第73話

「!!」


「……わたくしの方が、その女より上なのに」



小さな声だが視線と共にアイカから殺意を感じていた。

しかしアイカは怒りを必死で抑えているのか、ブルブルと震えながら握り込んでいた拳の力がスッと抜ける。

ギリギリと奥歯を噛み締めた後に、いつものようにニッコリと笑みを浮かべた。



「……今日は、この辺で失礼するわ」



何事もなかったかのようにこの場を去ろうとするアイカに声を掛けて引き止めようとした時だった。

リロイがアイカの進路を塞ぐようにして立ち、声を上げた。



「待ちなよ……?君にはまだまだ聞かなければならない事が沢山あるんだ」


「残念ながら、わたくしにはありませんわ。そこを退いて下さる?」


「そうはいかないよ。最終手段だったけど、仕方ないねぇ」



今にも怒りを爆発させそうなアイカの前に、リロイが数枚の紙をヒラヒラと揺らしてからアイカに渡す。

その顔はにっこりと優しい微笑みを浮かべていた。


アイカは恐る恐る紙を受け取り、文字を目で追っているようだ。

しかし直ぐにワナワナと震える指を見て、リロイの唇が大きな弧を描く。



「今日、これを実行した時点でゲームオーバーだよ。アイカ嬢……」


「ーーーッ!」


「証拠は揃ってる……ドノレス侯爵も悲しむだろうね」



アイカは渡された紙を勢いよくビリビリと音を立てて破いた。



「はぁ……はぁ……っ!!」


「あーあ、こんな風にしちゃって。これが事実だって認めているようなものじゃないか」


「でももう証拠はないわ……!!そうでしょう?」


「残念ながら、ちゃんと予備は取ってあるんだ。安心してくれ」


「……!?」



リロイはアイカの周りを入念に調べ上げたようだ。

ベルジェに抱き締められていることが心底気に入らないのか、ジュリエットを鋭い瞳で睨み上げたアイカは、肩の力を抜いた後にフラリとよろめいてから額に手を当てた。



「…………どうして?わたくしは上手くやったのに、何でわたくしのモノにならないの……?おかしいわよね。こんなに我慢もした。準備もした……なのに何で思い通りにならないのかしら」


「……!?」


「わたくしこそ…………この国で、わたくしだけがベルジェ殿下に相応しいのに……っ、全ては、わたくしの物なのにッ」



ブツブツと呟いているアイカの言葉に首を捻る。

初めて聞くはずなのに、何処かで聞いたことがある台詞だと思ったからだ。

そしてある事に気付いてハッとする。


(ルビーの前に立ちはだかる『最後の悪役令嬢』って、アイカ様だったってこと……!?)


そして何故か今の構図まで似ているようだ。

それが『ルビー』ではなく『ジュリエット』になったという事だ。


追い詰められた事でアイカが今から何をするのか、何故か鮮明に頭に浮かんだ。

今までの我慢の反動と、大きな挫折を受け入れらないアイカは今から短絡的な行動を取ってしまう。


(このままだと、ベルジェ殿下が……!)


それに対抗する為に直ぐに辺りを見回した。

そして鎧の甲冑が持っている『ある物』を見て、直様そこに向かった。

足を使って鎧を押さえながら、懸命にソレを引っ張ってから手に取った。


(……重いっ!)


大切なものを守りたい、傷ついて欲しくない。

その思いで手に力を込めた。



「ーーー邪魔なのよッ!!!!」



大きな叫び声と共に、アイカが隙を見て騎士が持っていた剣を腰から引き抜いた。

そして刃先を此方に向けて足を踏み出した瞬間、ベルジェの隣にジュリエットの姿はなかった。



「え………?」



アイカの足がその場でピタリと止まる。

その瞬間、隙を見てアイカの前に飛び出した。

甲冑から拝借した『斧』を思いきり振り上げた。



「フンッーーー!!!」


「ッ!!?」



重さに身を任せて斧を振り下ろすとアイカの持っていた剣がバキッと音を立てて粉々に砕けた。

そして、アイカの目の前でビキビキと音を立てて斧が床に深く突き刺さる。



「……ッ!!?」



どうやら無事、ベルジェが怪我をするフラグを文字通り、粉々に折れたようだ。

最後の悪役令嬢であるアイカが追い詰められた後、ベルジェと結ばれたルビーに憎しみを爆発させて殺そうとする際、ベルジェがルビーを庇って怪我を負う。

アイカはその場でベルジェを傷付けた罪で拘束。

ルビーは二度と愛する人を失いたくないと、必死でベルジェを救おうとする……そんな場面が思い浮かんだのだ。


このままではベルジェはジュリエットを守ろうとする。

それを防ごうと咄嗟に体が動いたのだ。

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