罠。後に絶望を2

 

 ――時は遡って二日前。辺境の地に起きた魔物の大量発生を鎮めるべく、リゼルが魔界に戻った日。

 要らないと突っ撥ねっても無理矢理アメティスタ家お抱え騎士団を捻じ込まれ、相当不機嫌になったリゼルはエルネストの助言で第一騎士団を連れて行った。彼等には周辺住民のサポートを頼んだ。


 リゼルの転移魔法で一気に辺境へ飛び、魔物の大量発生近くにある村に入った。負傷した村人が多数おり、第一騎士団には治療を命じた。

 アメティスタ家のお抱え騎士団には魔物の様子を探って来いと命じるも、彼等は当主から独自の命令を授かっておりリゼルの命令は聞けないと鼻で嗤った。


「貴様ら、リゼル様に向かってなんと無礼な!」第一騎士団団長が怒るも、端から期待も何も抱いていなかったリゼルは好きにしろと吐き捨て一人魔物の大量発生地へ向かった。

 到着すると周囲に漂う濃い瘴気に溜め息を吐いた。最初に派遣された騎士団がリゼルを呼ぶようエルネストに泣き付いた真意が分かった。濃い瘴気によって魔物は暴走した。悪魔にとっても毒で長時間の滞在は危険。

 四方八方から刺さる殺気。瘴気に隠れて姿は見えなくても、獣のぎらついた目だけははっきりと見えた。



「一気に片付けるか」



 一斉に襲い掛かってきた魔物達を瘴気と共に魔法で引き起こした暴風で全て吹き飛ばした。天空に舞う多数の魔物が悲鳴を上げている。


 風が消えた瞬間、空に雷が広がった。


 跡形もなく消え去った魔物と瘴気によって、枯れた大地だけが残された。



「帰るか」



 村に戻ったら後は第一騎士団に任せて自身は魔王城へ飛び、医療班を向かわせる手続きを終えてからリシェルを迎えに行こう。

 踵を返した刹那――リゼルの足元が瞬く間に朽ちていく。即座に浮遊を発動するも、全方位から伸びてきた植物の蔦に似た触手に体を巻かれた。

 関節を外して解こうと試みるが締め付ける力が尋常じゃない。



「ああ……あ、あははははははははっ!!!!」



 煩い高笑いが響く。リゼルを縛る触手は、大きく作られた穴の周辺を囲うアメティスタ家の騎士団から出されていた。馬鹿みたいに笑うのはアメティスタ家の当主。側にはビアンカと跡取りの息子がいる。

 どうせ企みがあってお抱え騎士団を捻じ込んだのだろうとは踏んでいたリゼルに驚きはない。冷静な金色の瞳で彼等を見やる。

 慌ても恐怖も浮かべないリゼルに高笑いをしていた当主は苛立ちを抱いたのか、額に幾つもの青筋を立てた。



「つくづく気に入らない男だ! これから自分がどんな末路を辿るか知らないから冷静でいられるだけのものを!」

「お父様、さっさと済ませてしまいましょう。リゼル様が終わったら、人間界にいるリシェル様ですわ」



 リシェルの安全は確保してある。

 ネルヴァを知るエルネストにも話してある。大層驚かれたがリゼルが不在なら、ネルヴァ以上に安心してリシェルを預けられる相手はいない。

 ただし、ネルヴァがリシェルに手を出していないのならである。戻ったらリシェルに何もされていないか確認はする。手を出していたら問答無用で半殺しにしてやるとリゼルは決めていた。殺さないのはリシェルの安全を頼んだからだ。


 アメティスタ家の企みは態々聞かなくても大体の予想はついた。

 触手には魔法封じの効果が付与されている。みたいだが、予め凡る魔法効果を打ち消すまじないを己の身に掛けていた。


 即座に周辺地域の時間を停止。重力で触手を体から外して地上に。



「俺だけならまだしも、リシェルにまで危害を加えようとするとはな」



 当主の側に控えるビアンカを見下ろした。

 エルネストと王妃の娘。

 旅行好きの魔族が持ち帰った人間の王子ノアールが魔王になるに相応しい魔力の持ち主だったのと、亡き妹に瓜二つなビアンカを手元に置いておきたかった当主の偽造と思惑によって実父から引き離された。

 一応、絶対に幸せにすると約束した当主夫妻に遠慮していたエルネストに気遣って、リシェルに危害を加えても怪我を負わせない程度に痛めつけていたが限度を超えた。元から、ノアールと浮気をした時点で二人ともリシェルの記憶から消し去って存在そのものを消滅させようとしたがエルネストに縋られ止めておいた。


 ビアンカの性格が歪んだのは当主夫妻の教育の賜物。悪魔らしいと言えばらしいが、たった一人の妻の忘れ形見を歪んだ性格に育てた夫妻をエルネストは切り捨てる決意を固めていた。但し、ビアンカだけは助ける術を模索していた。どんな子でも自分の娘だから、と。

 切り捨てられないエルネストの気持ちは分からないでもない。

 もしもリシェルがビアンカのような女に育っていても、リゼルには切り捨てられない。最愛の妻アシェルとの愛の結晶。可愛くて、命を賭けてでも守り通したい代えのない大事な娘。


 リシェルに手を出したら一族総出で相手をしろと脅してあったのに、と息を吐く。

 アメティスタ家一族総出であっても勝つのはリゼル。楽しみにしておくか、と期待しつつリゼルは息子に近付いた。



「恨むなら、欲を出し過ぎた当主愚か者を恨め」



 額に手を当て、離すと息子を先程リゼルが拘束されていた穴の上へ。全身に変身の呪いを被せ、姿をリゼルに変えた。解除魔法を施さない限り、息子の姿はずっとリゼルのまま。

 更にアメティスタ家、及び関係者の意識に息子がリゼルに見えるようにと幻覚も忘れずに。後は息子から抜き取った情報を元に模倣レプリカを創造、行動パターンも口調も完全に同じな偽物を置いてリゼルは即エルネストのいる執務室へ戻った。時間停止は既に解いた。



「あれ? とっても早いねリゼルくん」

「エルネスト。隣室へ行け。人払いの結界をしろ」

「……分かった」



 手短に告げるとエルネストは無駄な詮索はせず従った。手に持っているベリーパイは見なかったことにし、隣室に入るとリゼルが言った通り結界を展開。

 真ん中に設置されたソファーに座ると事情を簡単に分かりやすく説明。

 頭を抱え、項垂れたエルネストに遠慮なく紡ぐ。



「俺は容赦をしない。丁度良い機会だしな」

「リゼルくん……僕は……ビアンカは大事な娘なんだ。妃が遺した可愛い娘。だけどノアールも大事な息子だ。髪や瞳の色が違うだけで捨てられたあの子が可哀想だったから、二人を双子として育てようと決めた。でも当主がビアンカの出生届を偽造させた挙句、死んだ妹に瓜二つなビアンカを余程手放したくなかったらしいんだ」

「ビアンカだけを救いたいなら首輪でも付けて部屋に閉じ込めておけ」

「はは……。ただ、ね、僕はとっても薄情な奴なんだ。血の繋がった娘より、ずっと側で成長を見守り続けた血の繋がらない息子が大事なんだ」

「……」



 補佐官として魔王城に勤めるリゼルもノアールの成長を間近で見てきた。

 寝返りを打ったと乳母に知らされた時。

 初めてはいはいが出来たと喜んでいた時。

 初めて言葉を喋った時。


 どれも目の前の男は喜び、ノアールの成長を見続けた。本来なら手元で育てられた娘がいない虚しさと悲しみをノアールを育てることで埋めていても。

 ノアールに注いできた愛情は本物。

 反抗期真っ只中な現在もエルネストを父として尊敬している。



 力なく笑うエルネストに掛けてやる言葉はリゼルにはない。

 愛娘を手元で育てたリゼルには。


 悪魔らしく、狡猾で残酷で美しく育ったビアンカ。悪いとは言わない。運がないだけ。

 このままアメティスタ家と共に滅びるかはエルネスト次第。



「お前が決めろ。お前が決めたなら、俺は何も言わん、何もしない」

「……うん」

「大馬鹿共が跡取りの魔力を奪いきるまで姿を隠す。連絡だけは取れるようにはしておく」

「リシェルちゃんには?」

「リシェルの側にはネルヴァがいる」



 リシェルには大きな嘘をついていた。



「神の座にいた男が俺やお前以外に遅れを取るとは思わん。リシェルには天使だと言ったが……神だと言えば混乱させるだけだ」

「……というか、なんで人間界にいるの?」

「本人に聞け。俺が戻らなければ、勝手にお前の前に顔を出す」

「簡単に魔界に来られてもねえ……転移魔法を使えるから可能なんだけど」



 魔王としては複雑な心境なのだろうが、幼い頃止めを刺そうとしたリゼルを止めたのはエルネスト自身。

 神の息子だったネルヴァを殺せば、敵討ちをしに天界側は大軍を率いて魔界へ侵攻する。当時の魔王の魔力が衰え、結界が弱くなっているところに大軍が来ては甚大な被害が及ぶ。魔族の魔力を当てられないから、治療はネルヴァの回復力に頼られるもエルネストの献身的看病の甲斐あって一命は取り留めた。


 席から立ったリゼルは内心楽しみで仕方なかった。

 真実を知った時の、アメティスタ家の絶望する顔が……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る