第5話 紫色の春心③

「よぉし!やなことは甘いもの食べて忘れようの会発足! 」

 虎落杏子は授業後にそう言うと一目散に教室を後にした。隣のクラスまで出向き、苗札千代と笹鳴凪に声をかけた。

「え、いいの?行く行く!今日は野球部休めって後輩にも言われてさ 」


 笹鳴は嬉しそうに同意し、鞄に荷物を詰めに教室へ戻っていった。


 夕陽の射す国道は車が激しく行き交い、帰りの学生たちが自転車を漕ぎながら談笑する。そんな時間にも関わらず、このファミレスには人が殆どいなかった。席に座った3人はメニューを広げて一息ついた。


「…えーっと、初めまして?いや、体育で同じだったっけ? 」

 笹鳴凪は虎落杏子に目配せをしながら話す。

「そうだよー!こちら苗札千代ちゃん、今日の朝ね、風紀委員で怒られちゃってたから誘ったの」

 隣に座る苗札をニュースキャスターの如く紹介した。

 

「苗札ですぅ....やっぱりお邪魔でしたよね」

 おどおどと申し訳なさそうに座る苗札千代を見て二人は笑った。

「そんなことないよ苗札さん、いやな事あった同志でしょ? 仲良くしよ」

「そうだよ千代ちゃん、一緒に甘味を満喫しようではないか!」

 虎落杏子はメニューのスイーツフェスタという書かれた大きな文字を叩き、両手を広げて大袈裟に話す。

 

「てか虎落さんって嫌なことあったの? そんな感じしないよねー」

 笹鳴凪に質問をされた事を不思議に思うようにぽかんとしたまま、虎落杏子は口を開いた。


「ん?二人が嫌な事あったら私も嫌だよ」

 聞いていた二人は呆気に取られていた。その純然たる瞳は慈悲深いという褒め言葉ですら言い表すには足りない。それを目の当たりにした。


「え?なんか変な事言っちゃった? 」

「ううん、なんか虎落さんらしいなって。今日だって体育でしか面識ないのに一目散に駆けつけてくれて…すごく嬉しかった」

 笹鳴凪は恥ずかしそうに俯きながら感謝を述べるが、その後の空気を見て慌てて軌道修正を試みた。


「…それよりさ、早く頼まない?私これ食べたい!」

 指したのは大きくガトーショコラの乗ったチョコレートパフェ。他の二人もメニューに顔を近づける。

「美味しそうです…。私は、どうしよう。フルーツタルト…にします」

 頼む物を決めた二人は虎落杏子に目を向ける。彼女は手を組み、唸りメニューを様々な角度から見ていた。

「うーむ。悩みますな…。これぞ究極の選択。王道のプリンパフェか獣道を行きトマトパフェか…助けて!おんみょうじぃ! 」


「トマトパフェて…。食べられなく無さそうな絶妙なライン突いてくるね…」

「それに、多分陰陽師はパフェ選んでくれないと思いますぅ…」

 結局、散々悩んだ挙句プリンパフェを頼んだ。

 


「てかさ、体育館に来たあの男の子。彼氏? 」

 笹鳴は興味を宿したキラキラとした目で杏子を見つめる。

「春斗の事?そゆんじゃないよ。昔から一緒にいるだけ」

 杏子は避けていた頂上のプリンをスプーンで崩した。

「ふーん、折角の青春、恋しなきゃ」

 笹鳴は腑に落ちない様な様子ではあったが一応の納得はしていたように見えた。


「なんだろ、伝えるの難しいけど青春が赤い心で汚れちゃうのが嫌なのかも…恋って赤い心みたいな字書くじゃん? 」

「まぁあれ、またって読むんだけどね」


「そういう細かい事は良いのだよ。ハートは赤色だし。青春だから恋する、赤と青、二つの色が欲しいのに手に残るのは紫色ってやじゃない?私は青春だけでも青のままがいい」

 窓の外を見ながら喉を湿した。

 

「まあ、なんとなく分かったような…苗札さん?どうしたの」

 黙ったまま話を聞く苗札に笹鳴は話しかける。

「私には縁遠くて…風紀委員だし。恋愛はダメだし…」


 聞いていた二人は口をポカーンと開け驚きを隠せていなかった。

「風紀委員ってそんな規則あんの?やば」

「いまのいんちょーが入ってからじゃないの?」

「はい、宇佐美さんが就任して少し経ってからです。いいなぁ。実は朝の挨拶の時、笹鳴さんよくお見掛けします…男の子と歩いて」

 笹鳴凪は途端に顔を赤くした。コップに手を伸ばしたかと思いきやパフェの底にあるコーンフレークをザクザクとスプーンで割り始めた。


「うーん?凪ちゃん!重大な証言を隠してましたね。答えてもらいますよぉ? 」

 ニマニマと杏子が顔を近づける。

「凪ちゃんは野球部のマネージャーとの事ですが…お相手は野球部員でしょうか? 」

 杏子は手を丸めてマイクのように差し出す。笹鳴は黙って下を向き、静かに頷いた。苗札千代は嬉しそうに顔を輝かせ、頷きながら話を聞いていた。


「松田…って言うんだけどね。松田夜長、野球部のエースでさー。…あのタオルも夜長から貰ったやつだったんだ」

 体育の授業中、突然発火したタオル。笹鳴の首にはその時の火傷のあとが少し赤くなっていた。

「…あのタオル、なんで燃えちゃったんですか?燃えるような物じゃないと思うんですが…」

「あの女の仕業だよ…そうとしか考えられないよ」

「女…の子?うちのクラス?」


 チョコレートと白いクリームが粉々になったコーンフレークと混ざり合う。それらは黒い闇のようなガトーショコラと共に笹鳴の口へと運ばれる。

 

「うちの一年。いっつも夜長にくっつこうとして…この前だって私の前で『松田せんぱーい、イメチェンしたんですよー』って。うなじ見せちゃったりして?ほんっとあのおん」

「ちょちょ!ストップストップ。そこまでだよ。凪ちゃんはその子が火をつけたって思ってるの?」

 杏子は思わず暴言が出てしまうのを窘めた。

 

「そういう事じゃないけどさ、体育の時間だったわけだし。でも思い当たる節がそんくらいしかなくて…ごめんね」

 笹鳴は経験した恐怖の訳の分からなさを誰かのせいにしたかったようだった。


「でも気になりますね。杏子ちゃん、前の家庭科室の火事は何故だか図書委員が調査することになったと宇佐美さんが怒ってましたが」


「え、そうなの?じゃあ春斗が話してたあの先輩って図書委員長だったのかな」


 話の広がり方の複雑さに混乱するのは笹鳴だった。頭を抑えてぐりぐりと回していた。

「よく分からなくなってきた。てかさ、ずっと疑問だったんだけど、苗札さんはなんで風紀委員入ったの?言っちゃあ悪いけどさ、厳しそうだしあの先輩」


「なんでしょうか、憧れてるんです。かっこいいじゃないですか、宇佐美さん」

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