第16話「星の彼方より、刻を下りて」
その名は、魔神スルト。
それが、このブリタニア王国周辺の古い神話、おとぎ話である。
だが、ウモンの前には召喚されたスルトがそびえ立っていた。
「アーッハッハッハ! さあ、スルトよ! そいつを捻り潰せっ!」
高笑いのザフィールが、スルトをけしかける。
だが、スルトはじっとウモンを見下ろしたまま動かなかった。
そして気付く……古き神の視線は今、ウモンの隣のゼロロを見詰めていた。
それをウモンは、同じ
絶対に勝ち目はない。
思わず妹の姿のままのゼロロを背に
背後で声が走ったのは、そんな時だった。
『お兄ちゃんっ! どいて! そいつ倒せないっ!』
熱風が襲って、激しい風圧に思わずウモンは吹き飛ばされそうになる。背後のゼロロが、すぐに変形してクッションになってくれた。
ゼルガードが青白い炎を
今日はチャージが完了しているのか、ゼルガードは
それでようやく、スルトもゆっくりと身を正した。
背筋を伸ばして立つ姿は、巨大さも相まってもの凄い威圧感である。
「……我はスルト。
一瞬、なにを言われているのか意味がわからなかった。
スルトといえば、炎の魔神スルトではないのか。
ゼロロの包容から抜け出て、ウモンは間近にスルトを見上げる。
威厳に満ちたその姿は、小さい頃に絵本や物語で見た通りだ。見るも
そしてやはり、気になる。
どこか機械のような雰囲気もあって、視線を滑らせれば機械そのもののゼルガードが立っていた。両者は互いに身構え、一触触発の空気を凝縮させてゆく。
「お兄ちゃんっ! 下がってて……この亜空魔、Aランクだよ!」
「マスターもコクピットから出ないでください。危険ですので」
「ちょ、ちょっと、ナユタ!」
「先制します。全兵装オンライン、チェック……オール・グリーン。状況開始」
一瞬だけゼルガードの胸元が開いて、マオが顔を覗かせた。
だが、すぐに中からナユタに引っ張られて消える。
再度操縦席の扉が閉まると、ゼルガードは両手で構えた銃を発砲した。ヴヴヴ! と低い唸り声を連ねて、無数の光がスルトを襲う。
スルトは、手に杖を持っていた。
その杖を地に突き、両手を乗せて立っている。
避ける素振りもなく、放たれた射撃がスルトを直撃した。
衝撃波から目を庇いながら、ウモンは
「無傷、だって? ワイバーンの
そう、スルトにダメージは見られない。
そしてウモンは気付く。
弾丸は全て命中したが、スルトに届いてはいなかった。スルトの表面で燃え盛る炎が、光の
揺らめく炎の
炎に触れるだけで、眩い光弾が蒸発するように溶け消える。
『マスター、あれは……攻撃が効きません』
『だったら接近戦よ! ガチでド肉薄するのっ!』
『肯定! ゼルガード、
鋭角的な膝の装甲から、フォトンナイフの柄が飛び出してくる。それをひったくるようにキャッチするや、ゼルガードが地を蹴った。
背の炎が細く長く吼える。
だが、光の刃を出現させたナイフも、スルトの鉄壁の守りを貫くことはできなかった。
フォトンナイフの輝く刃が、スルトに触れることもできずにかき消されたのだった。
そして、スルト自身は「ふむ」と唸るや目を細める。
「……もしや、アーマメント・アーマロイドか? 記録照合……検索結果、該当アリ」
不思議とスルトには、戦う意思が感じられなかった。
そのことで、ザフィールが怒りの声を上げる。
「こっ、こら! スルト! さっさと戦え!」
「我が主よ、
「だからなんだってんだ! さっさと、戦えっ! こっちの魔力消費だって馬鹿にならないんだからな!」
「……断る」
「はぁ!? 何いってんだおま、うわっ!」
スルトの炎がゆらりと燃え上がった。
その勢いが熱となって周囲に伝搬する。ウモンもザフィール同様、熱気に思わず後ずさる。
スルトはズシリ! と大地を揺らしながら、ゆっくりゼルガードに歩み寄った。
ウモンの耳に、驚きと焦りの声が飛び込んでくる。
『来るわ、ナユタ! これ、下の座席は出せないの? アタシも手伝う!』
『待ってください、マスター。これは、どういう……先程の言葉、炎征艦隊? 戦史保管機とは』
やはり、スルトに戦う意志は感じられなかった。
彼は巨体を屈めて片膝を突くと、そっと手でゼルガードに触れる。まるでスルトの思うままのようで、その時だけ手の炎が消えていた。
スルトの巨体から見れば、ゼルガードなど少々大きなお人形に過ぎない。
身動きできずに固まるゼルガードをペタペタ触って、不意にスルトが口元を緩めた。
「間違いない、これは確か……第七十八次太陽系防衛計画で開発されたアーマメント・アーマロイド。Type-88R、ゼルガードのブロック500か。ふむ! 懐かしい!」
スルトの言葉に、思わずウモンは驚き駆け寄ってしまう。彼を守るように、スライムの姿に戻ったゼロロが背後を弾んで追いかけてきた。
ただただザフィールだけが、
だが、構わず走れば校舎の方からも人影が駆けてくる。
「ウモン殿! 今の騒ぎは……なんと、亜空魔ですか! こんなに巨大な」
「おう、タガサ! こいつぁモンスターってレベルじゃないぞ、神様だ。ザフィール、性格はアレでも一流、超一流の召喚師だったってことだな」
「……
息せき切って隣まで来て、タガサは両膝に手をついた。どうやら運動は
その頃にはもう、突然登場した美貌の麗人に、生徒たちがざわめき立つ。
なにより、前髪をいじりながらザフィールが歩み寄ってきた。
「これはこれは……美しいお嬢さん、初めて拝見するお顔ですね」
「ウモン殿、もしかしたらこの亜空魔は……以前、村のカリバーン様から聞いたことがあります」
「ふふ、照れてるのかい? つれない態度もまたかわいらしいものだ。ハッハッハ」
「そう、スルト……もしや、この亜空魔はスルトではありませんか? こうしてはいられません、調べてみないと!」
ザフィールを完全に無視して、タガサは行ってしまった。
ちょっとかわいそうだと思ったが、ウモンも後に続く。
その時にはもう、スルトは温和な笑みを浮かべてゼルガードを触りまくっていた。どういうことだか、全く意味がわからない。
しかし、声を張り上げるタガサの言葉が不思議と耳に刺さった。
「失礼を!
「ウン? ああ、いかにも。我をこの時代では、そう呼ぶ」
「やはり……カリバーン様、いや、エクスカリバーを御存知ですね!」
「ほう、あの星剣か。まだ現存しているのか」
「ええ、まあ!」
意味がわからず、ウモンはタガサに説明を求めた。
そして、
「ウモン殿。カリバーン様の時代、謎の敵と戦う中で……人間たちは反撃に転じました。遥か遠く、星々の海を渡って進撃を開始したんです。それが、炎征艦隊」
「あの、インフィニアとかいうバケモノとの大戦争か」
「もう、遥か太古の昔のことです。そのことが今、ボクたちの時代には神話となって伝わっていんですね。ですから多分、神々の黄昏というのは」
タガサの説明は
そして、既にもうウモンたちは知ってしまったのだ。今という時代の遥か昔、神々の時代と呼ばれていた大昔……そこには、錬金術の延長線上にある技術、科学で繁栄を極めた文明があったのだ。
そして、この文明はインフィニアと呼ばれる敵と戦い、刻の彼方へと消えた。
今はその痕跡が、無数にこの大地に埋まっているという話なのだった。
「タガサ……神々の黄昏、その本当の戦いって」
「恐らく、旧世紀の人類とインフィニアの戦いでしょう。それも、遠く空の彼方での……炎の大遠征で戦われた物語じゃないかと!」
興奮にタガサは目を輝かせていた。
だが、そのタガサに完膚なきまでに無視されて、ザフィールは美男子がしてはいけない表情で唇を噛んでいる。
ウモンとしても、スルトの行動は全くの予想外だった。
まるで懐かしむように、慈しむようにスルトは微笑んでいた。
しかし、激昂にも似た声でスルトが光に包まれる。
「ええい、魔力の無駄だっ! 戻れ、スルト! 二度と私の前に姿を現すな!」
魔法陣の光が再び大地に広がった。その中へと、ゆっくりスルトが沈んでゆく。どうやらザフィールはスルトを元いた世界へ帰還させるようだ。
あるいは、本来いるべき時間軸か。
その時、ウモンは見た。
静かに光に飲み込まれてゆくスルトと、巨大な魔法陣……そこへ、タガサがなにかを取り出し投げ入れるのを。
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