第4話 もこもこの葉っぱ

 母親の美麗びれいが死んでしまうことが怖いのか、一人になるのが怖いのか。それとも、その両方なのか。どちらにせよげんは、めそめそと華仙かせんの前で泣き続けていた。


 それを見ていた華仙は段々と苛々してくる。六歳の自分よりも二つも歳上で八歳にもなるというのに、玄は何をめそめそしているのだろうかと華仙は思う。


 ましてや玄は君主様なのだ。君主というものがどういうものなのかは、当時の華仙は今ひとつ理解していなかったが、きりの国で一番偉い人だということぐらいは分かっていた。


 華仙は両頬を膨らませて小さな握り拳を作るとそれを頭上に掲げた。そして、それを一気に振り下ろす。


「玄は華仙よりも大きいのにいつまでも泣いていて、うるさいっ!」


 大して力を込めたつもりはなかった華仙だったが、玄は幼馴染みに叩かれた頭を押さえて更に大声で泣き始めた。


「華仙がまた僕のことを叩いたー」


 また……。

 今にして思えば、君主に何てことをしていたのだろうと思ったりもする。でも、当時の玄は本当に泣き虫で、事あるごとにぴーぴーと泣いていたのだ。


「玄は偉い君主様なのだから、泣かないの!」


 偉い君主様だと分かっているのであれば、それなりの対応をしなければいけないでしょうにと今の華仙ならばそう思う。だが、その時の華仙は両腰に両手を当てて泣いている玄の前で無情にも仁王立ちとなっていた。


「だ、だって……」


 華仙の剣幕に玄の涙も引っ込んでしまったようだった。


「華仙はね、いいことを知ってるんだ。玄が泣き止んだら教えてあげる」

「ほ、ほんと?」


 玄の言葉に華仙は大きく頷いた。それを見て玄は頬に残る涙を慌てて拭った。


「ほ、ほら華仙、もう僕は泣いてないよ!」


 華仙はもう一度、大きく頷いて口を開いた。


「父上に聞いたことがあるの。病気に凄く効く薬草があるんだって。それを飲めば美麗様も絶対によくなるんだから!」

「凄く効く薬草?」


 華仙は玄に向かって頷くと地面にあった小枝を拾った。そして、手にした小枝で以前に父親から見せてもらった薬草を地面に描いてみせた。


「えっとね、こんな葉っぱなんだよ」

「……何だか、もこもこしていてこれじゃあ分からないよ」


 華仙が地面に描いた絵を見ると、玄は不満そうにそんなことを言う。その言葉を聞いてもう一度、玄の頭を叩こうかと思った華仙だったが、辛うじてそれを我慢する。


 君主の頭を叩いてはいけないことぐらいは、六歳の華仙にも何となく分かっているのだ。だから、そう何度も叩けないというものだ。


「でも、もこもこの葉っぱ、どこにあるのかな。こんな葉っぱ、今まで見たこともないよ?」

「裏山の奥に生えているって。父上が言ってた」

「裏山の奥……」


 玄が言い淀む。玄が言い淀む理由は訊くまでもなく、華仙にも想像がついた。なぜならば、裏山には絶対に行くなと周りの大人からきつく言われているのだ。


 鬼が出るともお化けが出るとも言われている裏山だ。華仙だって正直に言えば、裏山に行くのは少しだけ怖い。


 でも、玄の母親である美麗のことは華仙だって心配だった。そして、華仙の気持ちとしては何よりも玄が泣いている姿を見たくはなかった。時には苛ついて玄の頭を叩いたとしても。まだ幼いとはいえ女心は複雑なのだ。


「玄、二人で薬草を採りに行こうよ!」

「え?」


 そう言って玄は絶句している。加えて玄の目がまん丸になっている。


 そんな玄の顔を見て、何なのよと華仙は思う。美麗のことが心配で玄は泣いていたのではないか。ならば薬草を採りに行こうと言われて躊躇するのはおかしいのではないのか。


「で、でも、裏山には行ってはいけないって。威候いこう将軍がいつも言ってるよ」


 玄は華仙の父親である威侯の名を出した。そうすれば華仙も思い止まると玄は思ったのかもしれない。


 威侯は体も大きければ声も大きい。おまけに鬼瓦のような顔をしていて、実の娘である華仙自身も威侯のことが怖かったりする。


 しかし、華仙は父親の名前が出たところで怖気づいて考えを変えたりはしなかった。

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