第16話「星の彼方より、刻を下りて」

 その名は、魔神スルト。

 はるか太古の神話に名を残す、巨人族の長である。炎の杖レーヴァテインを持ち、神族との最終戦争……神々の黄昏ラグナロックを演じて一人生き残ってしまった男でもある。その後、神々の時代は終わり、スルトがいずこかへ去ると同時に人間の時代は始まった。

 それが、このブリタニア王国周辺の古い神話、おとぎ話である。

 だが、ウモンの前には召喚されたスルトがそびえ立っていた。


「アーッハッハッハ! さあ、スルトよ! そいつを捻り潰せっ!」


 高笑いのザフィールが、スルトをけしかける。

 だが、スルトはじっとウモンを見下ろしたまま動かなかった。

 そして気付く……古き神の視線は今、

 それをウモンは、同じ亜空魔デモン同士のバトルの予感と受け取る。そうなったらゼロロはおしまいだ……最低レベル、Eランクのスライムなのだから。

 絶対に勝ち目はない。

 思わず妹の姿のままのゼロロを背にかばって一歩踏み出す。

 背後で声が走ったのは、そんな時だった。


『お兄ちゃんっ! どいて! そいつ倒せないっ!』


 熱風が襲って、激しい風圧に思わずウモンは吹き飛ばされそうになる。背後のゼロロが、すぐに変形してクッションになってくれた。

 ゼルガードが青白い炎を羽撃はばたかせ、すぐ目の前へ着地する。

 今日はチャージが完了しているのか、ゼルガードは躊躇ちゅうちょなく腰のライフル銃を抜いた。粒子フォトンの弾丸を連続で発射する、この時代には不相応な破壊兵器である。

 それでようやく、スルトもゆっくりと身を正した。

 背筋を伸ばして立つ姿は、巨大さも相まってもの凄い威圧感である。


「……我はスルト。外宇宙炎征艦隊所属がいうちゅうえんせいかんたいしょぞく最終統合戦史保管機さいしゅうとうごうせんしほかんき……スルトである」


 一瞬、なにを言われているのか意味がわからなかった。

 スルトといえば、炎の魔神スルトではないのか。

 ゼロロの包容から抜け出て、ウモンは間近にスルトを見上げる。

 威厳に満ちたその姿は、小さい頃に絵本や物語で見た通りだ。見るもたくましい巨躯きょくを、うっすらと炎が覆っている。まるで、燃え盛る紅蓮の鎧を着込んでいるかのようだ。

 そしてやはり、気になる。

 どこか機械のような雰囲気もあって、視線を滑らせれば機械そのもののゼルガードが立っていた。両者は互いに身構え、一触触発の空気を凝縮させてゆく。


「お兄ちゃんっ! 下がってて……この亜空魔、Aランクだよ!」

「マスターもコクピットから出ないでください。危険ですので」

「ちょ、ちょっと、ナユタ!」

「先制します。全兵装オンライン、チェック……オール・グリーン。状況開始」


 一瞬だけゼルガードの胸元が開いて、マオが顔を覗かせた。

 だが、すぐに中からナユタに引っ張られて消える。

 再度操縦席の扉が閉まると、ゼルガードは両手で構えた銃を発砲した。ヴヴヴ! と低い唸り声を連ねて、無数の光がスルトを襲う。

 スルトは、手に杖を持っていた。

 その杖を地に突き、両手を乗せて立っている。

 避ける素振りもなく、放たれた射撃がスルトを直撃した。

 衝撃波から目を庇いながら、ウモンは唖然あぜんとする他なかった。


「無傷、だって? ワイバーンのうろこさえも撃ち抜く武器だぞ、あれは!」


 そう、スルトにダメージは見られない。

 そしてウモンは気付く。

 弾丸は全て命中したが、スルトに届いてはいなかった。スルトの表面で燃え盛る炎が、光のつぶてを相殺していたのである。

 揺らめく炎のまもりは、続けて放たれた第二射も同じようにかき消した。

 炎に触れるだけで、眩い光弾が蒸発するように溶け消える。


『マスター、あれは……攻撃が効きません』

『だったら接近戦よ! ガチでド肉薄するのっ!』

『肯定! ゼルガード、吶喊とっかんします!』


 鋭角的な膝の装甲から、フォトンナイフの柄が飛び出してくる。それをひったくるようにキャッチするや、ゼルガードが地を蹴った。

 背の炎が細く長く吼える。

 だが、光の刃を出現させたナイフも、スルトの鉄壁の守りを貫くことはできなかった。

 フォトンナイフの輝く刃が、スルトに触れることもできずにかき消されたのだった。

 そして、スルト自身は「ふむ」と唸るや目を細める。


「……もしや、アーマメント・アーマロイドか? 記録照合……検索結果、該当アリ」


 不思議とスルトには、戦う意思が感じられなかった。

 そのことで、ザフィールが怒りの声を上げる。


「こっ、こら! スルト! さっさと戦え!」

「我が主よ、仮初かりそめの主。我はすでに、戦いを終えた身」

「だからなんだってんだ! さっさと、戦えっ! こっちの魔力消費だって馬鹿にならないんだからな!」

「……断る」

「はぁ!? 何いってんだおま、うわっ!」


 スルトの炎がゆらりと燃え上がった。

 その勢いが熱となって周囲に伝搬する。ウモンもザフィール同様、熱気に思わず後ずさる。

 スルトはズシリ! と大地を揺らしながら、ゆっくりゼルガードに歩み寄った。

 ウモンの耳に、驚きと焦りの声が飛び込んでくる。


『来るわ、ナユタ! これ、下の座席は出せないの? アタシも手伝う!』

『待ってください、マスター。これは、どういう……先程の言葉、炎征艦隊? 戦史保管機とは』


 やはり、スルトに戦う意志は感じられなかった。

 彼は巨体を屈めて片膝を突くと、そっと手でゼルガードに触れる。まるでスルトの思うままのようで、その時だけ手の炎が消えていた。

 スルトの巨体から見れば、ゼルガードなど少々大きなお人形に過ぎない。

 身動きできずに固まるゼルガードをペタペタ触って、不意にスルトが口元を緩めた。


「間違いない、これは確か……第七十八次太陽系防衛計画で開発されたアーマメント・アーマロイド。Type-88R、ゼルガードのブロック500か。ふむ! 懐かしい!」


 スルトの言葉に、思わずウモンは驚き駆け寄ってしまう。彼を守るように、スライムの姿に戻ったゼロロが背後を弾んで追いかけてきた。

 すでに周囲は人だかりで、王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんの生徒たちも興味津々である。

 ただただザフィールだけが、地団駄じだんだを踏んでこちらを睨んできていた。

 だが、構わず走れば校舎の方からも人影が駆けてくる。


「ウモン殿! 今の騒ぎは……なんと、亜空魔ですか! こんなに巨大な」

「おう、タガサ! こいつぁモンスターってレベルじゃないぞ、神様だ。ザフィール、性格はアレでも一流、超一流の召喚師だったってことだな」

「……神皇種マキナ。いやしかし、この姿……もしや」


 息せき切って隣まで来て、タガサは両膝に手をついた。どうやら運動は不得手ふえてのようで、必死に呼吸を貪り深呼吸を一つ。そして顔をあげると、彼はまじまじとスルトを見渡した。

 その頃にはもう、突然登場した美貌の麗人に、生徒たちがざわめき立つ。

 なにより、前髪をいじりながらザフィールが歩み寄ってきた。


「これはこれは……美しいお嬢さん、初めて拝見するお顔ですね」

「ウモン殿、もしかしたらこの亜空魔は……以前、村のカリバーン様から聞いたことがあります」

「ふふ、照れてるのかい? つれない態度もまたかわいらしいものだ。ハッハッハ」

「そう、スルト……もしや、この亜空魔はスルトではありませんか? こうしてはいられません、調べてみないと!」


 ザフィールを完全に無視して、タガサは行ってしまった。

 ちょっとかわいそうだと思ったが、ウモンも後に続く。

 その時にはもう、スルトは温和な笑みを浮かべてゼルガードを触りまくっていた。どういうことだか、全く意味がわからない。

 しかし、声を張り上げるタガサの言葉が不思議と耳に刺さった。


「失礼を! 貴方あなたはスルト、炎の魔神スルトではありませぬか!」

「ウン? ああ、いかにも。我をこの時代では、そう呼ぶ」

「やはり……カリバーン様、いや、エクスカリバーを御存知ですね!」

「ほう、あの星剣か。まだ現存しているのか」

「ええ、まあ!」


 意味がわからず、ウモンはタガサに説明を求めた。

 そして、驚愕きょうがくの真実が明らかになる。


「ウモン殿。カリバーン様の時代、謎の敵と戦う中で……人間たちは反撃に転じました。遥か遠く、星々の海を渡って進撃を開始したんです。それが、炎征艦隊」

「あの、インフィニアとかいうバケモノとの大戦争か」

「もう、遥か太古の昔のことです。そのことが今、ボクたちの時代には神話となって伝わっていんですね。ですから多分、神々の黄昏というのは」


 タガサの説明は突飛とっぴなものだったが、不思議と説得力はある。

 そして、既にもうウモンたちは知ってしまったのだ。今という時代の遥か昔、神々の時代と呼ばれていた大昔……そこには、錬金術の延長線上にある技術、科学で繁栄を極めた文明があったのだ。

 そして、この文明はインフィニアと呼ばれる敵と戦い、刻の彼方へと消えた。

 今はその痕跡が、無数にこの大地に埋まっているという話なのだった。


「タガサ……神々の黄昏、その本当の戦いって」

「恐らく、旧世紀の人類とインフィニアの戦いでしょう。それも、遠く空の彼方での……炎の大遠征で戦われた物語じゃないかと!」


 興奮にタガサは目を輝かせていた。

 だが、そのタガサに完膚なきまでに無視されて、ザフィールは美男子がしてはいけない表情で唇を噛んでいる。

 ウモンとしても、スルトの行動は全くの予想外だった。

 まるで懐かしむように、慈しむようにスルトは微笑んでいた。

 しかし、激昂にも似た声でスルトが光に包まれる。


「ええい、魔力の無駄だっ! 戻れ、スルト! 二度と私の前に姿を現すな!」


 魔法陣の光が再び大地に広がった。その中へと、ゆっくりスルトが沈んでゆく。どうやらザフィールはスルトを元いた世界へ帰還させるようだ。

 あるいは、本来いるべき時間軸か。

 その時、ウモンは見た。

 静かに光に飲み込まれてゆくスルトと、巨大な魔法陣……そこへ、タガサがなにかを取り出し投げ入れるのを。

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