第26話
「結婚するなら、一緒に子爵家を支えていけるような方だったら嬉しいですわ」
「ーーーーーッ」
「きっとお姉様は何処かに嫁がれるでしょうから」
恐らくベルジェ殿下の所に……そんな言葉を飲み込んだ。
そして自分は処刑を回避した残りの人生を伸び伸びて過ごすのである。
するとガタリッと音を立てた後にフラリフラリと崩れ落ちるようにベルジェが震える様子を何だろうと眺めていた。
「ベルジェ殿下……?あの……大丈夫ですか?」
テーブルに腕を伸ばして何とか立っているベルジェを支えようと手を伸ばそうとしたが、真っ青な顔で唇を噛んでいる彼を見てハッとする。
(もしかして……具合が悪いのを我慢しているのね!?!)
しかしこの時、ベルジェがジュリエットのタイプが事如く自分とは真逆で、今まで生きていた人生の中で最大の挫折を味わっているとも知らずに「失礼します」と言って手を伸ばしてから額に手を当てた。
「ッ!!?」
「熱は……ないみたいですけど」
すると今度は顔を真っ赤にしたベルジェが体を固くしている。
青くなったり赤くなったり忙しそうだと思ったが、こんなところで倒れられでもしたら、ジュリエットが護衛の騎士達に連れてかれてしまうのではないのだろうか。
ベルジェはギュッと胸元を掴んで、先程よりも息が荒くなっているように思えた。
「具合が悪いのですか!?」
「だ、大丈夫だ……!」
「胸が痛みますか……?」
「少しな……だが、もうすっかり良くなった」
「直ぐにお医者様を呼んだ方が……」
「いや、いい……本当に平気だ。すまない」
そう爽やかにそう言われてしまえば、これ以上何もする事は出来ない。
侍女に汗を拭く布を貰って、ベルジェに渡すと彼は嬉しそうに「ありがとう、ジュリエット嬢」と呟いた。
汗ばんだベルジェが嬉しそうにふにゃりと笑った顔に、控えていた侍女達が倒れる音が聞こえた。
(顔が良すぎると笑顔まで凶器になるのか……覚えておこう)
ベルジェが汗を拭いた布を受け取り、そそくさと走り去っていく一人の侍女。
そして少し離れた場所で、ベルジェの布争奪戦が巻き起こる。
罵倒している声が此処まで届いてくるのを誤魔化す為にベルジェの背を押した。
「ベルジェ殿下、あちらに行きましょうか!此処より涼しいですし」
「ジュリエット嬢……?」
ベルジェに争奪戦の声を聞かせてはいけないと、必死に誘導していた。
「あの、ジュリエット嬢……よければ今日は」
「オホホホ……今、お姉様を呼んできますからアチラのテーブルに座って少々お待ち下さいませ」
ベルジェが何かを言いかけていたが、今はそれどころではない。
後ろからはドンガラガッシャーンと、侍女達が派手な音を立てて争っているのを、いつベルジェに気付かれてしまうのかと冷や冷やしていた。
それに両親の話によるとベルジェとルビーの仲は顔合わせの時から大変良好らしい。
「ジュリエットも協力して頂戴ね」と、そう言われていた。
実際、ベルジェとルビーはいつも何かを真剣な表情で話し合っている。
「いや……!違う……そうじゃないんだ」
「え……?」
「いいんだ。別に、このままで……!」
「どうしてですか?」
「そ、れは……それは」
最近、ベルジェと関わって思った事。
それはジュリエットの前だけでは別人のようになるということだ。
(嫌われてるのかな……?)
確かに初めて会った時から暴言を吐き散らしていた為、印象は良くなかっただろう。
そう思っていたが、こうして沢山話しかけてくれたり、気に掛けてくれるあたり、嫌われている訳ではないのだろうが……。
今日までベルジェの態度が違う理由はよく分からないままだ。
しかしイケメンが焦ってオロオロしている姿は見ていて可愛らしいので、最近は周囲からは『完璧』と言われているベルジェの色んな表情を観察しながらひっそりと楽しんでいた。
(今日も可愛いなぁ……ベルジェ殿下は)
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