第6話
「人が喋っている最中に、口を挟むのが流行っているのか?」
使用人の立場で割り込まれたことに怒っているのか、声色を低くし、顔を顰めているスーワイト。
ほんとだよ。
第三者が口出ししていいことではない。
……いや、よーく考えたら、ヒールデイズではトレイスが専属使用人になるはずだったんだから、反応して当然ではあるのか?
「テリメリア様の言う通りですッ! ミュリエル様の事を考えるのならば今一度ご考えを……」
使用人として見るなら、何やっているんだと思うけど、イザヤとしてみるなら、もっとやれ。
「考え直せば自分が選ばれると思ったのか? トレイス=ビルターネン」
「っ! い、いえ! 私は自分の為では無く、ミュリエル様の事を思っただけです!」
お前黒幕の一人だったじゃん。
「……彼はミュリエルの事を思って進言してくれているのです。これはエトワール家の問題です」
「エトワール家の方針は私が決める。お前たちが入れる隙間など無い」
「本性を表しましたね! 貴方は昔からそうだった。私を愛した事なんで無かった!」
本心なのか、悲鳴にも近い声でテリメリアは訴える。涙は出ていないが、堪えるのに精いっぱいなのだろう、顔は赤く染まっている。
修羅の貴族界隈に身を置いてきたであろう、貴族夫人とは思えない姿に、場の空気は最低まで冷え切る。
けど、それに動じるスーワイト様ではないようで。
「はぁ……茶番だな。お前のその行動が、どれだけエトワール家に泥を塗っているか、理解出来まい」
「黙りなさいっ!!! 家を見てばかりで、人一人を見る事さえ出来ないくせに!」
「多角的に物事を見ない先にあるのは破滅だ。一つの考えに固執することの愚かささえ分からないとは」
「スーワイト様! 受け入れられないのかもしれませんが、テリメリア様は盾突いてまでミュリエル様のことを想っているのです! 将来のことを考えるならばこそ! 今一度専属使用人についてお考えを……」
「……決めなさい貴方。エトワール家をどうするか!!!」
二体一で繰り広げられる論争に、スーワイトは顔を伏せた。
遂に折れたのか、そう錯覚したのが間違いだった。
「――――いい加減にせんか!!!」
まるで雷が近くに落ちたような感覚が床から全身を伝う。
「貴様らの意見などこの世で一番のゴミだ!」
スーワイトの怒号は決して莫大な声量では無かったのに、怒りの感情はひしひしと肌に感じる。
怒らせてようやく分かった。
この人は怒らせてはいけないのだと。
「エトワール家に関する事は私が決める。文句を言っても変わらない事を早々に理解しろ!」
「――ッ、……貴方は、それでいいのね……」
エトワールの言葉を受け、早足で去って行くテリメリア。
「トレイス。お前も今すぐ退室しろ。その面を二度と私に見せるな」
「……クソッ……俺はこんなんじゃ……」
トレイスも言われるがまま部屋を出て行く。
去り際に言っていたことがどんなことかは分からないし、ここまでだと可哀そうにも思えてくる。
勝者と敗者が明確になった瞬間だった。
「はぁ……くだらない言い分を聞かされるのは退屈極まりないな……ミュリエル」
「……は、はいっ! お、お父様っ!」
意識が飛んでいたようで、噛み噛みな返事をしてしまっている。
間近で言い合いを聞いていたのだ。しかもミュリエル自身が焚きつけようなもので、直面し続けることが出来なかったのだろう。
「お前は……イザヤに成って欲しいのだろう? 間違いないな」
「……」
「ミュリエル。お前の本心を教えてくれ」
「彼に……イザヤに私の専属使用人になって欲しいです!!!」
「やったわね! イザちゃんっ!!!」
色々ありましたけど、俺が専属使用人になってしまいました。
いやー……なんで?
冷静に考えてもなんで?
勝手に決められそうになったかと思ったら、夫婦喧嘩が始まるわ、トレイスが乱入するわ、もはや痴話げんかに発展するわで、見ていただけだけど、一年分くらいのカロリーを消費した気分だ。
あんな場面を見せられたら、文句の一つも言えないよ。
まあ文句を言ったところで受け入れてはくれないだろうけど。
「う、うん。良かったよ!」
母さん相手であろうとも『本当はやりたくない』なんて、本音は言えない。
というか母さんだからこそ言えない。
だって想像出来てしまうもの。
自分の代わりに当主様のところに行って、直談判している姿が。
自分と母さんの為に逃げ出そうとしているのに、母さんに恥をかかせてどうするんだって話。
「私はね、ずっと思ってたんです。自分が片親で使用人だから、イザちゃんも使用人になるしか無かったんだって。本当は自分の好きな事を自由にやって欲しかったんです」
「うん……」
「だからね、専属使用人に選ばれた事は凄く嬉しいんです。お給料も増えるだろうし、今までと違って交流の幅も増えるでしょう。そうすれば夢中になれる事も見つかるだろうし、お金があれば使用人を辞める事も出来ます。『誰の為で無く、人は自分の為に生きるべき』、私はそう思うんです」
自分の為……か。
夢や生き方なんて、逃げ出した後で考えれば……いいはずだ。
「不安ですか?」
「ま、まあ……そうだね。自分の為っていうのが、イマイチピンと来ていない……かな」
セレスティアはイザヤの手を取り、微笑んだ。
「イザちゃんなら大丈夫です。生まれてから今まで、イザちゃんの頑張りを、私は見続けてきました。そんな私が保障するんです! もし駄目だったら私のせいにしてくれても構いません」
「そんな事しないよ!」
「あ! そろそろ時間ですね……。じゃあまた後で話しましょう」
「ああ、仕事か……。目覚めてから全然仕事してないから感覚がおかしくなってる」
「ふふっ。けど今度からは専属使用人の仕事がやって来ますから」
軽快なステップで、出て行くセレスティア。
しかも左右に揺れながら。
……もし前世の記憶を取り戻さなければ、ここで素直に喜べあえたのだろうか。
なんて、考えても仕方が無いのに。
取り戻さなければ、仲良く破滅に巻き込まれていたに違いないんだ。
前世の記憶を否定してどうする。
取り戻したのなら、それ相応の意味があるはずなんだ。
「……はぁ……けど完全に計画が頓挫した……これからどうする?」
外はまだ明るい。
気分を変える為にも昼寝してもいいが、何日も連続で寝てばかりだと、ぐうたらし過ぎで情けなくなりそうだ。
せめて本でもあればいいのに。
本は高価な代物だ。適当な本を一冊買おうとするだけで、一か月分の給料は軽く吹き飛ぶくらいする。
だからこそ、屋敷にある書庫は途轍もなく魅力的な存在なのだが。
まてよ? 専属使用人になったのなら、書庫を使わせてくれたりしないだろ――
コン。コン。
と、ノック音が鳴って、イザヤは意識を戻される。
誰だろう。母さんか?
いや、母さんならノックはしてこないだろう。
「はい。今開けます」
歪んで不格好な木製の扉を開く。
そこに居たのは、燕尾服を身に包み、白髪が混ざる黒髪を綺麗に整えたご老人だった。
「貴方……様は……
「さて、参りましょうか」
「へ? 一体何処へ?」
「イザヤ殿がこれから仕える女主人の元へですよ」
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