第3話 紫色の春心①

「これって保険下りたりする?」

 人のいない教室で男は自身の無残な状態のスマートフォンを見て不機嫌そうにこぼしていた。

「さぁ、どうでしょうかね。それで本題入っても? 」


 平日の昼休みの貴重な時間をこのよくわからない男に割いているのにも理由があった。先日の火災、この男が原因であることが判明した。部活動内での火事だというが、そもそも何故図書委員である俺がこの取り調べをしているのか。


 榲桲先輩は何故かこの件の調査を学校に任されていた。曰く、去年の冬、あのほとんど何も書かれていない紙を生徒会に提出し「俺が赴任ふにんする間、似たような火災が起きたらそれは図書委員会がすべて調査する」と言い放ち、それを見事的中させた…との事。今考えてみても意味が分からない。そもそもこの学校特殊すぎるんだよ。


 目の前のメモ帳に火災についてとだけ書き記し目の前の男に質問した。

「今回のはキッチンからの火災ってことですよね? 不注意ですか? 」

「ちげぇよ。俺らは火ぃ使ってねえんだ。燃えたのは俺のスマホ、ほら」

 そういうと真ん中に大きく穴の開いたスマートフォンをこちらに差し出した。焼けた跡がカバーに何が書いてあったのかもわかないほどに黒く染まっていた。


「なんでかわかんないけどな?俺のスマホが勝手に発火してノートに燃え移ったんだ、宿題見せてもらってたから。それでうちの部の女子たちがパニクっちゃって廊下の火災報知器押したんだよ」


 先輩の言葉が再生される。

『この学校の前身、名坂なざか女学校では何故か生徒の持ち物が突然発火した。警察も原因がわからずこの事件は都市伝説化したらしい』

 原因不明の発火現象、やはりこれなのか?そうだとするならあの紙に書かれている言葉は?あてずっぽうだが何でも聞いてくしかなかった。


「何か他にはありませんか?例えば…部内で恋愛関係があったとか」

 自分から話すのは少し無理をした。どうしても染みついた何かが取れなかった。だが早く終わらせるためにはこうするしかない。すると男は表情を変えた。隠していたものを引っ張り出されたように少し慌て、それが口調にも表れていた。


「い、いや!そんなのはないぞ!断じてない! 」

「ほんとのこと言ってくださいよ。言わないんで」

 どうでもいいんでという言葉は胸にしまった。


「いや、ない。...今は」

 やけにあっさりと認めた。


「俺さ、料理部内でモテるじゃん?今後輩からデート行こうっていわれてるんだけどさ…3か月前に別れた元カノが忘れられなくて。それがばれるとさ、なぁ?」

笑顔で言う目の前の男に殺意が沸いた。あの慌てようは何だったんだよ。どうでもいいことをたらたらとしゃべらないでくれ。あんたのこと今日知ったんだこっちは。あとモテるかなんて知らん。


「はぁ、もう昼休み終るんで今日は終わりにします。また連絡するんでお願いします」

 手元のメモ帳を閉じ、席を立とうとすると何かを思い出したかのように男があっと声を上げた。


「まだ何かありますか?思い出した?」

 少しいら立ってしまっているのを自分でも感じてしまう。

「いやぁ、元カノとの写真も全部燃えちゃったなあって」

「はぁ…、そうですか。パソコンにでも保存しとけばよかったですね」


「それもそうだけどさぁ、スマホのケース裏に入れてたプリクラも全部燃えちまったんだよなぁ。まあ証拠隠滅いんめつっていえば聞こえはいいけどな」

早くこの部屋から出たかった。どう努力してもこの男と話がかみ合う気がしない。価値観の違いとはこうも煩わしいとは。名前聞くの忘れたけどもういいや、男子生徒Aにしておこう。


 ”火災を起こしたのは前の交際相手を忘れられない自称モテる男”


そうメモに殴り書き、教室を後にした。

 

 

 




 


 

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