浸水区画への遮防

「何を馬鹿なことを言っているんだ」


 速水の提案にメレヒンは驚き、唖然とした。


「内部は何十気圧もあるんだぞ! まともに動けるわけがないだろう!」


 強い圧力を受けては人間は動けない。


「それに、此方の圧力と同じにしないと扉は開かない」

「ああ、だが封鎖された区画に詰まっているのは水蒸気だ。冷たい外壁に当たってすぐに冷やされ、水に戻り、圧力は下がる。大気圧になった時、扉を開けば良い」


 気体は液体に戻るとき体積が数百分の一に減少する。

 水蒸気は水が聞かしたものだ。

 オホーツクの冷たい海水で冷やされれば、何十気圧あってもすぐに液化して、気圧が下がるはず


「そんなに簡単にいくか。浸水箇所も分からないのだぞ」

「外部から貫通痕を確認している。そこを塞げば良い」

「圧力が下がれば、浸水が激しくなるぞ。それに潜っているから水圧も高いぞ」

「だが、塞がなければ沈没する」


 水圧の低い海面付近、海面へ浮上してから塞ぐのが本来の計画だ。

 しかし、再び浸水が増えていては致し方ない。


「海面浮上までは出来なかったが、幸い浮かび上がれば水深が浅くなっている。水圧は低くなっている。それに、区画が海水で再び満たされる前に塞げば良い」

「そんなところに誰が行くんだ」

「言い出した奴が行くよ」


 メレヒンが驚いて目を見開く。

 暫し考えて、命じた。


「なら俺も行く」

「いや、ここでバルブの操作を。排水をよくするために海水弁を解放していたからそれを止めてくれ。万が一の時は、乗員を脱出させるんだ」

「わかった。防熱服がある。角材やくさびも持っていってくれ」

「Спасибо」


 ありがとう、と速水は言って、準備を始める。


「大丈夫なんですか副長」


 補佐して貰うために速水が連れてきた運用員が尋ねる。


「中は蒸気で満たされていたため、かなりの高温のハズですよ」

「だが、浸水を止めなければ、再び沈没だ。やるだけの価値はある」

「ですが、突入するのはミサイル区画ですよミサイルが誘爆するかも」

「普通の武器はこれくらいで誘爆はしない」


 爆発するべき時に爆発するのが優れた兵器であり、高温の蒸気に触れた程度で爆発するようなものは兵器では無い。

実際兵器は火災でも爆発しないように設計されている。


「ですが、ロシア製にそんな安全が保証されるでしょうか」

「止めろ。そこまで考えていなかったんだ」


 ロシア製兵器は、かなり事故率が高い。

 設計のミスか、保管が悪いのか、保守整備が悪いのか、あるいは全てに当てはまるのか。

 いずれにしろロシア製の武器は今一、信用できない。

 だが、このまま何もしなければ沈んでしまう。


「他にやりようはない。彼らを救助するためにも浸水を防ぐ」

「了解」

「圧力が下がってきた! もうすぐ開ける!」


 思ったよりも早かった。

 周囲の海水温が低く冷却が進んだのだろう。


「こっちも準備できた」


 速水は耐熱服を着込んでハンマーを握り、扉の前へ向かう。


「よし! 開くぞ!」


 応援のロシア水兵が、扉のハンドルを回し、閉鎖を解除。

 気圧差で硬い扉を力を込めて無理矢理開ける。


「うおっ」


 突然開き、猛烈な熱風が向こう側の区画から流れ込んでくる。

 流石に冷やされたとはいえ、蒸気で満ちあふれていたため、熱気が酷い。


「行くぞ!」


 その中に速水は突っ込んだ。

 勿論、前進が熱いことは感じている。

 防熱服を着ていても熱気が差すように伝わってくる。

 それでも前進し、浸水箇所、船体下部に向かう。

 たっらっぷを駆け下りると、海水が見えてきた。

 予想より浸水が早い。

 だが怯んでいる余裕などない。

 速水は、海水に飛び込んだ。


「冷た!」


 水温が氷点下の海水に浸かった瞬間、今度は針で刺されたような冷気が襲う。

 先ほどまでの熱量が一瞬で奪われ、前進が凍り付く。

 特に海水に突っ込んだ足は刺すような冷たさで、筋肉が痙攣して固まり激痛が走る。

 水風呂でさえ一六度程度の温度なのにオホーツク海の海水は流氷が流れているだけあって氷点下の水温だ。

 作業をするどころか、動けない。


「うおおおっ」


 それでも速水は前進した。

 浸水を防がなければ、<コムソモリスク>は沈んでしまう。

 ここまで来て、沈めたくなかった。

 寒さで思考まで凍り付く中、速水は必死に浸水箇所の推定位置を思い出し向かう。


「見つけた!」


 冷たい海水の中をもがきながらミサイル区画を歩き回り、ようやく勢いよく海水が吹き出ている孔を見つけた。

 早速布を当てた角材を孔の中に入れて塞ごうとする。


「クソッ! 水圧が激しい!」


 浮上して多少はマシになったとはいえ、深海の水圧が、ハンマーの様に叩き付けられる。

 それでも速水は、杭を押し込もうとする。


「踏ん張りなヤポンスキー!」


 メレヒンが入ってきて叫ぶ。

 危険な作業を日本人にだけに押しつけるのが許せなかった。

 他にもロシアの下士官が何人かやって来て杭を掴み押し上げる。


「よし! はまったぞ!」


 遂に孔に杭を打ち込むことが出来た。


「くさびを打ち込んで固定しろ!」


 孔に突っ込んだ杭の反対側を隔壁に当て、隙間にくさびを打ち込んで固定する。

 ハンマーを勢いよく振り上げ、くさびを叩き、杭を押し込んでいくと、浸水は徐々に収まっていった。


「やったぞ!」

「他のハッチはどうなっている?」

「ハッチの閉鎖には成功した。もう心配ない」


 外と繋がっていたのはこの部分だけだったので、塞ぐことで浸水を防いだ。


「何とかなったな」


 速水はホッとした。

 だが、頭上を魚雷の通過音が響いた。


「ピッチの高い推進音」


 ロシア製の魚雷の特徴だった。

 この状況でロシア製魚雷をぶっ放す存在など一つしか心当たりはない。


「戻ってきやがったな<トリトン>」

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