旧ソ連の戦術

「新たな目標を探知!」


「何処だ!」


 速水はソナーに探知した目標の位置を尋ねた。


「ミシシッピーの後方にスクリュー推進音」


「何処の艦だ」


「解析出ました。元型潜水艦遠征30です」


 元型はロシアのキロ級の技術を独自改良して中国で開発されたとされる通常動力潜水艦だ。

 通常動力型潜水艦のため原潜より静かだ。

 そのため発見出来なかった


「やはり潜んでいたか」


「やはりとは?」


 水雷士が速水に尋ねた。


「旧ソ連海軍が好んだ戦術だ。やかましい攻撃型原潜を敢えて航行させて周囲の米英の原潜に追尾させる。そのまま引き連れて予め潜ませていた静かな通常動力型潜水艦の横を通り、彼らにソ連原潜の背後にいる米英原潜を追尾させるんだ」


 スカンジナビアに近いバレンツ海やカムチャッカのペトロハブロフスキー周辺でソ連が行っていた戦術だ。

 かつて教育を受けた潜水艦訓練隊で講義されていたことであり、速水は覚えていた。

 旧ソ連、ロシアから潜水艦技術を導入してきた中国軍も同じ方法をやっているようだった。


「攻撃原潜、隋型は囮ですか」

「そのようだ」


 音がやかましい潜水艦なら敢えて囮にしてしまえ。

 使い道が無い潜水艦を餌に使っての作戦とは中国軍も中々やる。

 しかし、ミシシッピーももう少し大人しくしていればと思う。潜水艦なのだから慎重に行動すべきだった。


「配置を解除しますか?」

「いや、待ってくれ」

「どうしました」

「連中がこれだけの事をして海南島周辺を綺麗にするのはおかしい」


 欠陥があるとはいえ最新の原潜一隻を使って米海軍を引き寄せるなどよほどの事だ。

 それだけの価値のある、最新原潜のデータを晒してもお釣りの出てくる事を中国海軍は行おうとしているようだ。

 いや、自分が思い込んでいるだけか、と速水はいぶかった。

 全ては推測、いや願望に近い。

 勘が、中二病言語で言えばゴーストが囁くのだ。

 しかし、自分の曖昧な推論、予感に従って七十名の乗員と、六〇〇億の潜水艦を動かして良いのか、速水は自問し躊躇した。

 だが、自分を見つめる視線に気がついた。

 振り向くと艦長が見ていた。同時に横須賀を出て潜航直前の会話を思い出した。


「もう少し素直になれ、多少強引でも乗員は付いていく」


 言葉通りに受け取っても良いのか速水は考え込んだ。

 だが、艦長の言ったことだ、信じて良いだろう。

 それに、自分の予感を無視して行動するのは後悔の念が強く、後味が悪い。

 自分の勘に従う事にした。


「全方位に警戒。静かにしていろ。全員そのまま待機」


 速水は改めて乗員に指示した。


「ソナーに感あり」


 一時間か二時間か、無音のまま長く感じる時間が過ぎた時、ソナーからの報告があった。


「北西より本艦の方向へ接近中。ほぼ同深度。楡林よりやって来たようです。速力五ノットも出ていません。止まっていなければ聞き逃していました」


 恐ろしいほど低速で航行している。

 遅いのではなく慎重な艦だと速水は感じ、背筋に電撃が走った。


「艦の名前は」


 速水は静かに強く尋ねるがソナーは無言のままだった。


「ソナーどうした?」


 報告が遅いので改めて尋ねた


「……不明です」


「不明とは何だ」


「ライブラリーにデータがありません。照合不能」


 艦内に緊張感が興奮と共に走った。

 海上自衛隊では米海軍と協力して各国海軍の音紋を収拾している。

 中国軍の艦船は最大の関心事であり、特に潜水艦のデータは随時共有している。

 出航前、<くろしお>は横須賀で最新のデータを入力しており、日米が協力して得たデータで洩れているものなど無いはずだ。


「どんな艦だ。何の音がする」


 速水は逸る気持ちを抑えながらソナー員に尋ねた。


「静かです。停止していなければ聞き逃していたかもしれません。ですがタービン音特有の音が聞こえます」


 海中でタービンを使う軍艦など、原子力潜水艦しかいない。

 原子炉で作り出した蒸気でタービンを回すため、どうしてもタービン音が出てしまう。


「他に音はあるか? ポンプの音は?」


 原子炉は空気がなくても稼働出来るし、発生するエネルギーも膨大だ。

 だが、あまりにも膨大すぎるエネルギーは大量の熱を発生させる。

 そのため冷却ポンプを取り付ける必要がある。


「……ありません。ポンプの音はしません」


 速水は唸った。

 <くろしお>のソナー員は優秀であり、聞き落としている可能性は少ない。

 ポンプが異常なくらい静粛性を持っているか、自然対流方式――ポンプを使わず、熱対流効果、熱い海水が自然と上へ行くのを利用してポンプなしに冷却水を循環させる方式なのかもしれない。

 米軍の原潜でも低出力時に自然対流方式で冷却し、冷却ポンプの音が洩れないようにしていると聞いている。

 探知した艦は、少なくとも音がかなり静かだ。

 少なくとも中国海軍の中でも屈指の静かさであり、中国海軍の技術が発展していることを証明している。

 そんな艦が、どんな艦なのか思い至り、戦慄と共に速水は呟いた。


「中国海軍の新型戦略原潜か」

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