第21話

 鉄の刃を扱うなどという経験を、ディルは生まれてから一度もしたことはない。鉄製の農具を使って畑を耕したりはしていたが、握りなどというものもなく木の棒にそれに合うよう穴空きの鉄を差し込んだ農具は、武器とは感触も感覚も大きく違う。


(じゃが思ったよりも……しっくりくる、の)


 ディルの初撃を胴で受けた大男が、痛みに顔をしかめながらも反撃を返してくる。

 水平に構えていた鉄斧を縦に構え、上から下へ最短距離でディルの身体を真っ二つに絶ち割ろうと振り下ろしが飛んでくる。その一撃を、見切りの効果時間中であるディルは最小限の動きでかわす。

 ディルの脳天を貫くような一撃を、彼は首を少しだけ動かして避けた。年のわりにふさふさである彼の白髪が数本はらりと宙を舞い、斧の攻撃は彼の頬を薄皮一枚裂くに留まった。ディルが溜めを作らずにスラリと放った一撃が斧の握りのうち最も重要な部分、右腕の人差し指へと飛んでいく。

 一撃を貰えば武器を取り落とすことになることを悟った大男が膂力に任せて斧を引く、だがその動きもディルには十分に予見できていた。彼は一撃をスッと止め、そのまま角度を変えて動いた男の腕の肘目掛けて放つ。


「うおっ⁉」


 男はその一撃をモロに食らう、ガンと骨と鋳潰された鉄がぶつかり、小さな呻き声を伴った硬質な音が響く。

 大きく後ろに下がり斧を持ち替えて右腕の確認をしている男を見るディル。やはり、一撃では勝負をつけられなそうじゃな。明らかに筋肉の塊であり、元冒険者である彼と自分とでは、素の能力が違いすぎる。

 スキル見切りのおかげでこちらが大きな傷を負うような事態にはならないと思われるが、持久戦になり体力勝負になったときに不利になるのは自分である。

 見切りはかなり強いスキルではあるが、それを使うのは六十を超えたおじいちゃんである。動けば息切れはするし、力を込めれば間接が軋む、言うことを強引に聞かせて腰を痛めるような爺では有効活用するにも限界がある。

 

「……前言撤回させてもらうぜ、随分とやるんだな」

「スキルの力じゃから、自慢はできんけどの」

「何言ってんだ、それもあんたの才能の一部だろうが」

 

 もしも子供の頃からこの力が使えたら、そう思えたんだろうがの。こんな自分でもかなりの強敵である彼と普通に戦えてはいるのだが、ディルの内心は複雑であった。

 今になって手に入った力、遅すぎる覚醒をした自分の力は、果たして本当に自分のものだと自信を持って言えるのだろうか。

 ディルからするとそれは自分が手にした力というよりは、神様が気まぐれでくれたプレゼントのようなものに思えてしまっていた。

 生活の糧を稼いだり誰かを助けるために力を使う分には別に構わないのだが、これを私欲でガンガン使うというのには今でも少しばかり違和感が残るというのもまた事実である。


「スキルを持つ奴は多くはねぇ、だが決して少ないって訳でもねぇ。勿論俺も持ってるぜ、詳しくは言わんけどな」

「身体が頑丈になるスキル辺りかの」

「なっ、なんでわかった⁉」


 めちゃくちゃ動揺してる男を見て、そりゃなまくらとはいえ鉄剣のいいのを二発食らわせてもピンピンされたらそう思うじゃろと内心で突っ込むおじいちゃん。


「んんっ、まぁそれはいい。俺はこれで冒険者として名を挙げた、が俺は自分の才能を卑下したことは一度もないぜ。スキルもまた自分の一部だ、それが全てよ。スキル無しの奴等よりアドバンテージがある、そんくらい気軽に考えときゃいいんだよ」

「スキルもまた、自分の一部」

「そうだ。剣術の才能、槍術の才能、元から持ってる物が違うこの世の中、スキル以外にも不平等なんてごまんとある。一々気にしてられるかよ、そんなこと」

「……そうか、そうかの」


 ディルはなんだか自分の身体が自分の物ではなくなるように素晴らしい動きをするこのスキルを、どこか一歩引いた目で見る癖があった。

 だがそんなことをする必要は、実はないのかもしれない。

 ミースに事務仕事の才能があるように、アリスに宿屋を切り盛りする才覚があるように、自分には最適な物を見抜く見切りの力がある。

 村にはスキル持ちが一人もいなかったというくらいには珍しいものではある、だがスキルというのは冒険者でも持っているものが何人もいるという、その程度の稀少度しかないものでしかないのだ。

 スキルというのは、その人の一部。男の言葉はどういうわけか、ディルの胸の奥にストンと落ちた。

 もしゃりと髭を撫でてから、年を取ると考えが凝り固まっていかんわいと苦笑する。


「……そろそろ、手の痺れは取れたかの?」

「んだよ、バレてたのか」


 相手の男が露骨に時間稼ぎをしていた原因が、自分が与えたダメージにあるということは容易に想像することが出来た。

 だがディルとしても狙いがあったために、彼の小芝居に付き合ってあげたのである。

 聞いていて思わずハッとするようなことがあったのは素直に幸運じゃの、笑みの種類を変えてディルは剣を正眼に構える。

 

シンとする静寂。耳が痛くなるほどの静けさが、二人の肩にのし掛かる。

周囲の空気を重く感じるほどの緊張から、どちかともなく唾をごくりと飲み込んだ。

次の一撃が恐らく最後、そう察する二人は自分にとり最高の瞬間がやって来るのをジッと待ち続けていた。


「ふぅ…………っ‼」


 大きく息を吐き体から硬さを抜いた男が、ディル目掛けて全速力で駆けてくる。

 見切りを発動している彼には、相手の意図が見えていた。

 一撃を貰ってでも、確実に自分に攻撃を当てようとしている。そして防御力の差で勝利をもぎ取るつもりだ。

 だがそれすらも予測済みである。

 グングンと近付く二つの影が、一瞬の後に交差する。


 再び静寂、そして次いでドサッと何かが地面に擦れる音。

 交錯の末、立っていたのは……


「わしの勝ち、じゃの」


 ふぅと一息つくディルであった。

 そして相手の男は目を白黒させながら、とある部分に手を当てていた。半泣きのまま般若のような形相をしている彼は、膝を地面につけ上体をゆっくりと倒していく。


「お、おま…………金的は反則だろ……」


 股間を押さえながらなんとも締まらないポーズで男は地面に倒れ、気を失った。

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