第31話
それに、いつまでもマルクルスの事を引きずり続けても幸せは見えてこない。
簡単に割り切れない事も勿論あるだろうが、前に進まなければ新しい未来は開けない。
しかしモイセスは納得出来ないのか、難しい顔をしている。
いつもは何を言っても大抵、受け流しているモイセスが珍しく言葉を返した。
「私はどうしても自分が許せない……こんな自分は幸せになる資格なんてないと、そう思っている」
「……!」
「失ったものは二度と戻らない……っ」
そう言ってモイセスは力いっぱい拳を握った。
詳しい事情は分からないが、何かを失いとても後悔している事だけは理解出来た。
あまりにもその表情が苦しそうで、無意識にポツリと呟いた。
「自分を責め続けて罰する事が、償いになるのですか?」
「……………え?」
「確かに失ってしまったものは戻りません。でも……そこで立ち止まってしまったら何も変わらない。だから私は何があっても進み続けたいと、そう思っています」
モイセスはその言葉に、とても驚いているようだった。
「あっ……余計な事を申し上げてしまいました。申し訳ございません」
「いや、いい。初めてそんな風に言われたから……驚いただけだ」
重くなってしまった空気を変える為に、目の前にあるシナモンが混ぜ込まれた大きなクッキーをパクリと口に運んだ。
「……うん!美味しい」
「…………」
「ほら、モイセス様も。このクッキーはわざわざ私がモイセス様の為に取り寄せたのですから!」
「ふっ……ははっ!そうだな」
「はい、どうぞ」
立ち上がり、モイセスの口にクッキーを押し込んだ。
「ん……」
「どうですか?」
「…………甘い。懐かしいな。子供の頃によく食べていたが、商人が変わってからは目にする機会もなくなった」
「そうなんですね」
「このクッキーは、こんな味だっただろうか……」
「……時が経てば、味覚も変わるものですから」
「そうか…………その通りだな。だが、今の私には甘過ぎるようだ。あとはジュリエット嬢が食べてくれ」
「いいんですか!?」
「あぁ…………ジュリエット嬢、ありがとう」
「…………?」
「何かを、掴めそうな……そんな気がした」
「……!はい」
モイセスは嬉しそうに微笑みながらカップを静かに持ち上げた。
その表情は少しだけ明るくなったような気がした。
彼に遠慮する事なくパクパクとクッキーを食べていた。
ルビーとベルジェが話している間はこうしてモイセスとお茶を飲みながら時間を潰す事が恒例になっていた。
大人で落ち着いた雰囲気であるモイセスと一緒に居るのは心地よい。
冗談を軽く受け流して上手く切り返してくる回転の早さや、距離感の取り方がとても上手いように感じた。
何よりも縁側でお茶を啜る老夫婦のような平和な気分と安心感はモイセスだからこそ成り立つのだろう。
「はぁ……美味しかった!ご馳走様でした」
「…………よく食べるな」
「当然です!ルビーお姉様達、そろそろお話が終わる頃かしら」
「そうだな」
モイセスとそろそろ迎えに行くかと立ち上がった時だった。
「モイセス様、頭に葉が…………きゃっ!?」
彼の頭に葉っぱが付いていてそれを取ろうと手を伸ばした瞬間…………躓いて前のめりに体が倒れていくのを感じて思いきり目を閉じた。
しかしいつまで経っても痛みはない。
何かに支えられている感覚に恐る恐る目を開けると……。
「大丈夫、か……?」
「ありがとう、ございます」
どうやらモイセスが倒れ込みそうな体を間一髪、支えてくれたようだ。
「はぁ、びっくりした……!」
「……全く、目が離せないな」
「モイセス様の頭に葉っぱが付いていたので取ろうとしたのですが……」
そう言うとモイセスが頭に手を伸ばして髪を払う。
「……取れたか?」
「まだです」
「…………ここか?」
「もっと右です!」
「どこだ……?」
「このまま払いますからじっとしていて下さいね」
モイセスは葉が取りやすいように屈んでくれた為、そのまま葉を掴もうと手を伸ばす。
すると向こうには、思いきり目を見開いて此方を見ているベルジェとルビーの姿が目に入った。
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