本当に好きなのは1
ノアールに聞きたい事、言いたい事をメモした紙を何度も読み、頭に刻む。今リシェルは王太子の部屋に通されていた。もうすぐノアールが来る。メモは力強く握ったせいで皺が入り折角の高級紙なのに台無しである。
万が一があるから、とリゼルは魔王城にいてくれる。同じ部屋とはいかず、補佐官の部屋で仕事をしながら何かあれば即駆け付けられるように危険感知能力があるお守りを渡された。
リゼルが考える万が一はない。と信じたい。
緊張と不安から心臓がうるさい。落ち着け、落ち着け、と深呼吸をした。
その間にもノアールが入って来た。リシェルの向かいに座った。二人きりでノアールと居るのはとても久し振りだった。彼の隣には常にビアンカがいたから。だが、もうビアンカは隣にはいない。居られない。
目元に薄っすらと隈がある。大事な恋人が処刑されるのだ、ぐっすりと眠れない。
「……リシェル」
どう話を切り出すかとタイミングを迷っていたリシェルよりも、先に口火を切ったのはノアールだった。
「すまなかった……」
「え……」
プライドの高いノアールが深く頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。いきなり過ぎてリシェルは反応を返せず。
ノアールの言葉は続いた。
「今までリシェルに酷い態度を取ってきた自覚はある。謝っても許されないとも。……だけど謝らせてほしいんだ」
「……殿下が私と距離を取り始めた時から聞きましたよね? 私のどこがいけなかったのか、何か嫌われるようなことをしてしまったのかと。殿下は何も言ってくれませんでした。教えてください、私は殿下に何をしたのですか?」
「……それは……」
言えないのか。言い難そうに口を噤むノアール。リシェルは何度も悩み、考え、苦しんだ。心当たりがまるでないから。誰に聞いても分からない。本人に聞いても教えてくれない。時間だけが進み、ノアールはビアンカという恋人を作って益々リシェルは分からなくなった。二人が最初に姿を現した時、彼が紡いだ言葉の冷たさのあまり平手打ちをお見舞いした。逃げるように会場を去って人払いの結界を貼り一人泣いていたら、騒ぎを聞き付けた父がリシェルを抱き上げ屋敷に戻った。
あの時から徐々に好意が擦り減っていった。最後の止めは先日の人間界での一件。ビアンカの重傷な姿しか見ず、事情が話せるリシェルには何も聞かず一方的に糾弾した。
「……おれは……」
「……」
「リシェルが……おれよりもベルンシュタイン卿を……選んだと思って……」
「???」
ぽつりと紡がれる言葉にリシェルは頭から大量の疑問符を飛ばす羽目となる。ベルンシュタイン卿というのはリゼルを指す。ノアールよりもリゼルを選んだ覚えはないが、あったとしてもリゼルを頼りにするのはリシェルにとって可笑しくない。娘が父に頼って何が悪いか。
「……」
ノアールは口を閉ざしてしまった。非常に言い難そうに、何度か目は合うもすぐに逸らされる。
沸々と湧き上がる感情は怒りだ。全部を話されていないから、全体図は見えないがノアールが突然距離を取り始めのは、婚約者よりも父親を選んだリシェルに原因があると言いたいらしい。
冷静に、冷静に、と深呼吸をし、自分を落ち着かせた。
「……殿下、私が殿下よりパパを選んで駄目な理由は何ですか」
「……」
「私のたった一人しかいない家族なんです。パパは臆病で弱い私をずっと守ってくれました。私が殿下をパパを理由に蔑ろにしたのなら謝ります。でも何時の事ですか? 私が覚えている限り、私はパパを理由に殿下を蔑ろにした記憶はありません!」
選んだと最初に言われた時、少ない時間で必死に記憶の引き出しを漁ったが当て嵌まる記憶がなかった。当時はノアールを最優先に思考が回っていたリシェルがリゼルを理由に後回しにする訳がなかった。
答えを知りたい、意思の強い眼でノアールを直視した。気まずげにしながらも今度重なった瞳からは逸らさなかった。
「……魔族の近親婚はリシェルも知っているな」
「強い魔力を持つ子を作るために、ですよね」
人間や天使達は知らないが悪魔、とりわけ強い魔力を持つ魔族では割と普通な話。幼い頃、家庭教師から習って一度リゼルに訊ねた時があった。まだノアールとの婚約話が無かった頃。
『ぱぱとけっこんするの?』
『しないよ。リシェルがしたいならしようか?』
『ぱぱとけっこんしても、ぱぱはぱぱ?』
『パパじゃいられなくなるな』
『う~ん、じゃあ、しない。ぱぱはずっとぱぱだもん』
リシェルにとってリゼルは父親であり、それ以外にはならない。
リゼルだってそうだ。リシェルが絶対と願ったら、あっさりと結婚しても、唯一の妻はアシェルだけ。娘の我儘を聞くという行為でしかない。
リゼルのような男性が理想だとしても、ノアールと夫婦になるのがリシェルにとって一番の夢。
だった……。
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