一人じゃないから



 大貴族ベルンシュタイン家当主である魔王の補佐官を陥れ、愛娘を売り飛ばそうとした罪によりアメティスタ家及び家門は全員公開処刑となった。一人でもリゼルの首を取れれば無罪放免という条件付きの公開処刑を、他の貴族達は最高の娯楽として当日を楽しみにしていた。

 ――が、いざ処刑が始まると誰もが震え上がった。公平性を示すべく、魔法は使わず、物理攻撃のみ使用可能とされ、魔王を凌ぐ力を持つリゼルと言えど大人数を相手に――ましてや相手は己の生死が掛かり必死――勝てるとは思われていなかったのに。勝負はリゼルの圧勝。首どころか、頬に傷一つ付けられずリゼルは死刑囚を皆殺しにした。

 貴賓席で見下ろしていたエルネストは死刑囚全員の息が止まったのを確認した騎士が合図を出すなり、公開処刑の終わりを発したのだった。

 最初にあった歓声等はない。観覧席には多数の悪魔が座っているのに、誰も声を発さない。しんと静まり返った場内。下に降りたエルネストは息一つ乱していないリゼルの許へ行き、最後に息絶えたアメティスタ家の当主を見下ろした。



「欲深い者の末路は、こんなものなのかな」

「さてな。見せしめにはなっただろう」



 ぐるりとリゼルが観覧席を見回した。ベルンシュタイン、愛娘リシェルに手を出そうとすれば次にこうなるのはお前達だと言わんばかりの眼力の強さに至る所から悲鳴が溢れた。



「彼の実子はどうしたの? 姿がなかったけれど」



 当主夫妻と唯一血の繋がった息子の姿が無かった。リゼルは女子供だろうと容赦しない。現にリシェルと歳が変わらない令嬢もいれば婦人もいた。皆、生き残ろうとリゼルへ向かって行ったが呆気なく返り討ちにされた。

 十にも満たない息子はビアンカを売り飛ばすと告げに行った後、秘密裏に外に連れ出し人間界に捨てた。記憶も魔力も封印されれば、ただの子供。身寄りのない子供を好き好んで世話する場所に置いて来たと教えたら、エルネストは複雑な面持ちを浮かべるもどこか安堵していた。



「あまりにも小さい子が死ぬのは、不憫だったから」

「お前は甘いんだ。昔、ネルヴァに止めを刺そうとした俺を止めたようにな」

「ネルヴァくんに関しては状況が悪かったからだよ。もしも、本当にネルヴァくんを殺したら天界側は大軍を率いて魔界を攻めただろう。当時は魔王の魔力が衰え始めていたから、結界は突破され甚大な被害が出ていたよ」

「俺が追い返せばよかっただけだ」

「リゼルくんはネルヴァくんと殺し合ってかなりの魔力を消費していたじゃないか。リゼルくんでも、天使の大軍を相手に満身創痍じゃ戦えないでしょう」



 ネルヴァを半殺しの目に遭わせたとは言え、リゼルが無傷だったわけじゃない。大怪我を負わずとも大量の魔力を消費し、回復には時間を有した。幸いにもネルヴァはエルネストの看病と己の生命力の高さによって生き残った。数年は魔界で暮らし、飽きると天界へ帰って行った。滞在中、大量の天使が魔界や人間界の空を駆け回っていると言った本人は全く気にしていなかった。次代の神となる子供が居なくなったのだ、熾天使を筆頭にネルヴァを探し回った天使達に多少なりとも同情した覚えがある。



「陛下、今から片付けを」

「ああ、そうだね。僕達はそろそろ城に戻ろう」

「ああ。……あの王子はどうした」



 貴賓席にいたのはエルネストだけ。王子であるノアールはいなかった。



「リシェルちゃんに受け入れて貰えなかったのが余程ショックだったみたいで……部屋に閉じ籠ってる」

「当たり前だ。仮にリシェルが受け入れても俺は御免だった」

「うん……まあ、そうだよね普通は」



 ノアールが不在なのは説明しなかったが、ビアンカと恋仲になっていたと周知され、更にビアンカ自身がリシェルとノアールの婚約破棄を吹聴していたから、恋人を失って塞ぎ込んでいると思われている。勝手に予想してくれて構わなくても、今後、ノアールの妃の座を狙う令嬢達の争いが激化するだろう。大貴族ベルンシュタイン家の愛娘とは婚約破棄、恋人だったビアンカも既にいない。今までビアンカに牽制されてノアールに近付けなかった令嬢達の目は獲物を捉えた獣同然。次の婚約者については、ノアールの気持ちに整理がつき次第探すことにした。

 リゼルの転移魔法であっという間に魔王の執務室に移動。執務椅子に座ったエルネストは一枚の書類に目を通した。そこにはビアンカの現状が記されていた。



「アメティスタ家がもうないとは言え……」

「不満があるのなら、お前自身がどうにかするんだな」

「……しないよ。切り捨てたのは僕自身だ」



 売り飛ばした先の貴族は大変趣味の良い男で、自分好みの美しい女性を集め、飽きたら剝製にし観賞するのを好む。純粋なリシェルを自分好みに染めて側に置くつもりだったらしい男はリゼルが出した条件を吞まなければ、磔にして逃れられない地獄に堕ちるところだったのをビアンカという代わりを受け入れれば見逃す条件を提示され、即飛び付いた。剥製にはせず、正気を失わないまじないを付加してビアンカを渡した。

 何をされても正気で、長い寿命を好みじゃない男の側で過ごさないとならない。死なないだけ有難いと思えとはリゼルの言葉。死んだ方がまだマシなのは彼もよく知っている。


 エルネストが助けたかったら好きにしろともリゼルは最初に語っていた。リシェルの仕返しにオプションを付けた後は、どうなろうが知ったことじゃない。エルネストが助けるのなら邪魔はしないが手も貸さないとした。


 当の本人は切り捨てた者は拾わない主義だから、苦渋の面を浮かべつつも貫くだろう。


 書類を机に放ったエルネストは一つ気になる事を訊ねた。



「リシェルちゃんはどうしたの?」

「リシェルにあんな血生臭いものを見せられるか」



 過保護過ぎると言いたいが暴力とは無縁のリシェルが見ていたら卒倒していた。悪魔でありながら悪魔らしくない純粋さと優しさ、臆病な性格はリゼルが過保護に育てたせいでもある。



「人間界での生活が気に入ったみたいでな。暫くは人間界に居させる」

「そっか。……ん? ちょっと待って、リシェルちゃんが人間界にいるのなら、リゼルくんも人間界に戻るの!?」

「…………非常に不本意だがネルヴァがいるから、俺は魔界に戻って仕事をして大丈夫だと見送られたよ」

「……」



 長い間の後に紡がれた地の底を這うような恐怖の低音は、若干の哀愁が漂っていた。ネルヴァとリゼルが魔王城上空で魔法のぶつけ合いをされた時は肝が冷えた。止めに入ったのはエルネスト。騎士達では歯が立たない上に、リゼルが相当にキレていたので止めるのに慣れているエルネストではないといけなかった。幸いにも巻き込まれて負傷した人数は少なく、二人も小さな傷を負っただけで済んだ。仲裁に回ったエルネストだけ大きな怪我をしただけで。


「治してあげよっか?」と上機嫌に回復魔法を当ててこようとするネルヴァからは全力で逃げた。神の神力なんて食らったら即死はなくとも更なる怪我を負うだけ。



「ま、まあ、終わったらリシェルちゃんに会いに行くんでしょう? それで我慢してリゼルくん」



 願うのはネルヴァがリシェルに手を出していないことのみ。


 あの喧嘩の理由がリシェルに手を出し、更にネルヴァが頂戴発言をしたせいだとエルネストは知らないのであった。



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