第14話
「トレイス」
「イザヤ」
まさかの人物と遭遇してしまった。
専属使用人を決めたとき以来か。
彼に関わっている時間はない。
話したいことなんて無いし、お嬢様を見つけることが最優先だ。
「……失礼します」
頭を下げて通り過ぎようとするイザヤ。
しかし肩を掴まれる。
「おい、……待て」
「……何ですか。私は今急いでいるんです」
トレイスは口を開こうとするが、言い淀んでいる様子。
「……本当に何ですか。用が無いなら行きますよ」
再び行こうとするが、同じように肩を強く掴まれる。
そして、トレイスは満を持して言った。
「……専属使用人を辞めろ」
「……は? ……何故今そんなことを?」
「もう一度言う、専属使用人を今すぐ辞めろ」
「……急に何を言い出しているんですか。文句があるなら、私じゃなく御当主様に仰られてはいかかでしょうか?」
「……そんなことは分かっている。その上で言っているんだ。お前が専属使用人に居続けるのは辞めた方がいい」
「…………意味が分かりません」
急に呼びかけたと思えば辞めろと?
何が言いたい。
何が目的だ?
……いや、今はそんなこと考えてる暇は無い。
お嬢様を探さなければならないのだ。
「……悪いですけど、また今度にして下さい。今は急いでいるんです」
「……そうか。それはすまなかったな」
全く、何の為の接触だったんだ。
これ以上無駄なことに費やす時間は無い。
「失礼します」
今度こそこの場を去ろうとするイザヤ。
「……ミュリエルお嬢様なら、あっちに行った」
しかし今度も止められることになった。
言葉で。
「な、何故、それを?」
「探しているんだろう? ついさっき向こうへ走っているのが見えた」
お嬢様を探していることは大々的に使用人たちに教えていない。
もし今回のことが露呈すれば、間違いなく責任を取らされて大変な目に合うからだ。
なら何故俺がお嬢様を探していることを知っているんだ?
そして、お前は本当のことを言っているのか?
俺を嵌める為の嘘を吐いているんじゃないのか?
トレイスがお嬢様を見たと指を差した先は裏庭の奥にある森。
彼の未来を知っている以上簡単に信じることは出来ないが、唯一の情報であることは確かだ。
「……お気遣い、感謝します」
「ああ。また話そう」
そんなときは来なくていいと思いながら、イザヤは裏庭の方へ向かった。
「な、何が起こったの? う、うさぎが……」
「さっきの叫び声はお前か」
現れたのは銀髪の長髪に、蒼い両目をした女性だった。
「アンタは……あの時の!」
つい先日にイザヤを攫って行ったおんな!
名前は……忘れた!
「ああ、あの時のだ。お前は何でこんなところに居る?」
「それは……別にいいじゃない」
「そうか。ではまた」
気絶したうさぎを掴んだかと思うと、銀髪の女性は森の奥に進んでいく。
「ちょ、ちょっと!? 私を助けなさいよ!!」
「……? 助けを求めていたと言わないのでな、手を貸す必要は無いと思ったのだが」
「今助けてって言った! だから助けて! 足がもう動かないの……」
「そうか」
うさぎを持っていない方の手で、この女は私を担ぎ上げた。
そしてそのまま歩き始める。
視界が高い!
普段と全く違う!
「お前……軽いな」
「何よ! 文句あんの!? それと私はミュリエル! お前じゃない!」
「そういえばそんな名前だったな」
「アンタは何て言うの」
「ウユリ=イヨ」
「そう……あ、ちょっと!? 枝が当たったんだけど!」
「仕方無いだろう。枝は生えているのだから」
枝に当たらないように頭を屈めると、ぶら下がったうさぎが見える。
「そういえば……なんでうさぎを殴ったの?」
「食料だ。あたしはこの森の中に住んでいてな、出来るだけ自給自足で賄っている」
「食料……? あのうさぎ、食べるの!?」
「ああ。あいにくあたしは手先が器用ではないのでな。皮を使って何か作ったりは出来ない」
「そこまで話さなくていいわよ……」
「そうか。……ついたぞ」
二人は開けた場所に辿り着く。
大きい水溜りがあって、その近くには家の成れの果てのような、小さな人工物もあった。
「ここがあたしの生活している場所だ」
「アンタこんなところに住んでいるの?」
「そうだ」
「屋敷に住めばいいじゃない。使用人になるんでしょ?」
「貴族の空気が苦手でな。宿に泊まっていもいいが、自分を高めたいのでな。訓練しやすいようにここに居る訳だ。それと、あたしは剣を教えるだけであって、使用人ではない」
謎の人工物のすぐそばに、ミュリエルは降ろされた。
人工物は、小さな家だった。
近くで見てみると、家には形大きさ様々の原木を組み合わせていて、歪ながらもなんとか建物として成立している。
屋根もあるが所々から光が差し込んでいて、衝撃を与えてしまえば崩れ去ってしまいそうだ。
こんな場所に住んでいるって……まるで原始人みたいじゃない。
ミュリエルは視線をウユリに戻すと、いつの間にか焚いた焚火の上にうさぎを置こうとしている。
「ちょっと待って!」
「どうした」
「ほ、本当にうさぎを食べるの?」
「それ以外どうする」
「……え? ペ、ペットとかっ!」
「貴族らしい答えだな。あいにくだが、そういう趣味は無い」
と、うさぎに枝を差し、焚火の近くに立てられる。
ああ、可愛かったうさぎが燃やされていく……。
……今度うさぎが欲しいってお願いしてみよっと。
「それで、どうしてあそこに居た?」
「別にいいでしょ居たって……」
「助けを求めていたくせにか? 往生際が悪いなミュリエルは」
「……私が悪いって言うの? 私が悪いっ――」
ミュリエルの感情は爆発……寸前で収まった。
「なによこれ……」
ウユリが差し出したのはコップ。
困惑しながらも受けとると、中には緑色の液体が入っている。
「飲め」
「ゴクッ。なにこれ……美味しくない」
「そうだろうな。そこら辺に生えていた草を煮詰めただけだからな」
「なんてモノ飲ませるの!?」
「ただの水を飲むよりは味があっていいだろう」
「不味い液体飲まされるよりはマシよ」
落ち込んでいるようだ。
ウユリは顔を顰めながら緑の液体を飲む。
「……そうか。話は聞いてやる。だか落ち着いて話せ。感情に流されると本当の気持ちが見えなくなる」
「……なに難しいこと言ってるの……まずっ、これ……」
「おかわりしたいなら言え」
「もういらないわよ……はぁ。怒る気が失せちゃった……ゴクッ。この液体、本当に不味い……」
「……そこまで言うか。あたしのお気に入りだったのだが」
こんなのがお気に入りって、味覚死んでるんじゃないの?
今度紅茶砂糖マシマシを飲ませてやるんだから。
「……しまった」
「どうしたの」
ウユリの方を見ると、丸焼きをしていたうさぎの方を見つめている。
「……? うさぎがどうしたのよ」
「……皮を剥ぐのを忘れていた」
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