第5話


 遂にこの日が来た。


 ミュリエルお嬢様の専属使用人を決める日だ。


 今日までの間、再び書庫に潜り込めないか試してみたが、ミュリエルお嬢様が書庫に逃げていたのがバレたらしく、警備が厳重になっていた。おかげ様で情報収集は一切進捗が無い。


 結局やった事は寝るか、今後の為の案だしくらいだ。


 本来なら今日から仕事に復帰する流れだったが、専属使用人を決める為に午前は仕事が無い。

 

 リップサービスだと思う事にする。


 専属使用人の候補は五人居るらしい。


 男子二人で女三人と母さんから聞いた。

 

 主の傍で仕える使用人は普通、同性同士だ。


 恋愛なんてもってのほかだし、プライバシーの問題もある。それに同性同士なら悩みも解消しやすいだろうし、異性であるメリットは無いに等しい。


 候補は多ければ多い程良いという判断なのだろうか。



 イザヤは渡された正装に着替え、案内された部屋に入る。


 すると中には他の候補者であろう子たちが既に居た。


 見知らぬ子ばかりだ…………一人を除いては。


「……え?」


 同年代と比べて、一回り背の大きい赤髪の彼。


 見たことがある。


 絶対に見たことがある。


 背中を向けられているので顔は見えていないのに、何故か確信してしまうんだ。

 

 イザヤの視線に気付いたのか、赤髪の少年は振り返った。


 そして訝しげな眼を向けてくる。


「俺になんか用か?」


 そういう事か。


 ようやく理解出来た。




――――――――


「汚らわしい目で俺を見るな下種貴族共」


 悪役令嬢ミュリエル=エトワールの傍に、彼はずっと居た。


「俺は時期公爵家当主の側近だ。お前たちのような貧乏貴族共とは格も価値も違い過ぎる」


 虎の威を借る狐。


 彼は自分の立場を最大限以上に利用して他人を見下す事を止まない。


「俺の言葉はミュリエル様と同等だと思え! 黙って従えば悪いようにはしない!」


 常に自分の為に動き、私利私欲以外見ようとしなかった。


「貴様らは奉公する事で価値が生まれる。他は黙って死ね」


 理想の名の下に自分の理想を築こうとし、自分一人では何も出来ないからミュリエルを利用する事しか出来ない。


 好きになれる要素なんて一つも無かった。


 お前の名は『トレイス=ビルターネン』。


――――――――




「おい、だから俺になんか用か?」


「……何でも……ありません」


 トレイス。


 ヒールデイズにて、ミュリエルお嬢様の傍に仕え、主を裏から操作しようとして、暴走した彼女に捨てられた哀れな男。


 そして自分までもが操られていた事に気付かず死んでいく、不憫で救いようの無い結末を迎える。


 彼は専属使用人に選ばれた事で、学院に居たのか。


 腑に落ちた。というか、今になるまで何故気が付かなかったのか。


 パズルが嵌る瞬間は快感だが、今回限りは後味が最悪だ。


 ミュリエルお嬢様と同じく、出来るだけ関わらないようにしよう。


「皆様、準備が整いました」


 フットマンに先導されるがまま移動するイザヤたち。


 下級使用人なのに、自分より位の高い使用人に案内されるのは新鮮な気持ちだ。


 あとで弄られそうで怖いけど。


 辿り着いたのは大きな部屋。


 扉が開き、中に入ると、そこにはミュリエルと、男性と女性が一人ずつ待っていた。


 高そうな服やドレスを着ていて、三つ首の竜の模様がそれぞれにあしらわれている。


 素人の目でも判断出来る。


 こんな服を着て、自分たちを待つような人など、この屋敷には二人しか居ない。


「ようこそ。身を粉にし働いてくれる君たちを歓迎しよう。そして今日、娘の御付きに成る者は更に歓迎しよう」


 オレンジ髪の男性が前に一歩踏み出した。


 三十代、二十台と言われても納得してしまうくらいに若く見える。


 しかし只者では無い空気を纏っていた。


「君たちが候補者たちだね」


 と、こちらを順繰りに見てくる。


「……」


 あれ?


 自分だけ長く見られていたような……どうでもいいか。


「初めて私たちを見た人も居るかもしれない。自己紹介しておこう。私が当主の『スーワイト=エトワール』」


 やはり。


 彼がエトワール家当主、スーワイト=エトワール。


 そうなるともう一人の女性は……。


「そして妻の『テリメリア=エトワール』」


「気品と知性に満ちた人材が居る事を願います」


 まあそうなるよな。


 という事は、今この場にはエトワール家のご家族三人が集結しているのか。


 下級使用人にはまずない経験だ。


「最後に……娘のミュリエルだ」


「はい……宜しくお願い……いたします」


 え!?


 何故か凄い声小さいし、腰が低いんだけど。


 先日遭遇した際の彼女と真逆過ぎて……中身がすり替わったのかと思いたいくらいだ。


「早速だが本題に入ろう。君たちは平等にミュリエルの傍につく権利がある。しかし二人以上は求めていない。これは専属使用人を成立させる為のルールだ」


「今から五人を一人に絞る。君たちは私が求めた事だけに答えてくればいい」


 面接形式で決めるよう。


 候補者は一人ずつ名前と専属使用人になるかの意思の是非を問われ、あるなら幾つか質問をされる。


 俺の反対側から順番に行われていく。


 自分の出番は最後らしい。


「最後に言いたい事は?」


「是非俺を選んで下さい! お嬢様を正しく導くと約束しましょう!!!」


 自分の前のトレイスの番が終わる。


 何を根拠に約束しているのか分からないが、やる気だけは物凄い。


「……次だ」


 ようやく出番が回ってきた。


 前の四人は全員専属使用人になりたいと表明。


 待遇の良い使用人になれるのだから当たり前といったところか。


 だが何番であったとしても、俺の意思は変わらない。


「……名前は?」


 スーワイト様の眼が此方を見る。


 威圧さえ感じてしまうような鋭い眼光に、イザヤは凛と向き合った。


「イザヤです」


「そうか……ではイザヤ。君は……専属使用人になりたいと思っているか?」


「申し訳ございませんが、辞退させていただきます。私では力不足で務まりませんと思います」


 驚いた顔をしているミュリエルお嬢様。


 すまないな。


 俺は最初から専属使用人になる気なんて無いんだ。、


「そうか……それは仕方が無いな。本人の意思は大事だ」


「お気遣い感謝致し――」


 思惑通り進んでいた、その時だった。


「お父様!」


 ある者が会話に割り込んで来たのだ。


「……珍しいな。どうしたミュリエル」


「あっ、いえ……あの……」


「言わねば私は理解出来ないぞ」


「――私っ、イザヤに専属使用人になって欲しい! ……ですっ……」


「はいっ!?」


 予期せぬ内容に、声が漏れるイザヤ。


 ちょっと待って下さいどういう事!?


「どういう事だ? 何故急に?」


 思っている事をまるまるスーワイト様に代弁してもらえた。


 いやだってそうだろう。


 ミュリエルお嬢様以外みんな同じ事を思っているはずだ。


 テリメリア様も、トレイスを含めた他の候補者達もポカンと驚いた顔をしている。


「それは……何となく……」


 何となくで俺を指名したの???


 なる気無いとはいえ、絶妙に傷つくんだが。


「……お前が口出しするとはな……自分で責任を取ると言うなら良いだろう」


 いや何でそうなる!?


 本人やりたくないって言ったと思うんですが!?


「あの……私の意見は何処に――」


「いけません!」


 今回割って入って来たのはまさかのテリメリア様だった。


 さっきから遮られてばかりじゃないですか。


 そんなに存在感ありませんか自分。


「何用だテリメリア」


「ミュリエルは彼に任せられません!」


 確かに任せられる気も、能力も無いと思うけど、本人が居る前で言わないで欲しい。


 せめてもう少し包んで、ね。


…………ちょっと待てよ? 

 

 もしかして俺はテリメリア様を応援すべきなんじゃないのか?


 いやそうじゃん。


 だって俺、専属使用人になりたくないんだよ?


「お前が口出しすることでは無い」


「いいえ! ミュリエルはエトワール家唯一の後継者です! 娘を正しく導くのは母の務めです!」


「お前がそれを言うのだな」


「何か問題でも?」


 痴話喧嘩しないで仲良くしてくださいよ。


 ミュリエルお嬢様も焦りと不安でウロウロしているし、止めようとする人が出てこない。


 マジでどうすればいいこの状況を。


 どうにか鎮静化して冷静になってもらわないと。


「お二方、落ち着いて下さ――」


「君は喋らなくていい」「口出ししないでくれる!?」


 はい。もう黙ります。


 三回目だよ? 


 遮られたの。


 喋るのトラウマになりそうです。


 助けて母さん。


「本人が自分で責任を持とうとしているのだ。彼が専属使用人として適していようが、いまいが、それは最終的に学びになる」


「結末が悪いと決まっているのにですか!?」


「何故悪いと決まっているのかが、理解が出来ない」


「貴方が答えから目を背けているだけでしょう! 娘を真に愛していないから!」


「それは君の本心か?」


「っ!? も、もちろんです! 貴方こそ澄ました顔をして本当は裏で何を考えているのですか!?」


「私は思った事を言っているだけだ。公爵家に生まれた以上、責任を取れない者は没落していくのみ。子を想うなら、尊重すべきだろう」


「それは自分が責任を負いたく無いからでしょう!」


「そうですスーワイト様ッ! こいつを選ぶのは早計ですッ!」


 突如、赤髪の少年が視界に入って来た。


 おいおい、一体何をする気だ、『トレイス』。

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