第23話
なんとか声は出せたものの、動揺からかその手はガタガタ震えていた。
目があった瞬間、照れから視線は明後日の方向へ。
じっ……とジュリエットから見られていると思うと、今までにないくらい毛穴から汗が吹き出していくのを感じていた。
そして細くて折れそうな手首を掴んでいる自分の手……ジュリエットに触れていると認識した瞬間、心臓が口から飛び出してしまう程にドコドコと音を立てていた。
(こっ、こ、ここは冷静にならなければ……!)
理性をフル動員してチラリとジュリエットを見た。
そしてルビーの言葉と視線の意味を思い出して、自分がやらなければいけない事を思い出す。
「今の話を聞いて……大体の状況は把握した。あとは私が話をつけよう……」
「へ…………?」
「ジュリエット嬢の悪いようにはならない。安心してくれ」
『何で、殿下が……?』
そんな心の声がここまでは伝わってくるような気がした。
彼女はルビーに助けてもらおうとしていたにも関わらず、ついつい出しゃばってしまった。
脳は今までにないくらいパニックを起こしていたが、長年の経験からなのか外から見ると冷静に対応しているように見えただろう。
すると、マルクルスは此方の姿を認識したのか借りてきた猫のように一瞬にして大人しくなった。
そんな彼に追い討ちを掛けるような出来事が起こる。
隣にいるルビーからメラメラと静かな怒りの炎が燃えている事に気が付いた。
彼女は鋭くマルクルスを睨みつけているようだ。
「マルクルス様……」
「な、何でしょう……!!ルビー様」
「わたくしの大切な妹を悲しませるなんて……最低ですわ」
「ーーー!!」
「二度とお顔を拝見したくありませんわ」
「ッ……!」
ルビーの言葉を聞いたマルクルスはその場で膝から崩れ落ちた。
その反応には此方も吃驚である。
(あの噂はやはり本当だったのか……!)
どうやらこの様子を見ると、マルクルスは本当にルビーに近づく為にジュリエットと婚約したようだ。
(そんな邪な気持ちでジュリエット嬢の気持ちを踏み躙るなんて許せない!…………だが、俺も)
マルクルスはモイセスによって、ずるずると引き摺られながら連れて行かれてしまった。
その後は、ジュリエットの為に出来ることを全てしてあげたいと思ったが、王家がカイネラ子爵家だけに過度に肩入れする訳にはいかなかった。
しかし自分で見聞きした事が大きく役に立ったようで、出来る範囲で精一杯動いていた。
実際にラドゥル伯爵家は相手が子爵家なのをいい事に好き勝手しようとしたようだが、それを未然に防ぐ事が出来た。
そして社交界にはマルクルスを非難する声が上がった。
令嬢達からは勿論、姑息な手を使いルビーに近づいたこともあり、令息達からの攻撃も凄まじいものだったようだ。
(ジュリエット嬢は……これからどうするつもりなのだろうか)
ソワソワした気持ちで過ごしていると「カイネラ子爵邸に行ってはどうだ?」と上機嫌な父に言われて、これはチャンスだと思った。
(俺は、まだ諦めなくてもいいのだろうか……)
このタイミングでジュリエットが婚約を破棄した事が運命のように感じていた。
モイセスには「ルビー嬢と仲良くなれたし、ジュリエット嬢が心配だから」と説明して「父の意向もあるから」と適当な言い訳を頭に並べながら、モイセスと共にカイネラ子爵邸に通うようになった。
実際、ルビーはモイセスに会う事が出来る事を喜び、その様子を見たカイネラ子爵達も嬉しそうにしていた。
そしてマルクルスの件をキッカケに随分と姉妹仲は良くなったようだ。
以前とは雰囲気の違うジュリエットに戸惑いはあったが、小動物のように活発に動き回る彼女は見ていて飽きなかった。
この選択が思わぬ事態を巻き起こしていくとも知らずに浮かれていたのだった。
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