルという都市を根拠地としているので、アスウェル男爵リンクと公式では呼ばれている。
ホルディム伯はクライセン家の分家であり、西方艦隊の司令官であり、海軍の副司令官を務めていた。
些か状況説明が長くなってしまったが、本筋に戻す。
スイッチが入ったエリオは嫌な予感しかしていなかった。
まあ、入る前からそうだったのだが、今はそれ以上に必然性が高まっていた。
(絶対、面倒な事になる!)
エリオは確信に変わっていった。
戦いが起これば、面倒事になるのは当たり前の事だ。
ここで言うエリオの面倒事は、ややこしい戦いになるという意味だろう。
「で、閣下、如何しますか?」
マイルスターは追い打ちを掛けてきた。
「撤退の進言への回答は?」
エリオは質問に対して、質問で返した。
ただ、その相手はシャルスだった。
「先程、3回目の進言をしましたが、やはり却下されました」
シャルスは相変わらずニコニコしていた。
それとは対照的にエリオは深刻そうな表情になっていた。
シャルスはシャルスで楽天的な性格から脳天気でいた。
でも、まあ、長い付き合いなので、上官の懸念を十分に把握していた……とは思う。
たぶん……。
そして、互いの対照的な表情から事態の深刻さが伺い知れた。
ざっばーん……。
波で大きく艦が揺れたが、3人は何事もなかったように、突っ立たままだった。
……。
沈黙が訪れ、重い空気になる所が、間抜けな空気になっていた。
この空気は、微妙な、と言うか、何と言っていいか分からない3人の人間関係によるものだろう。
「やはり、ここは撤退するのが最良の策なのでしょうか?」
マイルスターは間抜けな雰囲気が漂う中、緊迫した表情でエリオに質問した。
放っておくと、妙な空気に引きずられる気がしたからだった。
あ、まあ、これまでの学習効果から絶対にそうなる事を知っていた。
「最良と言うより、その手しかないんだけどね」
エリオは間髪入れずに即答した。
先程までの態度と比べると、一気に指揮官らしくなっていた。
なんだかんだ、むくれていても、サリオが指揮官にエリオを抜擢するのはこう言う事なのだろう。
つまり、仕事を押しつければ、責任をきちんと果たす。
「艦隊の位置、数共に劣勢ではありませんが」
マイルスターは尚も続けた。
「その通りだが、この戦いは戦略的には何の意味も持たない。
それに敵を圧倒できるだけの数的有利でもない」
エリオの表情は指揮官のそのものになっていた。
まだ14歳である。
言っている事は年相応ではないのは明らかだった。
この辺はやはり、公爵家の後継だから指揮を任されている訳ではないことを示していた。
才能の片鱗と言いたい所だが、やはり、その風貌と雰囲気から、よく知らない人間から見ると、「???」となるだろう。
「戦略ですか?
いつも通り、戦いに勝てば、問題ないのでは?」
シャルスは常にお気楽そうだった。
とは言え、副官としての仕事はきちんとやっている。
性格はエリオとは似ても似つかないのだが、やる事はやるといった点ではエリオそっくりである。
「戦術的な勝利を積み重ねれば、戦略要件を満たせるとは限らないんだ」
これまたエリオは即否定した。
戦略目標を問われなかったので、エリオは戦略目標を明示しなかった。
なので、彼が何を戦略目標にしているかは現時点では分からない。
と言うか、この歳でそんな事を考えてしまうのは、やっぱり変なヤツである。
「敵を全滅させれば、勝ちなのではないでしょうか?」
シャルスの方も即座に反応していた。
考え方としては、こちらの方が年相応だろう。
年相応と言うより、一般的な考えかも知れない。
「こちらが無傷で、向こうが全滅となれば、そうなるやも知れない。
ただ、敵が全滅となれば、こちらも相当な被害が予想される。
そうなると、次の打つ手が自ずと限定される。
俺としては、そちらの方が怖い」
エリオはシャルスの疑問に淀みなくそう答えた。
「はぁ、そんなものなのでしょうか……」
シャルスの方は納得が行っていないようだった。
「戦果より損害の方が深刻という事ですね」
マイルスターは補足説明をした。
「まあね。
今回、損害がほとんどなく大勝利、そして、ウサス帝国本土侵攻に大勝利となるのが理想だけど、現実問題、それはほとんど不可能に近い」
エリオはエリオで更に補足説明をした。
「それだけですか?」
マイルスターはいつもの柔らかい口調で聞いてきた。
「……」
思わぬ質問だったので、エリオは言葉に詰まった。
そして、マイルスターの素敵な意地悪い笑顔を見て、
「はぁぁぁ……」
とエリオは大きな溜息をついた。
「今回、大損害を受けたら、ホルディム家はともかく、クライセン家の破産は免れないだろう。
だから、本当は海戦自体したくはない!」
エリオは本音をぶちまけるように、そう言った。
ホルディム家は大陸貿易の西航路を抑えていたので潤っていた。
それに対して、クライセン家の財政は逼迫していた。
その逼迫度をエリオがいくら説明しても、当主であるサリオ以下、上層部はまるで理解がなかった。
実際には、サリオも上層部も理解はしていたが、エリオほどの危機感を持っていなかったというのが正しいだろう。
(頭痛くなってきた……)
エリオはこの財政問題は、目前の敵よりも大きな問題であった。
「とは言え、今回は戦いに突入することは避けられそうにありませんな」
マイルスターは艦隊左翼の方を見て、深刻そうな口調でそう言った。
艦隊左翼はいつの間にか、エリオ艦隊よりも先行して、突出している形になっていた。
そして、それは時間を追うことに酷くなっていた。
総司令官のサリオがエリオの撤退の進言を聞き入れなかったのはそのせいだという事が容易に分かる事象だった。
つまり、クライセン家の艦隊が引き上げると、ホルディム艦隊が完全に孤立して、各個撃破される危険性があるという事だ。
(まあ、オヤジもオヤジで苦労しているという事か……。
とは言え、我が方の左翼がホルディム艦隊、敵の右翼がルドリフ艦隊とは、最悪の組み合わせだな)
<地図「クライセン艦隊とルディラン艦隊 まっぷ 1章」を近況ノートに掲載>
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