機会は設けてある

 


 一方、魔界に強制送還されたノアールが到着したのは魔王の執務室だった。呆然とする間もなく、ハッとした矢先に両頬を限界まで引っ張られた。



「はあ。僕は人間界に行くのは厳禁だと言ったね。なのに、それを破って行くなんて」



 呆れ顔で両頬を引っ張ってくるのは父。暫くして手を離されるが痛みは十分残っていて。痛そうに頬を擦るノアールは呼ばれるがまま、隣の休憩室に入った。人払いの結界を貼られ、こっちと指示されたソファーに座った。



「言い訳を聞こうか」

「しません。おれが父上の言い付けを破ったのは事実ですから」

「そう。……ふう……君がリシェルちゃんを助けに行ったのなら、鼻を摘む程度に済んだのに。ビアンカを助けに行ったの?」

「……」



 ビアンカ達が人間界にいるリシェル、一緒にいるネロという男を狙っていると聞いて、すぐに駆け付けた。リシェルを助ける気でいたのは嘘じゃない。

 しかし――



「いざ着いたら、血だらけで倒れているビアンカがいて……彼女を放っておけませんでした」

「リシェルちゃんとやり直したかったなら、ビアンカは放っておくべきだったんだ」



 反論する言葉もない。情があっても、リシェルとやり直す機会を掴みたかったならリシェルの心配をするべきだった。


 見捨てられなかった。



「おれが……人間だからビアンカを放っておけなかったんです」

「かもしれないね。ただ、種族を理由に言い訳をするのは違うんじゃないかな。人間だろうと、大事なものとそうでないものを天秤に掛ける時、重く傾いた方を優先する。ノアールの場合はビアンカへ傾いた。それだけだよ」

「……父上。アメティスタ家はどうなりますか」



 向こうが魔力を奪っていると豪語していたリゼルが登場、しかもアメティスタ家の当主を持って。



「魔王の補佐官を陥れようとした挙句、リシェルちゃんを売り飛ばそうとしたからね。アメティスタ家には、色々と堪忍袋の緒も切れかけていた。リゼルくんには最後の機会を与えてほしいと頼み、条件付きでの公開処刑を命じてもらう」

「条件付きの公開処刑?」



 一体、どの様な処刑か。

 内容を知って仰天し、絶対に助からない条件を付けた理由を訊ねた。処刑にはビアンカも含まれているのかと問うと「そうだよ」と肯定されてしまった。ビアンカを庇っていた父がここにきてビアンカを見捨てた? 言葉が見つからないノアールは諦念が浮かぶ笑みを向けられた。



「言ったろう。僕は薄情な奴だって。血の繋がった娘より、人間の息子を選んだんだ」

「どうして……」

「ずっと側で成長を見守り続けたっていうのもあるけど。……リゼルくんを罠に嵌めて当主と揃って高笑いしている姿を見て、ああこの子は僕と妃の娘じゃなくなったのかと今更ながら実感させられた。ビアンカは事実を知らないから、仕方ないといえば仕方ないけど」



 人の性格というのは育った環境によって大きく作用する。稀に当て嵌まらない者もいるが。

 愛情深く、家族思いな両親や優しい兄弟、使用人達に囲まれて育ったビアンカは深く愛される代わりにかなりの我儘娘に育った。悪魔で我儘じゃない方が珍しいので可笑しくない。

 当主の願いを退け、ビアンカと双子で育っていたらどんな風に育っていたんだろう。我儘なのは変わらなくても、もっと別の生を歩めていた。



「アメティスタ家や傘下の家門全員処刑しては、人手不足になる懸念がある。リゼルくんが怖くても当主に無理矢理従わされていた子もいる。選別をするから、手伝ってくれるねノアール」

「それは、勿論です」

「死刑囚は決まり次第、処刑場の牢に入れる。それが済んだらリシェルちゃんと話しなさい。リゼルくんにはもう話は通してある」

「はい……」



 あのリゼルの了承を得ているのは驚きだが、最後の機会と意識しないと二度とリシェルとは話せなくなる。

 名簿を受け取って選別を開始する。心の片隅では、ビアンカを助けてほしい思いがあった。自分のせいでビアンカを巻き込んでしまった罪悪感があったから。

 初めて会った時、ノアールの話を聞かず勝手に話を進めては強引に引っ張っていくビアンカが不快だったものの。何度か会って行くとその強引さに不快感を抱かなくなっていった。リシェルと距離を作ってしまい、自分でもどう昔のように接したらいいか分からなくなって余計辛く当たっていた時期だった。父から何度もリシェルとの関係改善を求められるも、リゼルを最愛だと告白したリシェルが忘れられず……ズルズルと年月だけが経っていった。


 次第にビアンカの人柄を知り、悪魔らしくありながらも品のない派手な風はなく、自分に自身を持ち、向上心の高さに感心した。

 彼女からの好意を利用して恋人になってリシェルに近付いた時、傷付きショックを受けたリシェルは逃げるようにその場を去った。

 過去に傷付けられた仕返しの暗い満足感を得ても、即座に襲ったのは激しい後悔。


 正反対な二つの気持ちを何度も同時に得ていると感覚は麻痺していき、何時しかこの後悔すらもリシェルのせいだと憎しみに変わった。


 けれど……婚約破棄を告げた時、あんな晴れ晴れとした表情を見せられると誰が抱くか。



「ノア? 手が止まってるよ」

「す、すみません」



 今は余計な事を考えるなとかぶりを振った。


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