第19話


「美味しかった! また来るわね!」


「はい! またのお越しをお待ちしております!」


 スムージーに満足して店を後にする三人。


「いい店でしたね。ミュリエルお嬢様」


「ほんとよ! イザヤ、褒めてあげるわ!」


「身に余る言葉ですお嬢様」


「余った言葉は私がもらいますね」


 意外と図々しいなこの人!


 外に来てから本性が垣間見えてるぞおい。


 接しやすくていいけどさ。

 

「他は? 他はないの!?」


「申し訳ありませんお嬢様。私が存じ上げているのは先程の店のみでございます。アリシャさんは何か知らないんですか?」


「はい、アリシャです。まあ出そうと思えば案は出せますが、全身全霊で勧められる店はありませんね」


 詳しく話を聞いてみると、アリシャさんはこの辺りの出身ではないらしく、あまりスギレンには詳しくないらしい。


 たまに行く飲食店はあるが、飲食以外の店は知らない。


 だから勧められるとしても飲食だし、普通の食堂だからどうしようかなって思っているという。


 他に案はないし、取りあえずアリシャの知っている店に行こうと話が纏まった矢先、三人にある声がかかる。


「それならいい店を教えてあげましょうか!? お客様!」


 表れたのは、笑顔を浮かべるスムージー屋の店員だった。








「ここら辺か」


 紙に書かれた案内を頼りに、街はずれまでやって来たイザヤたち。


 はずれだけあって人通りは少なく、放棄されたであろう崩壊しかけたボロ屋が点在している。


 スラム街という訳ではないが、中心部より寂れて雰囲気が暗いのは確か。


 イザヤが走っていたのもこの辺だ。


「空気が悪いですね……本当に信用して良かったんですか? それにしても……こんな場所でしたっけ……」


「イザヤが選んだ店の店員なんだから大丈夫よ! ね? イザヤ」


「えーまあ、はい。そうだと信じています」


「もっとシャキッと返事してよ」


 そう言われても……、走ってるときにたまたま見かけた店に入っただけだし。


 店員が良い人か悪い人かなんて今日だけで判断出来るものではない。


「信用してくれているのは嬉しいんですが、私は人を推し量るプロではありませんよ」


「そうですよミュリエルお嬢様。イザヤさんに過度の信頼を押し付けるのはよくないです」


「うー……、私が信じてるだけだからいいの! アリシャは黙ってて!」


「はい……アリシャでした……」


 撃沈して落ち込むアリシャさん。


 メンタル脆すぎでしょ。


「お嬢様、意見を汲み取ることも大事なのですよ? 自分の意見だけが完全に押し通る世の中ではありませんので」

 

「ふんっ!」


 お嬢様はそっぽを向く。


 ほんと、素直だが子供っぽいな。


 まあ、俺もお嬢様もまだ十四歳だから子供と言ったら子供だけどね。

 


 揉めながらそうこうしていると、特にアクシデントはなく目的地まで辿り着いた。



『私の妹がやっている店でして、手芸品、工芸品を扱っているんです。可愛いモノが沢山ありますよ!』


 

 店員さんの妹が店をやっているらしく、おススメなのと同時に、妹が元気にやっているか見て来て欲しいと頼まれたのだ。


「見た目はボロ屋ね」


 妹さんのお店はお嬢様が言ったようにボロ屋だった。


 辛うじて屋根や壁は壊れていないが、衝撃で倒壊してしまいそうな見た目をしているくらいボロい。


「……本当に大丈夫かしら」


 さすがのミュリエルでも心配になって来たらしく、イザヤの服を掴む。


「安心して下さいミュリエルお嬢様。何があっても私が命に代えてお守りいたします」


「ほんとお願いね!? 守ってよね!?」


「ええ! 不肖二十二歳アリシャ=アンジェリック。この命をお嬢様に捧げて――」








「きゃー! 可愛いー! 見てくださいミュリエルお嬢様! これ可愛くないですか!?」


「うわぁ……すごーい! これ買って、買ってー!!!」


 この流れ、さっきも見たな。


 店に入った途端、棚や机に並んでいた商品に飛びつく女性二人組。


 大小様々のぬいぐるみや、アクセサリー、ネックレスに指輪、あとは装飾品など、本当に色んな物が置かれている。


 その多くが女性向けなのか、可愛いデザインを意識していて、実際に女性陣が飛びついた、ということだ。


 乙女心に負ける護衛。


 俺が護衛になった暁にはこうならないようにしよう。


「イザヤ! この店にある物全部買って!!!」


「そんな出費をしでかしたら、お忍びで街に行ったことが御当主様たちにバレてしまいますよ」


「そ、それは……駄目ね……うん」


 お嬢様は両親が苦手ならしい。


 専属使用人を決めるときもそうだった。


 普段のお嬢様と違って大人しかったのを覚えている。


「まあ……買うならバレない程度にしましょうね」


「やたー!」


「ミュリエルお嬢様、見てくださいこれ! 首がカクカク動きますよ!?」


 あんたはもう少し乙女心を隠さんか。


「皆さん……お元気ですね」


 やって来たのは店員さん。


 スムージーの店をしていた店員さんの妹と聞いたが、随分と雰囲気が違う。


 あっちは元気でハキハキしていて体育会系だったが、こっちは落ち着いてしっとりとした文学系だ。


「元気になってしまうくらい、この店が凄いんですよ。全部ご自分で作られたんですか?」


「いえいえ……自分で作った物もありますが……多くは仕入れた物ですね」 


 しかし、こんなに物の数が多いと、リサイクルショップや朝市に向かう感覚になる。


 予め何を買うか決めて向かうのではなく、何も考えず店まで行って、気に入ったものがあったら買う。


 良さそうな物があれば俺も買おうかな。


「……うーん」


 ただ女性向けの可愛い商品が多くて、興味惹かれる物が中々ない。


 お嬢様たちの方はどうなのか。


 二人の方を見てみると。


「ミュリエルお嬢様! これを付けてみて下さい!」


「分かったわ! ……これでどう!?」


「可愛いです! 買いですね!」


「買うから財布渡しなさい!」


 相も変わらず楽しそうだ。


 相当な時間待たされそうだな、イザヤも商品を見直そうとすると、ある物が手に当たって落ちる。


 急いで拾うと、それは鞘に入った短剣だった。


 鞘には装飾がされており、貴族が携帯していそうな見た目をしている。


「……これ」


「ああ……それはですね……儀礼用の短剣ですね」


「儀礼用ですか? ってことは、短剣としては使えないってことでしょうか?」


「いえいえ……鞘に装飾施されているだけで……抜いてさえしまえば……普通の短剣と変わりません」


「成程……ちょっと考えさせてください」


 儀礼用は関係なく、短剣として使えるならちょっと欲しいな。


 カッコいいし、何かあった際にも有効活用出来そうだ。


「よし……これ買います」


「ありがとうございます……」


 いやー、自分用の短剣ってやっぱいいな。


 男子心がくすぐられる。


 妹さんも元気でやっているようだしよかった。


「あーあと、この犬と熊のストラップも下さい」


 犬は母さんに、熊は師匠に渡す分だ。


 一通り買い物を済ませると、ミュリエルに声を掛けられる。


「イザヤは何か買ったの?」


「はい。短剣とストラップを少々。お嬢様は何か買われたのですか?」


「これ!」


「これは……人形……?」


 お嬢様の手の上にあったのは、ピンク色の可愛らしい物体。


「そう! うさぎの人形! イザヤにもお揃いなのあげる!!!」


 ミュリエルはポケットからもう一つ同じのを取り出すと、イザヤに差し出した。

 

「ありがとうございます」


 よもやお嬢様からプレゼントされる日が来るとは……。

 

 誰にプレゼントされるってやっぱり嬉しいな。


 嫌われようとするのから解放されたからなのか分からないが、心のゆとりを持てたおかげで忘れていたことを思い出せてきた。


「お嬢様、誕生日はいつですか?」


「え? えーと、確か六月……」


「十五日ですよイザヤさん」


「ちょっと何で私の前に言うの!」


「だって出てこなかったじゃないですか。公爵家の娘は人前で恥をかいてはいけません。そうなった時にサポートするのも使用人の役目です」


「余計なお世話よ!」


 俺に対してもそうだが、お嬢様はよく他人とぶつかるな。


 そういう素直なところもお嬢様たる所以なのだろう。


「まあまあ、そろそろ帰りましょうか」


 

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