処刑場

 


 処刑場内にある死刑囚の牢には、特殊な術式が壁全体に刻まれ一切の魔法の使用が封じられていた。見張り役も魔法が扱えなくなる、その為武術に長けた者が配置される。

 案内人の後に続いて歩くのはリゼルとリシェルである。「私も付いて行きたーい」と喧しいネロは置いて来た。此処からはベルンシュタイン家とアメティスタ家の問題。部外者どころか、魔族でもないネロはお呼びじゃないとリゼルが一蹴。人間界の宿で待っているか、勝手にベルンシュタイン家の屋敷で待っているかのどちらかだ。

 自分達の足音だけが響き、不気味な程静かな空間が得体の知れない恐怖を煽る。リゼルの腰に強く引っ付いて歩くリシェルは、初めて訪れた死刑囚の牢をキョロキョロと忙しなく視線を動かした。ビアンカに仕返しをする為に訪れた。本来なら、リゼルだけで来る予定だったのを我儘を言って連れて来てもらった。自分から言い出したから、最後までいると。反対されてもリゼルから離れない意思を示したら、最後は折れてくれた。

 小さな声でリゼルを呼び謝罪をした。小首を傾げるリゼルへ「私が我儘を言ってパパを困らせたから」と申し訳なさげに告げたら、優しく頭を撫でられた。



「これくらい我儘の範疇には入らない。お前が仕返しをしたいと言い出した時は驚いたが気にするな」

「……迷惑じゃなかった?」

「何故? 寧ろ、無理をしているんじゃないかと心配だよ」

「ううん、無理はしてないよ。でも、パパに嫌な子だって思われたらどうしようって」

「仕返しをしたいと願ったのが? 此処へ付いて来たいというのが?」

「両方」

「いいや。全然だよ。これを機にもう少し我儘になってくれても良いくらいだ」

「ええ……」



 今でも十分我儘な自覚があるのに、これ以上どう我儘になればいいのか。高い買い物をしても、希少な物が欲しいと強請っても、仕事を休んで一緒にいてほしいとお願いしても、どれもリゼルは難なく叶えてしまう。物欲があまりないリシェルなので欲しい物がなく、高い物が欲しいという欲もない。

 リゼルの言う我儘はどんな我儘か。リゼルに聞いても答えはもらえない。戻ったらネロに聞いてみよう。


 三人が歩く度に灯りが点いていく。アメティスタ家やその家門が収監されたのは位の高い貴族用の牢獄。奥へ奥へと歩いて行く。

 長い一本道を歩き、最奥にある大きな扉を案内人が押した。重厚な造りの扉がゆっくりと開かれた。

 扉の先は広く、檻が左右にあり、三人の姿が現すとあちこちから罵声が飛んで来た。怯んだリシェルの肩を強く抱き、圧倒的魔力を放ってリゼルが黙らせた。リゼルの魔力に当てられて泡を吹いて失神者続出。



「閣下、どうぞお手柔らかに」

「これで静かになったんだ。安いものだろう」

「もう……。さあ、閣下の目的はこの奥です」



 文句を言いながらも最後まで案内人としての務めを果たした悪魔は終わったら声を掛けて下さいと言い残し、扉の前に立った。


 リゼルの腰にくっ付いたままリシェルが行った先には、一番広い檻に閉じ込められているアメティスタ家当主夫妻とビアンカ、その弟がいた。先程のリゼルの魔力開放で当主だけが無事だった。何度もリゼルの圧を当てられたせいで耐性がついてしまったようだ。腰を抜かしているのは相変わらずだが、リゼルを睨む眼の強さも変わっていない。

 死刑囚となり、身形も変わった。貴族服から囚人用の粗末な服に着替えさせられ、首や指にあった大量の宝石は何処にもない。顎には無精ひげも。高位貴族という立場から、衛生面だけは保証されているらしく、汚れはない。



「元気そうで何よりだ。明日の公開処刑が楽しみだな」

「くっ、余裕でいられるのも今の内だ。条件を付けた自分の愚かさに泣くがいいわ」

「お前の戯言が現実になるかは明日次第だ。それはそうと今日はお前に良い話を持って来てやった」

「何?」



 リゼルは失神しているビアンカを一瞥した。



「ビアンカだけは、この牢から出してやろう」

「なっ」

「今は亡き妃に免じてだ。自分の娘が処刑されるのは彼女も悲しむだろうからな」



 リゼルからビアンカについて聞かされた驚きの事実。

 彼女はアメティスタ家当主夫妻の娘ではなく、本当は魔王夫妻の娘であったということ。

 亡き妃にそっくりなビアンカを手元に置いておきたかった当主の偽造、膨大な魔力を持つ人間のノアールが献上されたことが重なり、かなり渋々ビアンカは当主夫妻の娘となった。エルネストがアメティスタ家に甘かったのはビアンカがいたからだった。

 言われてみれば、アメティスタ家にビアンカと同じ純白の髪をした人はいない。亡き妃は至高の黒い髪、当主は紫色の髪の毛の持ち主。



「そ、それなら、息子も、息子も頼む! この子は今回の件には一切関与していない! まだ十年も生きていないんだ。頼む、息子を」

「ほう? 親戚筋から引き取った跡取りの養子はこんな姿にしたというのに、実子は見逃せと言うのか」



 薄情な奴だ、と薄く笑ったリゼルの声に反応し、淡い光が両者の間に発光。消えた光の後には爛々と輝く紫の水晶が浮かんでいた。当主は心当たりがあるらしく、顔色をなくし手を伸ばすもリゼルが弾き返した。



「お前に触れる資格はない。散々苦しみ続けた末にミイラにされお前達を恨みながら死んだ跡取りの魔力だ」

「あ……ああ……っ」

「使い道は沢山ある。有効活用させてもらおう。安心しろ、跡取りの死は無駄にならない」



 当主の絶叫が辺りに木霊するが殆どの者が意識を失っているので聞いているのは親子と案内人のみ。

 ごくりと生唾を飲み込んだリシェルは腰を突いた。



「パパ、お妃様はどんな人だったの?」

「うん? 情けないあいつを引っ張ってくれる勝気な女だった。妃が生きていたら、ビアンカはアメティスタ家で育てられることもなかったろうに」

「……そうしたら、殿下はどうなってたのかな」

「今と変わらんだろうさ。妃もエルネストと同じように、王子を自分の子として育てた。器の大きい女だったからな。子が一人二人増えたところで動じない」



 よしよしと頭を撫でられ、この話は終わりとなった。

 頭を抱え、泣き叫ぶ当主にリゼルは非情なお告げを渡した。



「今から数時間後。ビアンカの身元引受人が来る。ビアンカはそいつに嫁ぎ、死ぬまで絶対服従の契約を交わさせる。それがビアンカが生き残る唯一の道だ。言っておくがお前やビアンカに拒否する権利はない」

「そ、そいつは一体誰だ! 頼む、それだけ教えてくれ!」

「お前達がリシェルを売り飛ばそうとした奴だ。良かったな。かなりの値段で買ってくれたぞ」

「な……な……っ……そ、んな……」



 表情から生気はなくなり、絶望しか映らなくなった当主は這ってビアンカの側へ行き、渡さないと、守るように抱き締めた。

 何とも言えない気持ちになったリシェルの心情を察してか、長居は無用だとリゼルは二度目の絶叫を背景にこの場を後にした。


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