第2話 朝の憂鬱とロングジャンプ
最悪の目覚めだった。
連絡はつかない。あの電話越しの声はなんだったのかも分からない。そんな状態で眠れる訳もなかった。
「おはっよ!春斗。今日はまた一段と…昨日寝れてない? 」
玄関を出た先には
「寝不足だ。朝飯も味噌汁しか喉通らなかった」
「ほぉ、お味噌汁はのんだんだ。具は?」
いつも通りの杏子の声がやけに頭に響いた。歩き出す足取りも軽やかで学校指定の鞄も前後に大きく揺れた。
「普通だよ、豆腐とワカメ 」
「ふーん、そっか。ちゃんと寝ないといかんぞ鳴海くん」
寝不足の頭ではただ足を動かして学校へと向かう事しか考えられなかった。ましてや、昨日の事など考えたくもなかった。
いつも通りの教室の机、目の前の
「…ると」
音の軍勢から確かに聞き取れる声が聞こえる。
「春人!おーい」「鳴海?大丈夫かー? 」
しっかりと聞き取れた時、その声が鮎原薫と
「烏森?生きてたか」
「勝手に殺すな。スマホ落として連絡できなかっただけですー」
そう言って笑う烏森に安堵するのを感じ、再び急激な眠気に襲われた。そんな眠気を覚まさせるように廊下から軽やかで野性味のある足音が近づいてきた。扉が勢いよく開き、そこにいた生徒は後ろに距離をとる。
「え?
烏森が拍子抜けた顔をする。阿知和…全校集会の時の陸上部。阿知波は助走をつけ教室の一番近い机を右足で蹴り、飛び跳ねた。焼けた足を大きく前後に開き、中に黒のハーフパンツを履いているせいかスカートのことなど気にもせず、大きくこちら向けて飛んできていた。
「かすもりぃ~!だいじょぶか! 」
「お、おい!こっち来んな、俺が死ぬぅ! 」
阿知和はネコ科の動物か何かのように両手と両足で前傾に着地した。満面の笑みを浮かべた後、目の前の鮎原に気づき驚いて大きく後ろに頭を揺らした。
「お、おっと?とっとやべ」
そうつぶやき、揺れた反動で前へ倒れそうになる。ぱっと鮎原の方を見るとそこまで動じている様子でもなくじっと阿知和を見ていた。前方に倒れ込んだ阿知波は鮎原の頭部めがけて頭突きを見舞いする勢いだった。
「っぶね。何やってんだお前」
烏森が慌てて左手を引っ張り阿知波を止めた。ぶつかりそうになった鮎原は眉一つ変えずに口を開く。
「はじめまして。
阿知和はその言動に驚いたのか、キョトンとした顔をした後にすぐ「はじめまして。阿知和だ」
と笑った。そして机は倒れた。
「まじで何やってんだお前は」
呆れた顔で話す烏森に床で膝をさすりながら返答した。
「お前が昨日おそわれたーとかいうから心配したの!メッセは見ねえし電話も出ねぇ。お前はワタシをなんだと思ってんだよ! 」
「…携帯壊れてたんだよ。ありがたいけど教室で飛ばないでくれ」
チャイムが鳴った。その音で阿知波はスカートの埃を払い立ち上がって振り向く。
「こいつ、オタクだから何言ってるかわからない事あるけど基本的にはいいやつだから仲良くしたってくださいな。っじゃ! 」
そう言うと猛スピードで帰っていった。倒れた机を前に、茫然とする二人に烏森は机を起こしながら言った。
「すまん、ああいうやつなんだ。体力が有り余ってるっていうか」
「元気でいいじゃないか。それに昨日表彰されてただろ?得意なことがあるのはいい事だ」
鮎原は阿知和の出ていった扉を見ながらフォローを入れる。そんなふたりの話を朧気に聞いていた。
「それでもあいつは有り余るにはあまりにもあんまりなんだよ…最近特にな」
「二人はどういう関係?同じクラスじゃないし、一年の時も阿知和さんいなかったじゃん」
「中学の時、同じ部活だったんだよ 」
「同じ部活?中学に漫研あるのかよ」
何か考えていた烏森にとぼけて見せた。知り合ってからと同じように。
「違うって、陸上」
今度は鮎原が驚いた顔をする。これもいつもと同じだった。
烏森はその冗談に気づき、思いつめていた顔を明るく変化させた。
「なんだよその顔は、僕が陸上やってたのそんなに可笑しいか? 」
「可笑しいな」
「うん、そうだね」
「おい」
もう一度チャイムが鳴る。始業前の予鈴が教室に響いた。烏森は教室の時計に目をやり、周囲を確認しながら言った。
「今日放課後時間あるか?昨日のことでさ、よかったら鮎原も」
その一言で現実に戻される。考えたくも関わりたくもない現実に無理やり意識を向けさせられている。
「昨日の事?気になる言い方するじゃん。俺も行くよ」
鮎原はご機嫌に答えてこちらを見てきた。勿論、お前も行くよなと目が訴えていた。
「ああ、行くか。場所は...国道沿いのあそこでいいか? 」
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