天使の襲撃

 


 寝ている間にベッドに入って来られるより、知ってて一緒に寝たらまだ驚きはなかった。一緒に寝るつもりのネロに抵抗したものの、リゼルから預かったリシェルの安全対策だと押されれば拒否は叶わなかった。

 誰かと一緒に眠るとベッドの中の温もりは二倍になる。とても温かくて、リゼルからの連絡がなくて不安なリシェルは温もりに縋って自分からネロに近付いて行った。良い子、良い子、と背中を撫でられ不安は取り除かれ、よく眠れた。


 翌朝目を覚ますと隣には誰もいなかった。寝惚けた眼で部屋を見渡してもネロ姿がない。



「冷たい……」



 ネロが寝ていた場所に手を当てると温度はなく、リシェルが起きるずっと前に起きたらしい。リシェルもベッドから降り、寝室を出た。隣の部屋に行ってもネロはいない。



「どこ行ったんだろう」



 部屋にいないのなら、外へ出掛けたのか。

 朝の洗顔とお手入れを済ませ、服は自分でも着られるワンピースに着替えテラスへと出た。朝から多くの人々が行き交っている。未だリゼルからの連絡が来ない。一日しか経ってなくても、リゼルに限って何もないと信じたくてもリシェルの不安は拭えない。

 少し空腹を感じ、ネロを待つか待たないかで悩むも待つのを選んだ。


 部屋に戻ろうと後ろを向いた時、羽の鳴る音が聞こえた。

 目の前に落ちた1枚の大きな白い羽。

 途端突き刺さるような殺気。

 リシェルは外れてほしいと振り返った。ら――



「!!」



 背中に白い翼を生やした天使が三人、武器を持ってリシェルの後ろにいた。



 ――天使……!?



 悪魔狩開始の光はまだ出されていない。

 激しい敵意がありありと浮かんだ眼がリシェルを睨み離さない。



「見つけたぞ悪魔!」

「先ずはお前の首から頂く!」


 三人の天使が一斉に距離を縮めてくる。


 震える自分の心に喝を入れ、天使達との距離がゼロになる前に飛行。急上昇するリシェルを追い掛けてくる天使達。


 攻撃魔法はあまり得意ではないが戦い方を知らない訳じゃない。両手に込める魔力が雷に変わるよう念じ、高密度の塊を成した刹那――天使達へ投げ付けた。

 瞬時に分かれられたが塊は天使達の頭上付近で広範囲に渡って放電。散っても雷から逃れられなかった天使達の身体は光り、瞬く間に焦げて地へ堕ちていった。



「はあ、はあっ」



 戦闘が苦手なリシェルでも扱える攻撃魔法をリゼルは教えていた。どれもが強い魔力を持つからこそ使用可能な広範囲で高威力な高難度魔法。習得にリシェルは苦労したがお陰で助かった。

 急いで部屋に戻らないと他の天使からも攻撃を受けてしまう。急降下して部屋に戻ったリシェルは窓を閉め、カーテンをした。これで姿は見えなくても問題はある。



「私が此処にいるってきっと他の天使達にも知れ渡るよね……」



 リゼルの安否は気になるが宿を移しても見つけてくれる。荷物を纏めようとした矢先、何処かへ行っていたネロが戻った。



「起きたんだ。おはようリシェル嬢。随分慌てているけどどうしたの?」

「あ……えっと……」



 天使の襲撃を受けて撃退したとネロに告げていいものなのか。父と親しくてもネロは天使。仲間を殺されたと知ればネロだって態度を変えてくる。正直に言えない。どんな理由を作ろうかと口を閉ざしてしまう。


 リシェルの異変にネロは気付き、顔を覗き込んでくる。



「どうしたの? 何があったか言ってごらん」

「その……ま、魔界から連絡があって」

「リゼくんから?」

「う、うん! パパが待ってるから行かなきゃ」

「……嘘だね」



 大きな手がリシェルの両頬を包み、顔を上へ向かせた。純銀の瞳が探って来る。深層心理にまで入り込もうとする視線から逸らせない。



「正直に言いなさい。何を言っても怒らないから」

「あ……う……だ……って……」



 同族を殺されれば親身になってくれるネロも態度を変えてしまう。言わないと何をされるか分からない恐怖もある。

 二つの感情に板挟みにされ、混乱するリシェルの視界が暗くなる。

 ネロが顔を近付け、額に何かが触れた。柔らかくて、距離が縮まったから彼の香りが一層強くなって恥ずかしくなった。


 離れたネロはもう一度顔を見てくる。何をされたのかとリシェルが目を丸くしていたら微笑まれた。



「おでこにキスをされた経験はないのかな?」

「な、え、き、キス?」

「キスで反応されても……。リシェル嬢。君が何を言っても、何をしても、私は君を怒らない。話してごらん」

「うん……」



 朝起きて身支度を済ませて、テラスに出たら三人の天使の襲撃に遭ったこと。

 彼等を撃退したこと。

 さっきの出来事を正直に話し終えて下を向きたいのに、未だネロが顔を支えているせいで動けない。

 ネロの反応を見るのが怖くて目だけ逸らしていた。



「リシェル嬢」



 きっと怒る。

 恐る恐る目を向けると意外な相貌があった。


 ネロは目を丸くしていた。

 疑問はすぐに知れた。



「君、戦い方知ってたの?」

「パパにいざという時の魔法を幾つか教わってたから……」



 過保護極まるリゼルが護身術として教えてくれた魔法があったからこそ、天使撃退に成功した。



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