第17話 半裂
私は沈黙した。
巫女の屍体が晒されたという。
「女性に言うのは
「構いません。史実なんでしょ。それに仕事柄、そんな話には耐性があります。貴方は幽霊や、腐乱死体をご覧になったことがあって?」
「いえ。幸いながら」
「私は仕事柄で、幾度もあります。ご遠慮なくお話下さい」
「わかりました。ではお話しします」
真田昌幸が攻略を命じられたのは、天文22年(1553)のことだった。
真田氏の城砦攻略は調略が主であり、それが信玄の目には物足らなかったらしい。敢えて書状にて攻撃遅延を詰問している。
真田の兵により雨飾城は十重二十重に攻囲されていた。間者も多数が忍び込ませていた。そして報告によれば城内にはまだ多数の井戸が残っており、東条氏は越後の上杉氏の援軍を待っているという。
寄手とすれば水の手を切ってはいるが、雨の字を冠するほど雲を呼ぶ山城なので、山の湧水も豊かだったのだろう。
井戸を潰すには間者に命じて、人糞を投げ込むという手段もある。
衛生面だけではなく、水を介した伝染病が蔓延するので、その城は数年間は使い物にならなくなる。
ところがそれは、潜入中の間者の命も喪うだけではなく、来るべき謙信との一戦に抑えておくべき拠点を自壊させてしまう。この籠城戦の攻め手においては、どの程度の飲料水を奪えるかの境界線のせめぎ合いであった。
一方、東条氏の雨飾城では避難してきた領民を抱えていた。
彼らに克己心もなく、ただ勁きものに頼って縋って生きてきた。然しながらそれが籠城戦で敗色が濃くなると、容易に領民は敵方に寝返って恩賞に預かろうとする。それでも東条氏方が捨て置けないのは、平時に戻れば食糧生産のために必要なためで、守り手にもぎりぎりの境界線があるわけだ。
「その真田の寄り騎に六ヶ城の望月盛時という方がいます。彼も真田幸隆の調略で臣従した国人です。この方は1561年の川中島の合戦で敗死してしまいます。この攻城戦の6年後ですね」
「望月?」と私は怪訝な表情で小首を傾げた。
もちろん嘘だ。判り切っていることなんだけど。
「そう望月氏、六花さんのお勤めの神社は、その嫡流と思いますが」
「そうかも、しれませんね」
「実はその奥方がまた傑物でして。千代という記録もありますが、千代女と呼ぶのが通説です。彼女は、信玄の命で甲斐信濃歩き巫女という組織を作り、頭領となったんです。巫女という存在は特別でした。通行手形もなしに諸国を渡り歩くこともできたのです。間者として城に潜入させるには好都合だったのです」
雨飾城で領民の信奉を得ていた巫女がいたという。
彼女の言葉に励まされて、辛い飢えと乾きに耐えていた。飢餓がどれほどのものかというと、領主の愛馬さえ籠城の初期段階で肉となって、皆に配られた。憤怒を忘れぬためか、領主はその
牛馬を先に潰したのは水が足りなくなるからであり、干し肉にして長期戦に備えるためであった。そのひりつくような緊張感が、引き絞られた弓の弦のように弾けた。
まずその巫女に嫌疑がかかる。
巫女は玉砂利の白洲に引き出されて尋問を受ける。
謂れのない中傷かもしれないが、彼女が否定すればするほど拷問に近くなり、
江戸期のことだけども。
私は堺で処刑現場を見たことがある。
放火をはたらいた商家の娘であった。放火は当時は大罪であり、彼女は磔になった。それを
大店の娘は上等な絹の襦袢を身につけていたが、その前は開かれて無惨な姿になっていた。しかも磔代も十字になっていて四肢を大きく開かせて、その身体が露わになっていた。
その
まだ実りの浅い白くて尖った乳房が震えている。失禁して股間から下の支柱が濡れて光っていた。覚悟を決めていても、悔恨に顔が醜く歪んでいた。何かを叫んではいたが、それが言葉としては竹夜来の所までは届かなかった。
処刑場の槍方が左右に並び、民衆に一礼して、相対してまた一礼。
何度かその作法が繰り返されて、焦らすだけ焦らしているようにも見えた。
それが突然に素早い動きで、ずぶりと太ももから脇に槍が突き通った。左右が同時にだ。ばっと血煙が上がった。娘は大きく痙攣したが絶命には至らない。獣のような悲鳴が掠れながら届いてきた。急所は故意に外して、これを数度繰り返して、噂が噂を呼ぶように
同じ運命がその巫女にも降りかかったのだろう。
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