速水の計画

「で、副長。その楽しい計画には何が必要だ」

「万が一に備えて、<コムソモリスク>の重傷者を<くろしお>へ。人員は多くても良くないでしょう。私は原子力区画へ向かいます」

「了解した」


 直ちに準備が始まった。

 設計図で区画を確認。特に浸水した区画は突入するのでよく頭に叩き込んでおく。

 同時に、重傷者をDSRVで<くろしお>に移した。


「原子力区画側、準備できているそうです」

「ハッチの方は?」

「外に泥が溜まっているようですが、変形は認められないそうです」

「じゃあ、行きます。ここは頼みますよ」


 発令所をボロディン大尉に任せ、速水はDSRVで原子力区画のハッチへ向かった。

 無事にメイティングを成功させ、原子力区画の中に入った。


「ようこそ原子力区画へ、機関長のメレヒン機関中佐だ」

「よろしくお願いします」

「しかし、無茶をやる」


 速水の計画を聞かされたメレヒンは、呆れたが自分の艦を助ける為に承諾した。


「重傷者を収容して貰ったら直ちに始めよう。準備は整っている。だが上手くいくのか?」

「どうせこのままだと沈没するしかありません。なら、助かる可能性があるプランを試してみるべきでしょう」

「他人の艦だと思って無茶を言ってくれる」

「じゃあ、止めますか」

「まさか、この艦を救えるなら悪魔とでも手を結ぶ」

「私は悪魔ではありませんよ」

「そうだな。せいぜいお隣さんだな」


 メレヒンはにやりと笑って作業を始めた。


「原子炉から制御棒を引き抜いた」


 DSRVが重傷者を<くろしお>に送り込んだ後、速水とメレヒンは計画を実行するべく第一段階の原子炉の再稼働を行った。

 レバーを操作し、挿入された制御棒を引き抜く。


「再臨界を確認。原子炉再稼働。蒸気圧上昇中」


 幸い緊急停止から時間が経っていないため、順調に進んだ。


「各バルブ解放! 間違えるなよ! 目的の区画以外は閉めておけ!」


 水兵達が慌ただしくバルブを操作し、準備を整える。


「二次冷却バルブ、接続完了」

「よし、予定圧力に達し次第、蒸気を注入する」


 速水が考えた計画は、原子炉を再稼働させ、出来た蒸気を浸水区画へ送り込み、浸水孔と解放した海水弁から浸水区画の海水を排出。

 出来れば、排水された区画に入り込み、浸水をもたらす貫通孔を塞ぎ<コムソモリスク>を浮上させるというものだった。

 この計画は停止した原子炉を稼働させることが出来るか、が鍵だったが上手くいった。

 だが、問題は次だ。


「蒸気で浸水区画から海水を押し出すことが出来るか?」


 メレヒンは疑問を口にした。

 海水を押し出せなければ計画はご破算だ。


「四万三千馬力を出せる機関だから大丈夫だろう。蒸気圧も七〇気圧近く。この辺りは水深が浅いから水圧を押し返せる」


 速水は軽く言った。

 水圧は水深が一〇メートル深くなる毎に一気圧高まる。

 ヤーセン級の圧壊危険深度は推定で六五〇メートル。

 船体が無事なのなら周囲の水圧は六七気圧以下。

 機関の諸元を見ると最大蒸気圧は七〇気圧。

 海水を押し出すには、計算上、十分な気圧だ。


「それにもう後に退けないだろう。やるしかない」

「だな、やるぞ」

「蒸気圧、予定圧力に到達」

「よし! 蒸気注入!」


 メレヒンは部下の水兵の報告を聞いて命じた。

 バルブを解放され蒸気が浸水した区画へ蒸気が送り込まれていく。


「良いぞ! 海水が押し出されている!」


 解放したバルブから海水が押し出される振動を感じたメレヒンが叫ぶ。

 上の方でも海水が隔壁に波打つ衝撃、蒸気によって空間が生まれたのが分かった。


「蒸気のバルブをもっと解放しろ。出力も上げるんだ」

「はい!」


 上手くいっている手応えに水兵達の動きは機敏になっていく。

 海水が押し出されるに従って、<コムソモリスク>が揺れ始める。


「浮力が回復している」


 海水という重しが吐き出され、艦が軽くなっている証拠だった。

 小刻みに左右に揺れ始めると、不意にその動きが止まり、エレベーターが上へ向かうときの鈍い力が彼らに加わる。


「浮かんでいるのか」

「浮上しているんだよ!」

「ypaaaaaa!」


 嬉しさのあまり歓声を上げる水兵もいた。


「上手くいった」


 速水も自分の目論見が上手くいったことに安堵した。

 だが、暫くして、強烈な蒸気が吹き出す音が響いた。


「どうした!」

「接続したパイプから蒸気が洩れています!」


 突貫工事のため、接続したパイプが耐えきれず吹き出したようだ。

 蒸気が機関室に充満し蒸し風呂になる。


「蒸気発生器側と隔壁側のパイプを閉めろ!」

「はいっ」


 直ちにバルブを止め、蒸気の流出を止めた。

 蒸気が満ちるのを止めたが、浸水した区画への蒸気の供給も止まった。


「封鎖した隔壁の圧力が下がっています!」

「蒸気の供給が無くなったからな」


 これまで海水を押し出していた蒸気が無くなった上に、蒸気は水蒸気、水が高温で気化したものだ。

 低温になれば液体に戻る、体積が数百分の一となり気圧が、圧力が下がる。

 再び海水が戻ってきて、浸水がおこり沈下の可能性が出てくる。


「畜生! せっかく浮上できたのに!」


 浮き上がったのを喜んでいただけに、この状況にメレヒンは怒りを露わにする。


「パイプの修理は出来るか!」

「やっていますが時間が掛かります!」


 一時間以上かけて接続したパイプだ交換するのに同じかそれ以上かかる。

 浸水はその前に起こり沈下してしまう。

 もう一度浮上できるかどうかは不明だ。

 着底の衝撃で原子炉は停止する。再び原子炉を再稼働できるか未知数だ。

 だが、一人速水だけは冷静だった。

 そして解決策を伝えた。


「ミサイル区画に入って、浸水孔を今すぐ塞ぐ」

 

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