日向さんは食いしん坊
日向さんはとても食いしん坊な女の子だ。
彼女からしてみれば早弁は当たり前、授業中だろうと下校中だろうと、隣を見れば常に何かをもぐもぐと咀嚼している。
そして、日向さんの異常なまでの食い意地は、僕にまで影響を及ぼすほどだ。
「あれ?僕のお弁当箱が空になってる」
昼下がりの教室、僕らお弁当を食べようと鞄から弁当箱を取り出すが、ずいぶんと軽い。
蓋を開けてみると、案の定というべきか米粒ひとつ残さず空っぽ。
つまり、既に食べられた後だった。
『ごめんね。食べちゃった☆』
ぺろっと舌を出して謝る日向さん。
「えぇー?また我慢できずに僕の分のお弁当食べちゃったの?相変わらず日向さんは食いしん坊だな〜」
『えへへぇ、それほどでも』
「いやいや、褒めてないからね?」
このように、日向さんが僕のお弁当を食べちゃうことなんて日常茶飯事だ。
他にも僕の弁当だけでなく、友人の早川くんの弁当にも手を出していたこともある。
流石に注意すると残念そうに項垂れていた。
さて、そろそろ次の授業が始まるから筆箱を……。
「……あれ?僕の筆箱がない」
シャーペンや消しゴムがないならまだしも、確かに持ってきたはずの筆箱すらもなかった。
も、もしかして……
『ごめんね、食べちゃった☆』
後頭部に手を置き、またまたぺろっといたずらっぽく舌を出す日向さん。
やっぱりね。キミだと思ったよ。
「もう、筆箱は食べ物じゃないって何度言えば分かるの?」
『えへへぇ、それほどでも』
「だから褒めてないってば」
いくら食べるものがないからって、筆箱なんか食べたら体に悪いってのに。
筆箱がないんじゃあ勉強ができないね。仕方ない、早川くんに借りよう。
「早川くーん。筆記用具を貸して欲しいんだけど……」
教室の後ろに設置された、掃除用具入れのロッカーを開ける。
「……あっ」
すると、ロッカーからはガラガラと音を立てて人間の白骨が流れるように出てくる。
「日向さん……」
『……ど、どうしたのかな?』
ジト目で彼女を睨むと、はぐらかすように吹けもしない口笛を吹き始める。
「日向さん、早川くんはどうしたのかな?」
『……ごめんね、食べちゃった☆』
「やっぱりかぁああっ!もう!あれだけ早川くんは食べちゃダメって言ったのに!」
もう、友達をみんな食べられると寂しいから早川くんだけは食べないで欲しかったのに。
でも早川くん、最近は気でも触れたかのように泣いたり喚いたりしてばっかりだったからなぁ、日向さんが我慢できずに食べちゃうのも時間の問題だったのかも。
そういえば、日向さんは先日、先生も食べちゃったんだった。どうりで昼まで待っても授業が始まらないわけだよ。
僕はひとつ、ため息をついて日向さんと一緒に学校を出る。
「ほんと、静かな街になったよね」
辺りの寂れた風景を見ながら、僕はぽつりと呟く。
今は夏だというのに、セミの鳴き声は全く鳴り響かない。
セミどころか、通行人や犬や猫もおらず、鳥のさえずりひとつとして聞こえない。まさしく殺風景そのものだ。
「もう、ほんと日向さんの食欲は計り知れないよ」
『えへへぇ』
だから褒めてな……いいや、もう突っ込むのも疲れたよ。
『……ねぇ』
「ん?」
『キミのことも、食べていい?』
ぐぱぁ……と日向さんの直径10メートルはありそうな大きな口が開かれる。
刃物が立ち並ぶかのような牙からは、透明に光る涎がしたたり、日向さんの8個の瞳はギョロリと一斉に僕の方を向いている。
「……日向さんったら、もう忘れたの?僕の可食部位はほとんど残ってないよ」
日向さんにねだられて腕や足を与えているうちに、僕の体はほとんどが機械になっちゃったんだから。
「あとは頭くらいだよ?いいの?」
『うん!』
日向さんの大きな口が閉じられ、ばくっ!と僕の耳が食べられる。
「ギギギギギ……ギュギュギュ……」
途端に、彼女の声が意味不明な奇声に変化する。
ああそうか、しまった。
日向さんが耳につけた翻訳機を食べちゃったせいで、彼女の言葉が理解できなくなっちゃったんだ。
「グルルルル……キシュシュシュシュ……」
もう、これじゃあ意思疎通ができないじゃないか。本当に日向さんは食いしん坊なだけじゃなく、慌てん坊だよ。
「キシャァアア……!」
再び、日向さんの大きな口が開かれ、僕の前に迫る。
もう、本当に日向さんは食いしん坊だね。
ぱくっ!
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