引きこもりの一家
ソーシャルディスタンス。
そんな言葉がもはや、死語になりつつある現代において、街には変わった一家が住んでいた。
街角の一軒家に住む4人家族だ。
しかし情報はそれだけで、どういった家族構成なのかはあまり認知されていない。
というのも、その4人家族が姿を現すことはほとんどないからだ。
4人とも揃いも揃っていつも家に引きこもり、食べ物もスーパーやコンビニで買わず、夜にこっそり山奥に行って狩りを行っている。買い物に行く時もガスマスクを装着し、全身を分厚い布でくるんでいる。
それに加えて、手には常に銃火器のようなものを構えており、殺伐とした雰囲気で到底近寄りたいとは思えない。
おそらく、未だに一昨年の緊急事態宣言の自粛を続けているのだろう。
確かに、この街を含め世界は、とある新型のウイルスによって自粛を強いられた。
だが、それはもう過去の話で、あの一家のようにガスマスクに分厚い布で身を包む人はいなくなった。
そう、今はもう自粛の必要はないのだ。
緊急事態宣言など、とうの昔に解除され、マスクをつけている人などもうほとんどいない。
だというのに、あの一家ときたら、人との接触を避けるために徹底した自粛を続け、絶対に僕らと関わろうとしない。
もはや、そんなことは意味がないというのに、どれほど情弱なのだろう。
時折、街の人々も心配して一家の様子を見にやってくるが、その反応はとても冷たいものだ。
いくらチャイムを鳴らしても扉を叩いても無反応で、入ろうとしようものなら「あっちへ行け!」と木の破片やら刃物やらを投げつけてくるのだ。
「あの一家は、本当に困りものだね」
近所のおばさんは、例の家を指差し、肩をすくめてやれやれと言った様子でぼやく。
「もう自粛は必要ないってあれほど言ってるのに、全く聞かないんだよ、あの一家は」
腰に手を当てて、頬を膨らませるおばさん。まったく、その通りだと思う。
「そうだ。みんなで抗議すべきだよ」
そこへ、街の人々がぞろぞろとやってくる。先頭には、町内会の会長が立っていた。
「もうあの一家には鼻持ちならんと思っていた頃だ。みんなであの家に押しかけ、説得しよう。そうすれば、彼らも自分のやっていることが無駄だと分かってくれるさ」
会長の言葉に、皆は頷き、一斉に家の方を向く。
「やい、早く出てくるんだ。自粛なんてもう意味ないぞ」
そして、僕たちはぞろぞろと家を取り囲ように並ぶと、どんどんと叩く。
「来ないでっ!!」
窓が開き、ガスマスクの女性がバットを振り下ろす。
バットは男の頭に当たり、ふらふらとよろめく。僕たちと接触を恐れている証拠だ。
「まだ抵抗するのか!?もうそんなことしても無駄だって言ってるじゃないか!」
そんな街の人々の声に続いて僕も「そうだ!」と同意し、声を上げる。
「もう自粛は無駄なんだよ。新型ウイルスによってアンタら以外の人間はゾンビになって世界は終わったんだから」
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