第33話
暗い雨が降り続ける中、剣を交じり合わせる二人の少年。
直剣を持った少年は攻めの姿勢を崩さず続け、短剣を持った少年はそれを捌き続けていた。
判断が遅れれば剣が身体を切り裂く。
人生初めての死が迫る感覚に、動悸の激しさが止まらない。
「伊達に剣を学んできた訳ではないようだな、イザヤ」
「……名前を呼ばないでもらえますか?」
「そう硬くなるな」
今のところトレイスの剣は俺の防御を超えていない。
このまま受け続けるのが一番いいが……。
「確かに戦えるようだが、防戦一方では俺を倒せんぞ」
そう言うと攻めの姿勢を強めるトレイス。
確かにそうだ。
このままではどちらかの限界勝負になるだろう。
それでもいいが、数日間部屋に籠り続けていたせいで、俺の体力は落ちている。
あまり褒められた手ではない。
「いいのか? 攻めなくて」
「そんなに文句を言う暇があるなら自分が攻めればいい」
俺とトレイスがやっているのは殺し合いだ。
だが、俺には聞かなければならないことがある。
「……なんでお嬢様を攫ったんですか?」
「さっきも言っただろう。お前を殺して俺が専属使用人になる為だ」
それは知っている。
だが、それだけだとはどうも思えない。
イザヤの気持ちにトレイスも気が付いたのか、剣は振り続けたまま口を開く。
「俺の両親が色んな根回しをしてな、スギレンで暗躍していた犯罪組織と手を組んだり、聖女ウィントの支援を受けてここまできた」
「っ!? ウィントと手を組んでいたん……ですね」
衝撃の事実。
だが考えれば何も可笑しくはない。
ウィントはヒールデイズにおいて最後の黒幕だ。
言ってしまえば一番の元凶。
関わっていて一番違和感のない人物だ。
犯罪組織の方は何となくだが検討はつく。
店員姉妹が言っていた治安の問題は、きっと犯罪組織が関わっているのだろう。
「しかしウィントは途中から援助を打ち切ったと両親が嘆いていたがな」
喋りながらも剣を動かす腕は止まらない。
油断すれば斬られてしまう。
必死に耐えるイザヤを見て、トレイスは笑う。
「お嬢様は……犯罪組織の手の中で監禁させてもらっている」
「それなら……お前を打ち倒せばいいだけの話ですね」
「それは無理な話だ」
突如剣を横に持ったと思ったら、助走をつけて勢いよく振って来た。
イザヤはしゃがんで回避する。
「そうだ。一ついいことを教えてやろう」
続け様に攻撃してくると思いきや、トレイスはバックステップをし、距離を取った。
「お前の母親。あれを階段から突き飛ばしたのは、俺だ」
――――は?
「全てはお前の存在が邪魔だったからに違いない。つまりはお前が専属使用人になったせいだ」
俺のせい?
いや、お前のせいだ。
お嬢様を攫ったのも、母さんを傷つけたのも、全部お前のせいだ。
気付けば体が勝手に動いていた。
イザヤはトレイス目掛けて短剣を振るうが、いともたやすく防がれる。
「予想以上の効果だったようだな。俺は嬉しいぞ」
「……ッ」
「お? どうした。感情の制御が下手なのか?」
「殺してやる……殺してやるっ!」
「それは無理だな」
弾き返されても関係ない。
今までとは打って変わって、イザヤがトレイスを攻め立て続ける。
剣の型なんで関係無し、殺意の思うがままに短剣を振り回していた。
「先程まで見せていた型の欠片もないな……獣如きで俺を殺せると、本気で思っているのか?」
しかし短剣が届く気配はない。
「クソがぁぁぁぁぁ!!!」
「煩わしいぞ」
大きく振りかぶった短剣の一撃が弾かれる。
その隙を見逃さないと、トレイスは右足をイザヤの腹に突き刺した。
イザヤは吹き飛ばされ、空中で何回転もしたのちにようやく停止する。
そして我慢できず吐血した。
「カハッ! ……」
「怒るのはいいが制御出来なければただの獣だ。獣狩りをする気分ではなかったのだが……」
「なんで……」
「ん?」
「なんで……平気な顔してそんなことが出来るんだ……」
ゲームの頃からずっと思っていた。
トレイス=ビルターネンという男は、どうしてそこまで悪逆非道なことを繰り返せるのか。
俺はずっと理解出来なかった。
「それが俺の生き方だからだ」
トレイスの言葉を聞いて、イザヤの中に何かが走った。
こいつは悪だ。
俺の道を妨げる悪だ。
同情も理解する必要もない。
ぶつけるべきは怒りでも現実でもない。
『死』だけだ。
「……スー、ハー……」
俺が、この手で、殺す。
「……かかってこい」
「ふんっ、ならばその面を完膚なきまでに潰し尽くしてやる」
トレイスが剣を振るう。
今までより鋭くなった攻撃に、ギリギリ回避するが、攻勢は止まらない。
防御をしているのではなく、防御をさせられている。
ペースを崩す為、イザヤは一旦後ろに下がるが、逃がさまいと一瞬で距離を詰められた。
「遅いな」
切先から放たれた突き。
咄嗟に短剣の剣身で受けるが、衝撃を殺しきれず、イザヤは突き飛ばされてしまう。
「……クッ」
このままではまずい。
空中で態勢を正して受け身を取る。
そしてトレイスの追撃を横に転がって避け、距離を取った。
これで仕切り直しだ。
今度は俺から攻める。
防御の剣と言えど、ひたすらに受け続けるだけではない。
時に攻撃の姿勢を見せ、ミスを誘発させることも大切だと思うからだ。
イザヤはトレイスに急接近し短剣を振るう。
短剣だとリーチ勝負では勝てない。
余裕で受け止められてしまうが、想定内だ。
短剣を滑らして懐を狙う。
それに対しトレイスは逆側に動いて、勢いのままイザヤの背中側に回った。
「なっ!?」
「終わりだ」
無防備な背中目掛けて振るわれる剣。
前に動いても避けられない。
横に転がるが避けきれず、浅く背中が斬られてしまう。
イザヤは即座に距離を取った。
「……っ、くそっ」
背中の傷に雨が染みる。
やはり自分から攻めるのは悪手なのか……。
俺がやるべきことは……待つことだけ。
自分がやるべきことを再確認し、イザヤは待ちの姿勢を見せた。
「今度は誘いか。いいだろう、乗ってやる」
雨がどんどん強くなっていく。
耳を澄ませなければ、お互いの奏でる音は、雨音にかき消されてしまいそうなほどに。
トレイスが近づいて来る。
全神経を集中させ、短剣を構える。
この打ち合いで勝負を決める、イザヤが覚悟を決めた……。
その時だった。
視界が真っ白な光に包まれる。
「……え?」「……なに?」
異空間に飛ばされたかのように、一瞬のうちに真っ白に塗り替わった世界。
次の瞬間、聞いたことのないくらい強大な爆音が鳴り響いた。
人生最大の衝撃がイザヤたちを襲う。
悲鳴すら出せない、絶叫をも超えた境地の爆音と衝撃波に、なすすべもなく飲み込まれる。
それは一瞬の出来事だったが、大きな後遺症を残した。
イザヤは地面に寝そべったまま動けず、意識が朦朧としている。
トレイスも同じように地面に転がっていた。
時間と共に、少しずつ意識と感覚は戻って来る。
そしてある程度回復してようやく気がついた。
近くに雷が落ちたことに。
クソッ……雷が落ちるなんてどんなアクシデントだ……。
視界はくらくらするし、地面がどこにあるのかもいまいち分からない。
戦いどころの話じゃない。
短剣を手に、ゆっくりと立ち上がろうとするイザヤ。
しかし自分のことで精一杯で、近づいて来ている存在に気が付いていなかった。
トレイスが足を引きずりながら、目の前まで移動してきてることに。
「まずいっ!」
形もなく、無造作に振られた剣。
急いで短剣でガードするが、十二分に手に力が入っていなかったせいで受け止めきれず、短剣が地面へ落ちてしまう。
直接の被害は避けられたが、短剣がなければ今後の攻撃は防げない。
油断していた。
意識が戻って来た瞬間にトレイスの方を確認すべきだった。
見上げると、直剣が俺に振り下ろせるよう、トレイスが構えている。
「終わりだ」
防御しようにも短剣は落ちて手元にない。
避けようにも足は満足に動かない。
あぁ……これで終わりなのか。
俺の人生は、こんなあっけない終わり方なのか。
まだ、お嬢様に謝れていないのに……。
俺に向かって振り下ろされる剣。
失意の中、イザヤは目を閉じた。
「駄目っーーー!!!」
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