接触

「はい?」


 思わず速水は聞き返した。

 艦長は見つけた戦略原潜を追いかける、と言ったのだ。


「新型は遠くに行ってしまいましたよ」


 今から引き返して<くろしお>が追いかけても間に合わないし、追いつけない。

 向こうは充電不要の原潜。

 充電が必要な、<くろしお>は速力が遅く追いつくのは不可能。

 何処に向かったかも不明。相手の音を聞き取るにも静かすぎて捉えにくい。

 見つけ出すのは砂漠でダイヤの粒を見つけ出すようなものだ。

 だが、艦長は本気だった。


「なら、ここで一つ、待ち伏せしてみるとしよう」


 艦長の言葉を聞いた速水は、驚いた。

 徹底的に静かに航行する戦略原潜、元となるデータが少ない中、哨戒コースも分からないのに待ち伏せ出来るとは思えなかった。

 だが、艦長は自信に満ちていた。


「この後は俺が指揮を執る。第三種配置のままだが、少し揺れるし、接触も多いだろうが、気にするな。ああ、勿論、音は可能な限り立てるな」


 そう言って立ち上がると士官食堂を出て行き発令所に入っていった。

 当直に敬礼したあと艦長は宣言する。


「これより艦長が指揮を執る」


 そのあとは艦長の指揮で<くろしお>は各所を回った。

 海図を見たあと、東西南北へ行ったり来たり、浮上したり潜航したりと落ち着きがない。

 第三種配置だったが、気が抜けなかった。

 何時もの事だが、中国が領有化を目指し警戒厳重な南シナ海で見つからないように行動するのは緊張を強いられる。

 しかも、どういうことか艦長の向かう先には、中国軍の艦艇や航空機とよく接触した。

 海南島の南、南シナ海は中国軍が聖域化――敵の侵入が極めて困難な味方の安全が強固に保たれた領域にしたいことは分かっているし警戒警備も厳重だ。

 だが、中国軍艦艇と接触する回数が多すぎる。

 まるで艦長自ら接触しようと向かっているようだ。

 勿論、<くろしお>が相手を先に探知し隠れる、スクリューを停止するため、中国軍に見つかることはない。

 しかし、接触回数が多いのは危険だ。

 いつかは見つかってしまう。

 それに度重なる中国軍との接触に緊張を強いられる乗組員の不満も増大している。

 既に直情型の水雷士は、一度艦長に面と向かって言っている。だが、艦長はのれんに腕押しで話をはぐらかしている。

 そろそろ副長である自分が艦長に止めるよう、面と向かって言うべきだろうか、と速水は考えている。


「ふむふむ」


 だが艦長は、接触するのを楽しんでいるようで、接触地点が記入された海図を見ながらニヤニヤしている。


「航海長、この地点に艦を充電させながら移動させてくれ」

「了解」


 そして、またしても特定の地点を指定し向かわせた。

 比較的浅く、岩礁の多い海域だ。

 意外にも今回は中国軍と接触しなかった。

 しかもバッテリーが満タンになってもシュノーケル航行を続ける。

 海面直下の航行は危険なのだが、艦長はバッテリーの消耗を抑えようとあえて航行させる。


「よし、シュノーケルしまえ着底」


 目的の海域に到着してようやくシュノーケル航行を止めて海底に艦を下ろした。


「上方に中国軍の潜水艦。隋型です」


 艦の上を先日感知した隋型が通過する。そしてミシシッピーも後を付けている。

 未だに追いかけているようだ。


「なんでアメリカさん、攻撃型原潜なんて追いかけているんですかね」

「新型戦略原潜の護衛に付いていると思っているんじゃないのか」


 水雷士の疑問に速水は自分の推測を伝えた。

 戦略原潜に攻撃型原潜の護衛が付くことは多い。

 米軍も同じような運用をしていたはずだから、そう推測してもおかしくない。

 だがそれを逆用して引きずり回されているようだ。

 それとも他の戦略原潜と間違えているのか、分かっていて訓練の為に追いかけているのか。

 速水には分からなかった。

 中国軍に引っかけられ、連れ回されているとしか思えない。


 他にも何隻か中国潜水艦や水上艦が通過したが、変化なし。

 しばらくするとそれもなくなり、着底したまま音沙汰なしだ。

 痺れを切らし始めた時、ソナーが新たな目標を探知した。


「新たな目標探知!」


 ソナー員の報告に再び、緊張が入る。

 しかし、度重なる接触で緊張を強いられた乗員には疲労の色が濃く、何処か緩んでいた。

 だが、次の報告に皆電撃が走る。


「静かです。あの新型戦略原潜です」


 ソナー員の報告に艦内が色めき立った。


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