第4話 恋の味方と缶ジュース
「ここはこうじゃ無いんです?貴方がおどきにならないと通れないじゃありませんか! 」
スマートフォンのスピーカーから出る安っぽい音。画面上の女はゲームをプレイしている様を配信していた。
「…そろそろか」
伸びを一回、天井に向けて放つ。誰もいない部屋でため息も一つ。正直、気乗りはしない。
烏森の提案した″フードの女″探し。深夜徘徊する危険人物の顔を拝むためだけにこうして寝静まった住宅街に繰り出した。
「よっ、来たか。今日の配信も良かった、ちゃんと見てたか?ボス倒すとこ」
学校近くのコンビニで待っていた烏森と鮎原が片手に缶ジュースを持って座っていた。深夜のコンビニなんてそれこそ補導され易く、いいのかとは思っていたがここ以外に最適な集合場所など無かった。今夜の配信の感想を烏森が語り出したためすぐさま細い裏道へと歩き出した。
「…あの困惑するすみころが一番可愛かった。っておい、聞けよ。待ってこれ飲むからさ! 」
残っていたジュースを一気に飲み干し、勢いよくゴミ箱に投げ入れて駆け出した。
すみころとは虜路すみれの略称であろう。苗字と名前の二文字を入れ替えて読んでいるようだ。なぜ逆なのか、グローバル化を狙ったものだろうか?いっそのこと元に戻してみようか。ころすみ、なるほど。推しの配信者を呼ぶのに殺意を叫ぶのはファンも望んでいないのだ。
「マジ置いてくなって。不審者いるんだぞこの辺」
「ふたぎが行こうって言ったんじゃん」
薫が冷静につっこんだ。それには大きく頷くしか無かった。
元から閑静な住宅街は夜の帳が降りるだけで独特な雰囲気を醸し出す。一定間隔の街頭、まばらな部屋の明かり達だけが圧倒的なまでの夜に抵抗していた。
烏森の家は俺や薫とは別の方向にあった。橋を渡った先にある少しばかり緑の増える住宅街。
「この辺じゃないのか? 」
「もうちょい先だったよ。そこの角曲がってすぐ」
15分程歩き、ふくらはぎに若干の疲労が溜まった頃、それはあまりにも自然に、そして突然にそこにいた。元からそこにあったかのような、有機質なのに無機質で自然物のようで人工的な人影。
街灯に照らされた背丈は思いの外小さくフードを被っているために顔は見えない。ショートパンツからは真っ白な細い足が厚底の靴を通して地面を捉えていた。
「あいつ…あいつだ」
「は? 」
驚きが恐怖に切り替わる。気づかれればあの時の烏森のように襲われる。″あの人″を探すために徘徊する女、それが目の前にいる。
猫背のままその女はこちらを振り返る。右手には長い棒のようなものが地面と擦れて音を立てた。
「ひっ、ひぃぃぃ! 」
烏森が体勢を崩しながら静かな空間に叫び、逃げ回る。こうなっては仕方ない。逃げるしかない。
「駄目だよ春斗。どうせなら一目見ておかないと。あのフードの下のご尊顔をさ! 」
この男、ウキウキである。数多の女子を惚れさせてその全てを振ってきた癖によくもまぁこんな事を平然と言えるもんだ。そんな奴が隣にいたら正体暴くまで家には帰れない。
「2人で同時に出ていく。そうすれば不審者とはいえ2対1だ。行くぞ」
角から勢いよく飛び出す。そこには――
誰もいない。
穏やかな夜の空気が流れ、街灯は丸く下方を照らす。さっきとはまるで異なる、そもそもそこにいなかったような感覚。
「どなたが不審者なんです? 」
背後から声がした。透明感のある静かな声が。身体が跳ねるように驚き声のする方へと振り向く。
「はっ?いつの間に?薫、逃げよう」
「一目見たかったけどね。こいつはやばい」
目の前に立つ女は猫背で長い髪を下へ垂らしていた。フードを深く被り直し、体を大きく捻る。回転と揺れる髪、高速で横に振られた棒は薫の目の前の塀を強打した。
「やばいよ春斗。これって俺らが"あの人"じゃないってこと?だから襲われてんの? 」
頭がぐちゃぐちゃだった。烏森は結局"何をしたから襲われたのか"というのが明白では無い。そして今この状況ではそれを考えることすらできなかった。
「とにかく逃げるしかないだろ。早く! 」
急いで角を曲がり、距離をとる。烏森が居ないせいで知らない地で深夜に女に追いかけられている。いくつかの角を曲がり来た方向へと見切りをつけて走って行く。
息は今にもひっくり返りそうな程に切れ、心臓は勢いよく血液を送り続ける。夜風は吹いているのに涼しくもなく、川は流れているのに水音はしない。ただ自分の心音がまとわりつく。
「はぁ、春斗…もう、追って来てないみたい」
「っはぁ…。想像以上だった。なんというか」
幽霊という方が納得出来る。最低でも人間ではなかった。妙に現代的なファッションをした女の幽霊。
「幽霊…はぽいかも。でも棒振り回してたし、人間っぽくもあるんだよなあ」
ゆっくりと息を整えながら橋を渡る。俺たちの見知った街へ。
橋を渡り、ふと背後を見た。この橋の向こうの出来事を。さっきまでの…いや今もか。
10mは離れているその人影を何故かその時だけははっきりと視認できた。
立っている。
橋の向こうに
白く長い髪は月明かりに照らされていた。
その青い目はまっすぐこちらをみていた。
そして何故か声が聞こえた。
「私はあの子の恋の味方。恋ができないあの子の為に。次は必ず」
遠くのそれは口を動かしていた。聞こえないのに聞こえる。見紛うはずなのにはっきりと目に焼き付いてしまう。
「あの子の元に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます